独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 化学物質リスク管理研究センター【センター長 中西 準子】は、水系における化学物質のリスク評価とリスク削減対策を評価できる「産総研-水系暴露解析モデル(AIST-SHANEL*)Ver.0.8」を開発した。
* National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Standardized Hydrology-based AssessmeNt tool for chemical Exposure Loadの略
最近、人間や生態系に影響を与えると疑われている化学物質による環境汚染が社会的な問題となっている。しかし、特に、水生生物に対する毒性が懸念されている河川流域に存在する化学物質については、観測の地点や回数が限られているため、ある化学物質がその河川流域にどのくらいの濃度で存在しているのかという情報が少なく、生態系への影響についても評価することが難しい状況にある。
平成13年度より化学物質を取り扱っている事業所が環境へ排出する量を報告するPRTR制度が開始されたことに伴い、一般市民でも容易に化学物質の排出量のデータを入手することができるようになった。河川流域における化学物質の濃度も、このPRTRの排出量データを使って推定できるような計算ツールが求められているが、今までには、そのようなものはなかった。
産総研 化学物質リスク管理研究センターでは、PRTRの排出量データと、流域に関する気象や地理、下水道や工業統計に関する情報を入力することにより、水系暴露濃度を1日ごとに1kmメッシュ単位で推定できる一連のモデルを開発した。このモデルを用いることにより、流域内のどのあたりで排出量が高いのか、暴露濃度は排出量の高い地域と対応しているのか、あるいは河川の流量が多くなるとどの程度濃度が低下するのかなどの情報を簡単に把握することができる。
さらに、水生生物に影響が出る濃度を超える確率を求めることによって、生態系に与える影響を評価すること、すなわち生態リスク評価を行うことができる。生態リスクの削減が必要な場合、誰でも簡単なモデル入力を行うことにより、工場からの化学物質排出量削減や下水処理場での除去率向上が、化学物質濃度の低減にどのような効果を持つかの推定が可能となる。
この成果は、化学物質の排出事業者や河川流域を管理する地方自治体のみならず、一般ユーザーが河川流域の化学物質のリスクについて検討するときに、実際にどのような対策を取るべきかという課題に対して、解決への道を拓いたものといえる。
今後は、日本の主要な広域水系や二級河川のような局所的な排出源の影響を受けやすい流域でも適用できるように機能を拡張して、AIST-SHANEL Ver.1.0として公開する予定である。
環境に影響を与える化学物質が社会的な問題となっている。例えば、産業用洗浄剤などの界面活性剤として用いられるノニルフェノールエトキシレートは、ほとんどが水系に排出され、分解されてノニルフェノールとなり、水生生物に影響を与えると言われている。
産総研 化学物質リスク管理研究センターでは、平成13年度より水系に分布するノニルフェノールによってメダカ個体群が存続できるかどうか、生態系を保護するためにはどのような対策が必要であるかを評価する研究に取り組んできた。ノニルフェノールの水系における観測データが僅少であるために、暴露濃度を推定するためのモデルが必要であったが、既存の水系モデルでは、どのような排出源から物質が排出され、下水処理場へはどのくらい移動するのかということを考慮できず、排出源と水系暴露濃度の因果関係を見ることができなかった。そのため、化学物質の排出量と水系暴露濃度の面的分布を推定することができ、流量の変化に伴って、濃度が時間的にどのように変化するのかを推定することが出来るモデルが必要となった。
本モデルの開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】からの受託研究「リスク評価、リスク評価手法の開発及び管理対策のリスク削減効果分析」の一環として行われたものである。既に、化学物質のリスク評価のための環境濃度予測モデルとして、「産総研-曝露・リスク評価大気拡散モデル(AIST-ADMER)」や「産総研-東京湾簡易リスク評価モデル(AIST-RAMTB)」が公開されている。
平成14年度に排出量、河川流量、下水道、土地利用などの地理情報を取り入れて計算を行うことのできる水系暴露解析モデルの開発に着手し、多摩川流域、関東平野、淀川水系を対象とした水系暴露解析のプログラムを開発した。平成15年度には、多摩川を含め4つの流域を対象とした水系暴露解析プログラムのインターフェース化を行い、平成16年度に「産総研-水系暴露解析モデル(AIST-SHANEL)Ver.0.8」を完成した。
AIST-SHANEL Ver.0.8は、多摩川(東京都、神奈川県)、日光川(愛知県)、大聖寺川(石川県)、石津川(大阪府)を対象として流域全体の流量、排出量、暴露濃度を1x1 kmメッシュの空間分解能及び日単位で推定するモデル「SHANEL」と、その他の流域に関しても流域全体の大まかな河川水の暴露濃度を求めることのできるモデル「Turbo-SHANEL」の2つの機能を搭載している。図1にAIST-SHANEL Ver.0.8の構成を示す。
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図1 AIST-SHANEL Ver.0.8の構成(SHANEL及びTurbo-SHANELの画面遷移) |
SHANELでは、河川水における懸濁物質への吸着、河川水と河川底泥間の懸濁物質の沈降や巻き上げ、土壌への吸着などの物質移動のメカニズムを取り入れた動態解析モデルとなっており、河川底泥や土壌に蓄積されやすい物質の暴露濃度も計算が可能である。また、物質の負荷流出特性や物質収支など、定性的な検証機能も取り付けている。この解析により、化学物質が使われる用途によって、河川へ直接排出される量や下水処理場から排出される量の面的な違いを把握することができ、水系暴露濃度が高くなる地域や時期を推定することが可能となった。例えば、図2.1のような化学物質の濃度の面的分布によって、排出量が高い地域で濃度が高いのか、または、下水処理水の放流先で濃度が高くなっているのかを見ることができる。図2.2は、ある地点における化学物質の時系列変化を示しており、どの時期に濃度が高くなるかを見ることができる。さらに、図2.3に示すように、生態リスクの観点から水生生物に影響が出る濃度を超える確率を求めることもできる。これらの結果をもとに、事業所で排出量を削減した場合や下水処理除去率を向上させた場合に対策の効果がどのくらいあるのかを評価することができる。
また、Turbo-SHANELでは、任意の流域全体における晴天時の大まかな暴露濃度を短時間で計算することができる。ユーザーは、対象流域の流域面積と都市化度、対象とする化学物質の全国の水域への排出量や物質の半減期などを入力するだけで、晴天時の暴露濃度のレベルを知ることができる。
AIST-SHANEL Ver.0.8の信頼性を観測値との比較で見ると、ノニルフェノールエトキシレート及びノニルフェノール、アルコールエトキシレートの暴露濃度の計算値は、それぞれの観測値の範囲におおよそ含まれることが確認されており、これらの化学物質に関しては現況を再現できている。
AIST-SHANEL Ver.0.8は、一般の人々でも操作しやすいように、ユーザーフレンドリーなモデルになっており、このモデルの利用によって、排出源と水系暴露濃度との因果関係を見ることができる。事業者の方々が水系の化学物質の自主管理を行ったり、地方自治体の環境担当の方々が流域管理を行ったりするための有用なツールとなることが期待され、また、教育機関でも水系のリスク評価とはどのようなものかを学習するための教育用ソフトとしても価値があるものである。
産総研 化学物質リスク管理研究センターでは、AIST-SHANEL Ver.0.8のCDによる無償配布を行っており、申し込み方法については、次のURLに掲載されている。 http://www.riskcenter.jp/SHANEL/
また、AIST-SHANEL Ver.0.8による多摩川流域を対象としたノニルフェノールエトキシレート及びノニルフェノールの水系暴露濃度の推定及び対策評価の結果を、11月18日からの第4回環境毒性化学会世界会議:The 4th SETAC (Society of Environmental Toxicology and Chemistry) World Congressで発表する。
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図2.1 2000年12月31日のノニルフェノールエトキシレート濃度の面的分布図(下流に向かって物質が希釈されずに濃度が高くなる様子が見られる。)
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図2.2 多摩川の田園調布堰における2000年のノニルフェノールエトキシレート濃度の時系列変化(青色は流量、赤色は濃度を示す。流量のピークは、豪雨の影響によるもの。)
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図2.3 多摩川本川における5.0mg/m3を超えるノニルフェノールエトキシレートの超過確率(仮に、ノニルフェノールエトキシレートの基準値が5.0mg/m3であった場合に、それを超えた濃度の日数を確率で表したもの。この確率が高いほど、リスクが高いといえる。)
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今後は、平成17年3月を目処に次のような拡張機能を搭載したAIST-SHANEL Ver.1.0を構築することを目指して研究を進めて行く。
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日本の主要な都市を含む広域水系への拡張
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任意の二級河川や事業所近傍など小規模な流域において局所的な排出源による影響を評価するためのモデルの追加
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水系だけではなく、大気と水系を移動するような化学物質にも適用できるように、大気と水系間の物質移動も計算できるモデルへの改良