独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】は、大日精化工業株式会社【代表取締役社長 高橋 靖】(以下「大日精化」という)と共同で、電気変換せずに光のまま2方向に振り分ける「光制御式光スイッチ」の手のひらサイズの小型化に成功し、更に、デジタル信号光として光通信の波長帯である1.31µm帯及び1.55µm帯を用いる波長分割多重双方向光通信経路を波長660nmの制御光でデジタル信号を1サーバーから2クライアントへ切り替え配信するだけでなく、クライアントからサーバーへ双方向通信することに成功した。本光制御式光スイッチは、家庭内や事務所・病院など小規模ネットワークにおける新しい通信システムの構築を可能とするものである。
波長660nmの制御光による信号光の振り分けには、積層型有機薄膜光学素子が制御光を選択吸収することによって薄膜素子内で起こるマイクロ熱レンズ効果(微小円錐レンズが形成される)と穴開きミラーを利用している。N個の本方式光制御式光スイッチの組み合わせで N+1:1の双方向光通信システムを構築可能であり、制御光を光タグ(荷札に相当)として信号光と同時照射することにより、電気信号に変換したり、機械式スイッチを介在させず、光制御のみで、目的とする宛先と双方向光パケット通信することが可能となるので、次世代光通信システム開発に低コストなキー・デバイスを提供することが可能になった。
現在、実用化が検討されているMEMS(Micro Electro Mechanical System)やプレーナー光回路(PLC)は、機械的に微小ミラーを駆動したり、電気的にヒーターを加熱するため、光タグを読み取って光路切り替えするには、[光信号⇒電気信号変換⇒タグ内容読み取り⇒光路切替電気信号発生⇒光路切替]という多数の手順を「信号光が進行する以前に」実施しなければならず、更に、スイッチが切り替わるにはミリ秒オーダーの時間を要するため、目的とする光信号本体を送信する事前に「光路切替信号」を送信して予め光路を切り替えてから、蓄積された光信号本体を送信する、という複雑な制御を行う必要がある。これに対して、本光制御式光スイッチでは、積層型有機薄膜光学素子が吸収する波長の制御光を照射するだけで自動的に信号光の光路切り替えが行われる。
なお、本成果は、2004年7月13~16日の期間に、日本コンベンションセンター(幕張メッセ)国際展示場(千葉県千葉市)で行われるインターオプト’04に出展する予定である。
インターネットの普及等により、情報の伝送容量ニーズは5年で10~100倍の増加をしている。そこで、電気信号による処理を一切行わない「オール光ネットワーク」への期待が高まっている。ネットワークの全光化に欠かせないのが、光ファイバーを通ってきた光信号の行き先を、そのまま電気信号に変換することなく切り替えられる「光制御式光スイッチ素子」である。光制御式光スイッチの利点としては、設備コストが大幅に削減できるほか、消費電力の増大や設置場所の確保といった問題を解決できることである。さらに、信号処理速度の上限をなくすことにもつながる(電気信号だと、半導体技術などによる制約が大きい)。基幹線・市内(メトロ)・家庭(FTTH:Fiber to the home)の全ての部分において光制御式光スイッチは重要な素子となり、今後の発展が期待されている。今回開発した手のひらサイズの光制御式光スイッチは、半導体素子を用いた素子とは異なり波長依存が無いために1つの素子で双方向通信が可能であると共に、装置構成が簡単なため低コスト化が容易であり今後の普及が期待される。
産総研と大日精化は、昨年2月、積層型有機薄膜光学素子が制御光を選択吸収することによって薄膜素子内で起こるマイクロ熱レンズ効果(微小円錐レンズが形成される)と穴開きミラーを利用する光制御式光スイッチの開発に成功しているが(2003年2月13日付プレス発表)、今回、設計・製造工程の改良を行うことにより、装置サイズを体積で9分の1の「手のひらサイズ」に小型化し、更に、デジタル信号光として光通信の波長帯である1.31µm帯及び1.55µm帯を用いる波長分割多重双方向光通信経路を、高出力で安価なレーザ ダイオードである波長660nmの制御光でデジタル信号光を1サーバーから2クライアントへ切り替え配信するだけでなく、クライアントからサーバーへ双方向通信することに成功した。これは1.31µm帯及び1.55µm帯での動作を可能としたことによるものであり、家庭内や事務所・病院など小規模ネットワークにおける新しい通信システムの構築を可能とするものである。前回と今回の装置サイズは次の通りである。
昨年発表の光制御式光スイッチ:寸法250mm×140mm×68mm 体積2380ml
今回の小型化光制御式光スイッチ:寸法120mm×80mm×27mm 同259ml
(コネクタ含め212mm×80mm×27mm)
本光制御式光スイッチは、厚さ100µm程度の薄膜有機素子(固体もしくは液体)内に収束照射された制御光が色素に吸収されて生ずるマイクロ熱レンズの屈折効果により、微小円錐レンズを過渡的に形成させ、信号光ビームの断面形状を円形からドーナツ形に変化させ、ドーナツ形断面の信号光を、直進光が通過する穴を設けたミラーで反射させて光の進む向きを変えて光路切り替えを行うものである。
制御光: 660nm半導体レーザー 出力3~4mW
信号光: 1.31µm及び1.55µm半導体レーザー 出力1mW
消光比: 直進光1.31µm 30dB 1.55µm 26dB
スイッチ光1.31µm 35dB 1.55µm 24dBスイッチ光1.31µm 35dB 1.55µm 24dB
本技術のポイント
-
「光制御式光スイッチ」を手のひらサイズに小型化
-
光通信の波長帯である1.31µm帯及び1.55µm帯を用いる波長分割多重双方向光通信経路を660nmの制御光で同時切替
-
収束照射制御光の光吸収により有機薄膜の温度上昇(~200度以上)
-
収束光の円錐型に沿った温度上昇により、集光点の屈折率が低くなる
-
低下した屈折率分布に応じて、(逆)円錐型レンズが形成される
-
形成された円錐型レンズにより信号光断面がドーナツ状に変形される
-
穴開きミラーによってドーナツ状断面の信号光の光路が切り替えられる
|
|
光制御式光スイッチ試作機(外観)
サイズ:120mm×80mm×27mm(コネクタ含め212mm×80mm×27mm)
|
|
光制御式光スイッチ試作機(内部)
|
現在は開発の都合上、屈折率の波長依存性を補正していない集光レンズを用いて制御光及び2つの信号光を同軸集光している。3つの波長の光が同一点に収束していない、信号光の収束径が5~6µmと大きい等のため、マイクロ熱レンズ効果が現れる温度に到達するのに0.5ミリ秒程度を要している。現状のままでも、光路切替速度としては充分であるが、今後、集光にアポクロマティックレンズを用いることにより焦点位置を同一化することで、応答速度を数10マイクロ秒まで高速化を図る予定である。また、光学部品の波長特性設定が不充分なため、光制御式光スイッチ1段についての挿入ロスは、直進光で5dB程度と大きいが、1.31µm及び1.55µmの両方に最適化することによって、直進光2dB未満、スイッチ光5dB未満まで小さくすることを目指す。
素子の高信頼化・低コスト化は当然の開発項目であるが、用途毎に薄膜素子をカスタマイズ(半固定的切り替え用~数10マイクロ秒の応答用)可能なことが本方式の利点であり、用途に応じて対応が可能である。