国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門 環境動態評価研究グループ 髙根 雄也 主任研究員(兼務:ゼロエミッション国際共同研究センター 環境・社会評価研究チーム)、中島 虹 産総研特別研究員、明星大学 亀卦川 幸浩 教授は、都市気候モデルに社会ビッグデータであるリアルタイム人口動態データなどを取り入れて活用する新手法に基づき、新型コロナウイルス感染拡大に伴う2020年4〜5月の緊急事態宣言期間における大規模な外出自粛が、都市の気温・人工排熱量・電力消費量(電力由来CO2排出量)へ及ぼす影響を日本全国の都市を対象に推定した。推定結果は、東京都心で日中の気温が通常時に比べて最大0.2℃低下し、電力消費量(CO2排出量)は7割減少したことを示している(概念図)。本研究により、外出自粛のような大規模な行動変容は、局所的なヒートアイランドや電力消費量・CO2排出量に影響を与えることが定量的に明らかになった。なお、成果の詳細は、2022年6月2日にNature Portfolioの論文誌 NPJ Climate and Atmospheric Scienceに掲載された。
概念図 外出自粛による気温(左)および電力消費量(右)の変化(都市気候モデルによる推定値)。
Takane et al. (2022)の図を改変。
わが国では2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことが宣言された。産総研においては、ゼロエミッション国際共同研究センターを中心としてCO2削減技術の開発と社会実装に向けた取り組みが進められている。一方、これらの取り組みとは無関係に、意図しない新型コロナウイルスのパンデミックに伴い、経済活動の停滞やリモートワークの普及(人間の行動変容)により、CO2排出量の減少(2021年7月30日 産総研プレスリリース)などが報告されている。
世界中の都市でロックダウンが行われ、わが国でも現在までに複数回の緊急事態宣言が発出された。しかし、人間の行動変容が都市の気温や人工排熱、電力消費量に与える影響をこれらの観測・測定データから抽出することは困難であり、実態が十分に把握されていなかった。なぜなら、気温や人工排熱では自然変動や測定の難しさがあり、電力消費量についてもデータ入手が難しいためである。
そこで今回、人間の行動変容により、気温・人工排熱・電力消費量(電力由来CO2排出量)が変化する様子を都市街区毎に高解像度であるだけでなく日本全国にわたっても推定できる手法を提案する。これは、地球温暖化も加わってますます暑くなる都市を「冷やす」ためのヒートアイランド対策やゼロエミッションを目指した民生部門の省エネ・脱炭素化へ向けての研究・技術開発を支援する有効な手段である。今回提案する手法を用いれば、都市をさらに冷やすため、そして脱炭素化を進めるためのさまざまな対策技術の定量的な評価と最適な技術の組み合わせ、そして新たな対策のアイデアなどを提言することができる。
産総研と明星大学は、都市部における人間活動と都市の気象・気候の関係を計算し、その効果を定量的に見積もることを目指し、20年以上前より都市の気候を計算する数値モデルの開発に取り組んできた。この都市気候モデルにより、大阪市における外出自粛が気温および電力消費量へ及ぼす影響を推定した(2020年11月6日 産総研プレスリリース)。しかし、この推定では実際の緊急事態宣言時を対象としておらず、大阪市の1地点の人口動態データに基づく比較的粗い推定であったため、結果が限定的で結果自体に大きな不確実性が残されていた。
今回、実際に緊急事態宣言が発令された2020年4〜5月を対象に、首都圏を含む日本全国500 m間隔の人口動態ビッグデータを都市気候モデルと融合させた新手法(詳細は「研究の内容」参照)を開発した。この手法を用いて、首都圏を中心とした日本全国の主要都市について、コロナ禍の人間の行動変容が都市の気温や人工排熱量、電力消費量(電力由来CO2排出量)へ及ぼす影響を推定した。
なお、本研究は、公益財団法人鉄鋼環境基金 環境助成研究(番号42)、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費(課題番号JPMEERF20191009)、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金(研究課題/領域番号 20KK0096)による支援を受けて行った。
1回目の緊急事態宣言により、都市の人間活動は大幅に変化した。リアルタイム人口動態データ(社会ビッグデータ)の一つであるドコモ・インサイトマーケティングのモバイル空間統計(500 m間隔・1時間毎)によると、緊急事態宣言に伴う外出自粛中における東京都心のオフィス街の日中人口は、前年の同時期(感染拡大前)の4割程度になっていた(図1左、青色)。一方、都心周辺(主に住宅街)では、感染拡大前比4割以上増加となっている地点もある(図1左、赤色)。また、日本道路交通情報センターによる交通量データによると、外出自粛中は関東平野のほぼ全域で交通量が減少していた。これら外出自粛時における人間活動の変化を都市気候モデルの解像度1 km間隔毎に設定する人間活動に関するパラメータおよび自動車からの排熱に反映させた(都市気候モデルと社会ビッグデータの融合)。この外出自粛による人間の行動変化を反映させたシミュレーションケースをCOVIDとした。一方、感染拡大前の通常時を想定したシミュレーションケースをNo-COVIDとした。両ケースを比較することで、首都圏1 km間隔の外出自粛の影響を推定した。
概念図左は、首都圏1 km間隔で計算したCOVIDとNo-COVIDの両ケース間の気温差である。日中人口が大幅に減少した都心部では気温が低下しており、特に東京駅から霞ケ関駅にかけての領域では日中の平均で最大0.2℃程度低下していることがわかる(概念図左、青色)。この0.2℃の気温低下量は、大阪市の推定結果(2020年11月6日 産総研プレスリリース)の約2倍の大きさであり、日本の各都市の気温の観測値から先行研究により統計的に推定された気温低下量と整合している。なお、この0.2℃は東京の過去100年間における温室効果ガス由来の温暖化量(約1.0℃)の約20%に相当することから無視できない大きさである(0.2℃程度の気温変化の意味については「さがせ、おもしろ研究!ブルーバックス探検隊が行く」の記事(https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/bb0034.html(最終閲覧:2022年5月29日) も参照されたい)。一方、日中人口が増加した都心部の周辺では、気温はほぼ変化しないと推定された(概念図左、白色〜薄い赤色)。
概念図右は電力消費量の差である。都心部では電力消費量が減少しており、最大で単位床面積当たり12 W程度で7割減となっている(概念図右、青色)。一方、都市部の周辺では、電力消費量が増えている(概念図右、赤色)。電力消費量の増減を首都圏全体で積算すると、わずかに省エネと見積もられた。この電力消費量に排出係数をかけると電力由来のCO2排出量となるため、CO2排出量でも同様の増減があったと考えることができる。関東における都県別主要ターミナル駅毎の人口・気温・人工排熱量・電力消費量の変化は表1aの通りである。南関東のターミナル駅に比べると北関東は人口変化が少なく、その結果、各変数の変化も小さいと見積もられた。
人間活動変化に伴う気温・人工排熱量・電力消費量の変化は人口変化に依存していることから、気温・人工排熱量・電力消費量と人口変化との簡易的な関係式を建物用途(オフィス・マンション・一戸建て住宅)別に作成した。この関係式が首都圏における気温・人工排熱量・電力消費量の変化(概念図の分布)を良好に再現可能であることを確認した。その後、日本全国の都市に対象を広げ、この関係式と日本全国500 m間隔の人口変化率および建物用途データとして日本全国の国土数値情報(都市地域土地利用細分メッシュデータ)を用いて、外出自粛の影響を推定した。その結果、東京都心と同様に全国の主要都市でも人工排熱・電力消費量(電力由来CO2排出量)が減少したと推定された(図2と表1b)。一方で気温については都心部に比べて低下量が小さいか、あるいはほとんど変化していないと見積もられた。
なお、1回目の緊急事態宣言中(4〜5月)の大幅な人間の行動変容が真夏の気象条件下で行われた場合、シミュレーションでは、東京都心の気温低下は最大0.3℃に達した。このことは、大規模な人間の行動変容は、暑熱が厳しく電力需要のピークを迎える夏により効果的であることを示唆している。
以上の推定結果は、都市部での人間活動を例えばリモートワークなどの普及により変化させ、「新たな働き方・日常」を推進することで、局所的にヒートアイランドの緩和と省エネ・脱炭素化が推進できる可能性を示している。社会ビッグデータを都市気候モデルと融合させた本手法は、未来の気象・気候変化を反映させた上での気候変動適応策や2050年カーボンニュートラルに向けた脱炭素技術の評価・提案に活用できる。
図1 首都圏における1回目の緊急事態宣言期間(4月18日〜5月14日)の日中の人口(左)と交通量(右)の変化(2020年と2019年の同期間の比率)。
青:減少、赤:増加。Takane et al. (2022)の図を改変。
図2 日本の主要都市における外出自粛による電力消費量の変化。Takane et al. (2022)の図を改変。
表1 (a)関東の都県別主要ターミナル駅および(b)日本の主要都市における人口変化、電力消費量変化、人工排熱量変化、気温変化の推定値
a 関東の都県別主要ターミナル駅
b 日本の主要都市
開発した手法と地球温暖化予測技術を用いて、地球温暖化がさらに進行する将来の気候下における人間の行動変容が気温・電力需要(CO2排出量)や人間健康リスクにおよぼす影響を予測し、2050年カーボンニュートラルに向けた街づくりや気候変動適応策の提案につなげる。さらに、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)やネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)のような個別の脱炭素技術の導入・普及による都市部での省エネ・CO2排出量削減・ヒートアイランド緩和のポテンシャルを広域的・定量的に評価する。最終的に、さまざまな個別の対策技術の定量的な評価を行い、最適な技術の組み合わせや新たな対策のアイデアなどを提言することを目指す。
掲載誌:NPJ Climate and Atmospheric Science
論文タイトル:Urban climate change during the COVID-19 pandemic: Integration of urban-building-energy-model with social big data
著者:Yuya Takane, Ko Nakajima, and Yukihiro Kikegawa
DOI: 10.1038/s41612-022-00268-0
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
環境創生研究部門 環境動態評価研究グループ
(兼務:ゼロエミッション国際共同研究センター 環境・社会評価研究チーム)
主任研究員 髙根 雄也 E-mail:takane.yuya*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)