独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)化学物質リスク管理研究センター【センター長 中西 準子】は、海域における化学物質の濃度推定を行うリスク評価のモデルとして、東京湾簡易リスク評価モデル(Windows版AIST-RAMTB ver.1.0)を開発し、2003年12月1日より、ソフトウェアの無償配布を開始した。
東京湾簡易リスク評価モデルは、化学物質の河川からの流入量や船底からの溶出量のデータを入力することにより、東京湾における化学物質濃度の空間分布を計算することができる。また、化学物質濃度を用いて、東京湾に生息する海洋生物に対するリスク計算が簡易に計算できるようにした。
沿岸海域における重大な汚染物質の1つとして、トリブチルスズ化合物(TBT)があげられる。TBTは生物に対する殺生作用を有する化学物質であり、船底や漁網の生物付着防止剤として塗料に混入させて用いられてきたが、1980年代半ばから沿岸生態系への影響が国際的に問題視されてきた。国際海事機構(IMO)は、TBT船舶用塗料を2003年1月1日以降は船舶に新たに塗布することを禁止し、2008年1月1日以降は船舶に塗布されていることを禁止するための世界的に法的拘束力のある枠組みを策定した。しかし、沿岸海域においては依然として重大な汚染物質の1つになっている。
この様な背景において、海域における化学物質のリスク評価は、化学物質のその海域の生態系への影響等を知る上で、極めて重要である。従来、化学物質のリスク評価を行うことができるモデルは大型計算機やワークステーションが必要であり、運用が非常に複雑な研究者向けのものであった。今回開発した東京湾簡易リスク評価モデルは、TBT以外の化学物質にも対応しており、専門的知識がなくても沿岸海域における化学物質の汚染状況や生態への影響度を簡単にパソコン上で計算でき、運用が可能である。
東京湾は、船舶の航行頻度が高く、東京、横浜などの大規模都市、臨海部には京浜、京葉工業地帯があり、人口約26,480,360人(東京都、神奈川県、千葉県の合計値(H12国勢調査))の社会経済活動により排出された様々な物質が海域に流入している。また、漁獲量も多く、レクリエーションの場としても重要な湾であり、本モデルを無償配布し、一般に活用されることで、これまでシミュレーションモデルの専門家や化学物質リスク評価に関わる研究者、評価者だけに限られてきた、海域における化学物質のリスク評価研究が、多くの人にその重要性が認識され、更なる研究の進展を期待できる。
今後は、大阪湾、伊勢湾などにも適応したモデルを作成する予定である。また、大気モデルの結果、河川モデルの結果を結合し、時空間的に予測可能なモデルとしたい。
沿岸海域における重大な汚染物質の1つとして、トリブチルスズ化合物(TBT)があげられる。TBTは生物に対する殺生作用を有する化学物質であり、1970年代初頭より船底や漁網の生物付着防止剤として塗料に混入させて用いられてきた。船底や漁網に塗布されたTBTは塗膜から溶出し、フジツボ、プランクトン、藻類、その他の海洋生物の付着や増殖を防止するものであるが、1980年代半ばから沿岸生態系への影響が国際的に問題視されてきた。
海洋生物に対するTBTの影響を軽減するために国際海事機構(IMO)は、TBT船舶用塗料を2003年1月1日以降は船舶に新たに塗布することを禁止し、2008年1月1日以降は船舶に塗布されていることを禁止するための世界的に法的拘束力のある枠組みを策定した。
初期のTBTに対する規制は、いくつかの地域において環境中濃度の低減という結果をもたらした。しかし、船長が25m以上の商用及び軍事用の船舶の航行が著しい海域では、依然として重大な汚染物質の1つになっている。
我が国では1990年に14種類のTBT化合物が特定化学物質に指定された。同年、運輸省(現、国土交通省)や水産庁によりその製造や使用を中止するよう指導がなされたが、依然として深刻な汚染物質として位置付けられており、海域における化学物質の水質への影響、生態系への影響等が懸念されている。
本モデル開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】からの受託研究「リスク評価、リスク評価手法の開発及び管理対策のリスク削減効果分析(クロスメディアアプローチによる環境媒体と摂取媒体中濃度の解析手法の開発)の一環として行われたものである。
平成13年度は沿岸生態系評価モデルを開発の対象とし、流動モデルと生態系モデルを組み合わせ、海水-底質間のクロスメディア輸送を組み込んだ沿岸域濃度評価プロトタイプモデルを完成した。平成14年度は、このプロトタイプモデルを基に、沿岸域濃度評価モデルのコーディングを行い、入出力インターフェイスの開発を行うとともに、各種化学物質の推計暴露量に関する文献データなどの収集整理を行った。さらに、これらのデータを基に東京湾における化学物質の東京湾簡易リスク評価モデル(Windows版AIST-RAMTB Ver.1.0)を完成した。
本研究では、Windows上で簡易的に化学物質運命予測モデル及びリスク評価モデルが運用できるモデル開発を行った。
本モデルは、流動モデル、生態系モデルの計算結果及び化学物質負荷量をデータベース化し、パソコン内に蓄積する。流動モデルは、3次元の多層位傾圧モデルを用い、流れ、水温、塩分の水平及び鉛直分布を時系列的に計算するものである。生態系モデルは、流動モデルの計算結果を用い、栄養塩や動・植物プランクトン等の濃度計算を行うものであり、通常は水質評価等に使用されている。これらのデータを基に化学物質運命予測モデル及びリスク評価モデル計算を実行する。【図1】に簡易リスク評価モデルの構成図を示す。
計算条件の設定では、季節、計算期間、出力ファイル名の指定等の項目を入力するだけで簡単に計算実行できる。さらに詳細な設定を行いたい場合には、化学物質の分解速度、無影響濃度、分配係数、有機物への吸着速度、植物プランクトンやデトリタスの沈降速度等のパラメータ入力も可能である。
計算終了後、化学物質の底泥での堆積濃度、水中での溶存態濃度、有機物への吸着態濃度と生物へのリスク等の空間分布図及び任意の地点における時系列変化図として表示することができる【図2】。1990年におけるTBT濃度分布図とアサリのリスク分布図を【図3】に示す。
なお、リスク評価は、東京湾の化学物質推定環境濃度(EEC: Estimated Environmental Concentration)と無影響濃度(NOEC)の比を用いる暴露マージン(MOE)の逆数とした。
リスク(1/MOE)は、1を越える値をリスクがあるものと判定している。計算時間は、PCの性能により若干の差異があるが1ヶ月間の計算で数分間である。
TBT以外の有害化学物質の環境濃度予測を行う場合は、分解速度(1/秒)、温度・溶存酸素依存による底泥分解速度として0℃における分解速度(1/秒)、温度係数(1/℃)、溶存酸素半飽和値(mg/L)、植物プランクトン、デトリタス、無機SSに対する分配係数、沈降速度(cm/s)、吸着速度(1/秒)が必要である。さらに、生物に対するリスク評価計算を行う場合には、生物に対する無影響濃度(ng/L)のデータが必要になる。
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図1 簡易リスク評価モデルの構成図
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図2 モデル運用事例
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図3 1990年計算結果例(左図:濃度分布、右図:アサリのリスク分布)
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現在は化学物質の負荷源として航路及び河川のみであり、さらに四季の平均的かつ空間的な予測計算であるが、今後は大気モデルの結果、河川モデルの結果を結合し、時空間的に予測可能なモデルとしたい。