独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 伊藤 順司】と、独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】(以下「JST」という)は、高性能不揮発メモリとして期待されているMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)のキーデバイスとなる、高品質の単結晶 トンネル磁気抵抗(TMR (Tunneling Magneto Resistance))素子を世界で初めて開発し、室温での磁気抵抗88%、および出力電圧380mVという世界最高の性能を達成した。これにより、次世代の超高集積MRAM開発への道筋が開かれた。
○酸化マグネシウムを用いた単結晶TMR素子を開発
トンネル障壁の材料として画期的な新材料である酸化マグネシウムを用い、また電極材料には優れた磁気的性質を持つ鉄を用いて、高品質の単結晶TMR素子(以下、新型TMR素子という)を作製することに成功した。
○新型TMR素子は世界最高性能を実現
従来の酸化アルミのトンネル障壁を用いたTMR素子(以下、従来型TMR素子という)を遙かに凌駕する性能を達成した。従来型TMR素子では磁気抵抗70%、出力電圧200mVが上限であったが、新型TMR素子は磁気抵抗88%、出力電圧380mVを達成した。
○ギガビット(Gbit)級のMRAMの開発に道筋
従来型TMR素子を用いたMRAMでは、出力電圧が低いため集積度が64Mbit~128Mbit程度で限界と見られている。Gbit級の高集積MRAMを実現するには、TMR素子の出力電圧は400mVが必要である。新型TMR素子では、この目標値をほぼ達成できた。
なお、上記の研究成果は、産総研とJSTとの共同研究契約に基づき、JST戦略的創造研究推進事業さきがけプログラムの研究領域「ナノと物性」【研究総括 神谷 武志(大学評価・学位授与機構 教授)】における研究テーマ「超Gbit-MRAMのための単結晶TMR素子の開発」【研究代表者 産総研 エレクトロニクス研究部門 主任研究員 湯浅 新治】の研究過程において得られたものである。
MRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)は、DRAM(Dynamic Random Access Memory)に代わる大容量で高速な不揮発性メモリとして世界的に開発が行われているメモリである【図1参照】。海外ではモトローラや IBM がいち早く開発を開始し、2003年末に4MbitのMRAMがサンプル出荷された。一方国内では、NECと東芝が2003年度から国家プロジェクトをたてて本格開発を開始したところである。
現状技術を用いることにより64Mbit程度のMRAMの実現は見通しが立っているが、それ以上の高集積化のためには、MRAMの心臓部であるTMR素子の特性を飛躍的に向上させる必要がある。特に、磁気抵抗の増大と電圧特性の改善の両方が必要である【図2参照】。従来型TMR素子の磁気抵抗は約70%と低く、また出力電圧も200 mV以下と低い(DRAMの出力電圧に比べて実質的に半分しかない)ため、集積度を上げるに従いノイズに埋もれて読み出せなくなってしまうという大きな課題があった。
この課題を解決するため、電極材料の最適化やトンネル障壁(酸化アルミを使用)の作製法の工夫などが世界中で精力的に行われてきた。しかし、このような従来の手法による出力電圧の向上は原理的に飽和に近づきつつあり、Gbit級MRAMを実現するには抜本的な解決策が求められてきている。
<MRAMの構造>
ワード線とビット線の交点にTMR素子を配列。
各TMR素子が1ビットの情報を記憶する。
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MRAMの1ビット
磁石の向きが平行:"0"
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反平行:"1"
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DRAMの1ビット
キャパシタが放電:"0"
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蓄電:"1"
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図1 MRAMの仕組み
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Gbit-MRAM実現のためには、出力電圧を倍増することが必須である。そのために、磁気抵抗の増大と電圧特性の改善(電圧を印可しても磁気抵抗が減少しにくいこと)が必要となる。
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図2 TMR素子の磁気抵抗効果(上)
TMR素子の出力特性(下)
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(1)単結晶の酸化マグネシウムを用いた高品質の新型TMR素子を開発
従来型TMR素子では、磁性薄膜の電極が多結晶であり、またトンネル障壁の材料として酸化アルミを用いてきた【図3(a)参照】。酸化アルミはアモルファス物質(原子の配列が不規則な物質)であるため、電流が流れる際に電子が散乱されて直進しづらいという性質を持つ。この性質のために、従来型TMR素子の磁気抵抗は70%程度が上限である。この限界を打破するために、トンネル障壁の材料に酸化マグネシウムを用いた新型TMR素子を開発した。酸化マグネシウムは単結晶(原子が規則正しく配列した物質)であるため、電流が流れる際に電子は散乱されず直進できる【図3(b)参照】。このような場合、巨大な磁気抵抗効果が起こることが理論的に予想されてきた。しかし、単結晶の酸化マグネシウムを用いてTMR素子を作製することは技術的に難しく、これまで高品質のTMR素子の作製に成功した例は無かった。
今回、産総研が構築した世界でも例のない単結晶TMR素子一貫製造施設【図4参照】を用いて、高品質の単結晶磁性薄膜と単結晶酸化マグネシウム層を連続積層することに成功したことによって、世界最高性能のTMR素子の開発に成功したものである。
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図3 従来型TMR素子と新型TMR素子
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図4 世界最先端の単結晶TMR一貫製造施設
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(2)世界最高の磁気抵抗と出力電圧を達成
酸化マグネシウムを用いた新型TMR素子で、世界最高の磁気抵抗(室温で88%)を達成した【図5参照】。従来型TMR素子のこれまでの最高特性は約70%であった。さらに、新型TMR素子では、世界最高の電圧特性も達成した【図6参照】。この結果、TMR素子の出力電圧を、従来の2倍の380mVに増大することに成功した。これは、Gbit級MRAMに必要な出力電圧をほぼ達成したものである。
今回、産総研とJSTでは、世界最高レベルの単結晶磁性薄膜技術に加えて、トンネル障壁の材料として酸化アルミに代わる画期的な新材料である酸化マグネシウムを用いることにより、世界最高の特性を持つ新型TMR素子の開発に成功した。これによりMRAMのGbitを超える超大容量化の道が拓かれた。
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図5 新型TMR素子の磁気抵抗特性
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図6 TMR素子の出力電圧特性
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今後は、新型TMR素子の作製条件を更に工夫することによって、さらに大きな磁気抵抗と出力電圧の実現を目指す。また、Gbit級MRAM開発のもう一つの課題である、書き込み電力の低減を目指す予定である。