独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】は、大日精化工業株式会社【代表取締役社長 高橋 靖】(以下「大日精化」という)と共同で、光ファイバーから入射した信号光を、制御光によって電気変換せずに光のまま振り分けて、他の複数の光ファイバーに出射する装置(光スイッチ)の開発に成功した。制御光による信号光の振り分けには、積層型有機薄膜光学素子に制御光を入射することによって、薄膜素子内で起こる高速熱レンズ効果(微小円錐型レンズが形成される)を利用した。本方式は、マイクロ秒の速さで光の振り分けを行うことが可能であり、しかも、切替え制御にも光を用いているので、次世代フォトニックネットワークに必要とされる「全光型光スイッチ」実現の可能性を飛躍的に高める技術成果と言える。
現在、実用化が検討されているMEMS(Micro Electro Mechanical System)やプレーナー光回路(PLC)は、機械的な可動であることや、かなりの容積を電気ヒーターで加熱する必要があるために、切替え速度の向上は難しい。また、これら以外の方式も多数考案されているが、切替え速度と消光比の両立が難しく一長一短であった。
光制御での光路切替えが実現できれば、より電気ノイズに強い情報伝送・切替えが可能となり、経済的・社会的に大きく貢献するものと考えられるが、これまで、光制御で光路を切替えることは技術的に確立されていなかった。
そこで、産総研では、大きな消光比が確保可能であり、収束スポットサイズを微小にすることで速い切替え速度を得られる「熱レンズによる屈折方式を採用した光スイッチ」の開発を行った。屈折効率を大きくするために、信号光と制御光の同軸入射方式を採用し、かつ、熱伝導率の小さいポリマーまたは有機溶剤中に色素を溶解または分散させた薄膜を熱伝導率の高いガラスでサンドイッチした構成の積層型有機薄膜光学素子を用いている。また、色素の種類を変更することで幅広い波長範囲に対応可能とした。さらに、素子構造のチューニングにより応答速度も変更可能とした(半固定的切替え用~数10マイクロ秒の応答用)。
今後は、マイクロレンズ等を用いて小型化・低価格化を図ると共に、同一光ファイバーで信号光と光路切替え制御光とを送り、光路の切替えと複数の信号光の合成を目指す予定である。
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開発した光制御型光スイッチ試作機 |
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インターネットの普及等により、情報の伝送容量ニーズは5年で10~100倍の増加をしている。情報・知識の価値は今後も飛躍的に増大し、その活用は我が国経済の高付加価値化、生産性の向上、国際的競争力の強化に貢献する。そこで、電気信号による処理を一切行わない「オール光ネットワーク」への期待が高まっている。いまのネットワークのままでは、高速化や大容量化、低コスト化に限界があるためだ。ネットワークの全光化に欠かせないのが、光ファイバーを通ってきた光信号の行き先を、そのまま電気信号に変換することなく切り替えられる「光スイッチ素子」である。光スイッチ素子は大きく次の5つに分類することができる。1.微小ミラー素子 2.液晶素子 3.光導波路 4.温度素子 5.非線形光学素子 である。このうち、微小ミラー(半導体製造技術のMEMSを使う)と光導波路(光ファイバの製造技術を適用するもの)はすでに実用化されている。光スイッチの利点としては、設備コストが大幅に削減できるほか、消費電力の増大や設置場所の確保といった問題を解決できることである。さらに、信号処理速度の上限をなくすことにもつながる(電気信号であると、半導体技術などによる制約が大きい)。基幹線・市内(メトロ系)・家庭(アクセス系/FTTH:Fiber to the home)の全ての部分において光スイッチは重要な素子となり、今後の発展が期待されている。
光スイッチは、MEMSと通称される微細加工技術により作製される極微小ミラーか、光導波路型で導波路の一部を加熱して屈折率を変化させることにより光路切替えを行うものが今後の実用化の主流とされて来た。前者の例としては半導体製造技術として開発された薄膜作製・ドライエッチング技術を駆使して製造されるミラーサイズ~500µm、ユニットサイズ~1.8mmの32x32個のアレイであり、光路切替えに要する時間は約10ミリ秒である。後者は、熱光学スイッチと呼ばれているプレーナー光回路(PLC)であり16x16個のアレイが試作されており、光路切替えに要する時間はミリ秒台である。産総研では、入射制御光信号に、高速応答(数10マイクロ秒)するレーザーダイオード光を用いて光路切替え制御を行う光スイッチを開発した。
本スイッチは、厚さ数10µm程度の積層型有機薄膜光学素子(固体もしくは液体)内に形成される円錐型微小熱レンズの屈折効果によりドーナツ型の断面に変化させられた光の進む向きを穴付き鏡で変えて光路切替えを行うものである。信号光と光路切替え制御光は同軸でレンズ光学系の共焦点上に設置された薄膜素子に入射される。制御光が照射されない場合、信号光は直進して穴付き鏡の穴を通過して直進する。一方、2~3µmに収束された光路切替え制御光の照射による熱効果で薄膜素子内に微小円錐レンズが形成されて信号光は屈折される(特開平11-52435、出願中)。熱効果ではあるものの、数10µm程度と微小なために高速応答が可能となった。主な仕様は、消光比:2000:1~100:1、信号光波長:780nm、光路切替え制御光波長:650nm。
現在は開発の都合上、信号光波長として780nm、制御光波長として650nmを用いているが、信号光の波長を、FTTHやデジタル光リンク(機器間)用の光として採用されている650nmへの変更(制御光は~800nm)を早急に行う予定である(色素の変更により容易に対応可能)。
素子の高信頼化・低価格化は当然の開発項目であるが、用途毎に薄膜素子をカスタマイズ(半固定的切替え用~数10µ秒の応答用)可能なことが本方式の利点であり、ユーザーとの協議により対応していく予定である。
低価格化については2段階で考えている。最初のステップは本発表の光スイッチの低価格化であり、次のステップはモノリシック化である。前者は、試作機の故にレンズ等の位置調整機構を残している部品をモールド化することにより調整不要とすると共に、大量生産による低価格化を図る。後者は、マイクロレンズなどの使用により鉛筆程度の大きさにすることを目指すものであるが、なお2-3年を要するものと思われる。
制御方式についてはユーザーとの協議事項となるが、同一光ファイバーで信号光と光路切替え制御光とを送り、光路の切替えと複数の信号光の合成を目指す予定である。