独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】エネルギー界面技術研究グループ 周 豪慎 研究グループ長、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)外国人特別研究員 王 永剛らは、リチウムイオン電池用正極材料として有望なカーボン膜を被覆したオリビン構造LiFePO4(リン酸鉄リチウム)のナノメートルオーダーの超微粒子の合成に成功した。
LiFePO4は安価なため電気自動車用大型リチウムイオン電池の正極材料として注目されているが、高出力に必要なハイレートの充・放電により容量が急激に下がるといった問題点が指摘されている。本研究では直径を 20~40nmに制御したオリビン構造LiFePO4の超微粒子を作製し、黒鉛類似のカーボン層(セミグラファイト膜)で覆うことで問題点を改善した。この微粒子は、30C、60Cという大きなハイレートで充・放電した場合でも、それぞれ、112mAh/g、90mAh/gといった高い容量を維持していた。さらに、100%の充・放電深度で1100回の充放電サイクルを繰り返しても、容量は165mAh/gと初期容量を維持していた。
現在広く利用されているリチウムイオン電池用正極材料のLiCoO2は、原料価格や資源的な制約から電気自動車向けに使用することは困難とされている。安価な鉄とリンからなるオリビン構造のLiFePO4をリチウムイオン電池の正極材料に利用できれば、低コスト、高出力、高い安定性が求められる電気自動車やハイブリッド自動車向け電池の実現に大きく近づく。
本研究成果は、ドイツの学術誌Angewandte Chemieに掲載される。
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カーボン被覆LiFePO4の透過電子顕微鏡像と充放電曲線図 |
近年、化石燃料の消費にともなう二酸化炭素排出量の増加や、原油価格の高騰などを背景に、自動車のエネルギー源をガソリンや軽油から、電気へ転換することが注目されている。ハイブリッド自動車の市場への展開が進みつつあるが、蓄電池にはニッケル-水素電池が用いられている。ニッケル-水素電池は比較的安価ではあるものの、蓄えることのできるエネルギーが少なく、より長距離の電気走行が求められるハイブリッド自動車、電気自動車には能力不足と見られている。
自動車用次世代電池としてリチウムイオン電池が注目されるようになってきた。しかし、現状では小さな出力(小さな電流)しか出せず、高速で充・放電することができない。また、現状のリチウムイオン電池は、負極には安価な材料が使われているものの、正極には高価なコバルトを含む材料が使われているためコスト高となっている。自動車用次世代リチウムイオン電池を開発するため、大出力が可能で、かつ安価な正極材料が求められている。
リチウムイオン電池にナノ構造電極材料を利用すると大出力化が可能となることは報告されており、その理由としては、1)活物質材料内でのリチウムイオンの拡散距離が減少する。2)比表面積が大きくなり、単位面積当たりの電流密度が減少する。3)ナノ細孔により、充放電過程における体積膨張が緩和され、サイクル特性が向上する、などがある。特に1)と2)は、大出力化につながる大きな要因となる。一方で、電解液と正極材料が接触する表面積が著しく大きくなり、放熱などに発火の危険性やサイクル特性の劣化などがあるといわれてきた。
産総研エネルギー技術研究部門では、自動車用次世代リチウムイオン電池の大出力化を目指して、ナノ構造電極材料の研究開発を行ってきた。すでに負極材料として期待されている酸化チタン、正極材料として期待されているスピネル構造のマンガン酸リチウムなどについて、それぞれナノポーラス材料あるいはナノワイヤーの合成に成功し、これらの材料をナノ構造化することでリチウムイオン電池の大出力化が期待できることを示した(2005年1月18日、2007年11月19日 産総研プレス発表)。
正極材料として有望なオリビン構造のLiFePO4についても、その容量の低下の原因が、活物質内部のリチウムイオンの拡散が遅いこと、電子伝導性が低いであると推定し、それらを改善するため、粒子のナノメートルオーダーまでの微細化とカーボンでのコーティングに着目して、研究開発を行ってきた。
なお、今回の研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金により行われた。
カーボン(炭素)で粒子をコーティングするには有機物質を炭化するプロセスを経る必要があるが、その際の高温熱処理が不必要な粒子の成長を引き起こしてしまい、せっかくナノメートルオーダーにした粒子の成長を避けることができなかった。また、ナノメートルオーダーの微粒子が凝集して、表面の一部にはカーボンコーティングがされないこともある(図1a)。本研究では、ナノメートルオーダーまでの微細化と表面への完全なカーボンコーティングを同時に実現することに成功した(図1b)。
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図1 電子とリチウムイオンの動きをイメージした図。(a)従来のLiFePO4表面の部分的なカーボンコーティング構造、(b)今回作製のLiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)構造
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まず、アニリンを含む溶液中で、ナノメートルオーダーのFePO4の微粒子を作製した。微粒子表面の3価の鉄がアニリンを酸化させるので、その過程でFePO4微粒子表面にアニリン分子が重合したポリアニリンの殻(シェル)が生成される。このポリアニリンのシェルは、FePO4の過剰成長を防ぐ役割を持つ。次に、生成した微粒子に酢酸リチウムを加え、還元雰囲気で700℃、15時間程度熱処理すると、内部(コア)のFePO4がリチウムイオンと反応し、結晶性の良いオリビン構造LiFePO4になった。同時にこの熱処理過程で微粒子表面のポリアニリンシェルが炭化され、1~2nmのカーボン層(セミグラファイト)となった。このセミグラファイトシェルがコアのオリビン構造LiFePO4微粒子の過剰成長を防ぐため、オリビン構造LiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)はそのサイズがほぼ前駆体のFePO4(コア)/ポリアニリン(シェル)と同じ、約20~40nmに保たれる。図2に、今回作製したオリビン構造LiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)の走査電子顕微鏡写真、透過電子顕微鏡写真とX線回折図を示す。
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図2 作製されたオリビン構造LiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)の(a)走査電子顕微鏡写真、(b)透過電子顕微鏡写真と電子線回折図、(c)高倍率透過電子顕微鏡像写真、拡大画像の赤線はLiFePO4の結晶を、青線はセミグラファイト層を指す。(d)X線回折図。 |
本研究で作製したオリビン構造LiFePO4微粒子表面のセミグラファイトは、完全な黒鉛(グラファイト)結晶ではないため、シェルのセミグラファイトを通して、コアのオリビン構造LiFePO4へのリチウムイオンの挿入と脱離が可能となっている。セミグラファイトシェルは、リチウムイオンを透過させる一方で電子伝導にも優れており、活物質であるLiFePO4コアへの通電路の役割も果たしているため、ハイレートの充放電を可能としている。一般にナノメートルオーダーの活物質はその表面積が著しく大きいため、電解液との反応等、電池の安全性とサイクル特性の劣化が懸念されているが、今回作製した微粒子では、コアのLiFePO4が電解液に不活性なカーボン層により完全に被覆されているため、電解液との不要な反応は抑制され、安全性とサイクル特性の大幅な改善も期待できる。さらに粒子表面のカーボン層により、オリビン構造LiFePO4中の2価の鉄が空気中で酸化されることも抑制されるので、長期的安定性にも富んだ正極材料としても期待できる。
オリビン構造LiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)微粒子を用いて、正極(コア・シェルLiFePO4:カーボン導電助剤:バインダー=83:12:5)を作製し、電気化学特性を充放電曲線により測定した。図3に示すように、0.6Cでの充放電容量は168mAh/gであり、ハイレート(60C)での充放電容量は90mAh/gである。これは現在報告されている中では、最も良いハイレート充放電特性である。また、充放電深度を100%として、充放電を1100回行っても、初期充放電容量(165mAh/g)が維持されており、深い放電でもその放電容量は変化しないという優れた性能を示した。さらに、カーボン導電助剤を添加しない正極(コア・シェルLiFePO4:バインダー=95:5)をした場合でも、0.1A/g、 1.0A/gの充放電レートで、それぞれ158、116mAh/gの充放電容量を得ている。
今回は、直径20~40nmのオリビン構造LiFePO4(コア)/セミグラファイト(シェル)活物質微粒子の合成に成功した。これは3価の鉄を原料とした作製方法であり、従来の2価鉄を原料とした方法より、作製プロセスの低コスト化が可能であり、さらに、今回の作製方法をLi4Ti5O12とMn3O4など他の材料にも応用し、数10nmサイズのLi4Ti5O12(あるいはMn3O4)コア/セミグラファイトシェルの微粒子の試作も行っている。これらの技術については、企業への技術移転や共同研究により実用化を進める予定である。