国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】 環境動態評価研究グループ 髙根 雄也 研究グループ付、中島 虹 産総研特別研究員は、明星大学【学長 落合 一泰】亀卦川 幸浩 教授、株式会社 ドコモ・インサイトマーケティング【代表取締役社長 三毛 孝彦】古田 泰子 副部長、高松 大樹 グループリーダーとともに、新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛(以下「外出自粛」という)が、大阪市のオフィス街(図1、規制区域内)の気温と電力消費量をそれぞれ0.13 ℃、40 %(床面積1m2当り12 W)押し下げる効果があったと推定した。一方で人口が微増した住宅街(図1右、ピンク)では、電力消費量が18 %(床面積1m2当り1.4 W)上昇し、気温は外出自粛前と変わらなかった。
今回推定した外出自粛に伴うオフィス街の気温・電力消費量の低下量は、2019年6月に開催されたG20大阪サミット(以下「G20」という)に伴う交通・出勤規制による気温・電力消費量の低下量のそれぞれ3倍、10倍であることも新たに分かった。これは、都心部での人間活動の変化(テレワークなどの普及)により、省エネとヒートアイランド緩和が実現できる可能性を示唆している。今回開発した手法「都市気候モデル+人口データ」は、「新たな日常」での都市の気温と電力消費の予測に有用であるとともに、今後さらに顕在化すると予測されている気候変動に備えた都市部での適応策の評価・提案への貢献が期待される。なお、この成果の詳細は、2020年11月4日(英国時間)にElsevier社の科学誌Urban Climateにオンライン掲載された。
図1 外出自粛による大阪市の気温(左)と電力消費量の変化(右)
破線はG20大阪サミットに伴う交通・出勤規制区域を示す。
近年、パリ協定に関連し、国内でも気候変動適応法が施行されるなど、気候変動適応への関心が高まっている。人口が集中し気候変動の影響を強く受ける都市では、将来効果的な気候変動対策を行うことが重要である。そのような中、2020年に、新型コロナウイルス感染拡大により世界各国で都市封鎖やロックダウン、日本国内では外出自粛が行われた。このような人間活動の大幅な変化は、都市の気候やエネルギー消費へ影響を与えるが、その定量的な実態の把握は困難であった。これを定量的に把握することは、地球温暖化とヒートアイランドの二重の温暖化が進むと、人口集中により熱中症などの健康被害が大きくなる都市において、「将来の暑熱を避けるための日中の外出自粛は都市の気候変動適応策としてどれほど有効か?」という問題の解決につながる。
産総研と明星大学は、都市部における人間活動と都市の気象・気候の関係を計算し、その効果を定量的に見積もることを目指し、20年以上前より都市の気候を計算する数値モデルの開発に取り組んできた。開発された数値モデルは世界初の都市気候モデルの一つとして世界的に認知されてきた。今回、この都市気候モデルを、気象学で用いられる領域気候モデルと統合し、電力消費量の実測値との比較などを通して大幅に改良した最新バージョンを開発した。
なお、この研究は、独立行政法人 環境再生保全機構の環境総合推進費(JPMEERF20191009) 「建物エネルギーモデルとモニタリングによる炭素排出量・人工排熱量の高精度な推定手法の開発」(2019年4月〜2022年3月)による支援を受けて行った。
外出自粛により、オフィス街では人口が大幅に減少する一方、住宅では微増した。これらの人間活動の変化が気温や電力消費量の変化へ及ぼす影響を、今回開発した手法「都市気候モデル+人口データ」により見積もった。対象エリアはアジアでも有数の大都市で、2019年にG20サミットが開催され、2025年に万国博覧会が開催される大阪市とした。計算を行う対象の期間はG20開催期間を含む2019年6月11日から30日までである。なお、G20に伴う交通・出勤規制の影響との比較のため、外出自粛もこの期間に行われたと仮定して見積もりを行った。
人間活動の変化を正確に把握するため、ドコモ・インサイトマーケティングのモバイル空間統計(500 mメッシュ・1時間毎)を使用した。このデータによると、外出自粛中のオフィス街の日中人口は、感染拡大前に比べ7割程度減少していた(図2左)。この人口減少量はG20に伴う交通・出勤規制による人口減少量の約7倍であった。外出自粛時とG20時のそれぞれの人口変化量を、都市気候モデル内の人間活動に関するパラメーター(空調使用スケジュール・人体からの排熱量など)に反映させた(図2)。
図3に示すように、大阪市のオフィス街の外出自粛による人口減少により、電力消費量が最大で床面積1m2当り12.0 W (外出自粛前から40 %)低下した。この低下量はG20による低下量の約10倍であり、東日本大震災に伴う2011年夏の節電対策効果に匹敵する。また、電力消費量の低下に伴い、オフィス街の人工排熱が土地面積1m2当り76.3 W(42 %) 低下し、その結果気温が0.13 ℃低下したと推定された(図3)。この気温低下量はG20による低下量の約3倍の大きさであった。なお、この0.13 ℃の気温低下量は、日本の各都市の気温の観測値から、先行研究により統計的に推定された気温低下量と矛盾しない。これらの推定結果は、都心部での人間活動を(テレワークなどの普及により)変化させ、「新たな働き方・日常」を推進することで、省エネと、ヒートアイランドの緩和が実現できる可能性を示唆している。一方、外出自粛により人口が微増した住宅街の電力消費量は床面積1 m2当り1.4 W(18 %)上昇したものの気温への影響は小さかったと見積もられた。
本研究は、通常は公開・測定されていない都市街区(数百m〜数km)スケールでの電力消費量および気温を推定できる点や人間活動が変化した際の電力消費量や気温へ及ぼす影響を評価できる点に意義がある。今回開発した手法「都市気候モデル+人口データ」は、大阪市以外の都市にも適用できるとともに、都市の気候と電力消費量の将来予測、都市計画や都市部の気候変動適応策の評価にも応用できる。
図2 モバイル空間統計(左)と都市気候モデル(右)を用いた今回の手法
モバイル空間統計を都市気候モデルへ「空調稼働率」・「機器からの電力消費」・「在室人員」という形で入力すると、人口変化に応じた電力消費量・人工排熱量・気温が計算される。
図3 外出自粛とG20による電力消費量変化量(左)、人工排熱変化量(中)、気温変化量(右)の時間変化
今後は、今回開発した手法を国内外の他の都市(特に首都圏)に適用し、外出自粛の影響をより広域的に見積もることで、人間活動と都市の気候の関係の体系化を行う。また、外出自粛が人間の熱中症指数に及ぼす影響についても調査し、都市の気温や電力消費量に留まらない総合的な気候変動適応策の提案に繋げる。