独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【研究部門長 谷本 一美】ダイヤモンドデバイス化研究グループ 杢野 由明 研究グループ長、加藤 有香子 主任研究員、鹿田 真一 総括研究主幹らは、ダイレクトウエハー化技術により、転位など欠陥の極めて少ない気相合成単結晶ダイヤモンドウエハーを作製できるダイヤモンドウエハーの低欠陥コピー技術を実証した。今回、ダイレクトウエハー化の種基板として、欠陥の極めて少ない基板を用いるとともに、このような基板に対応した結晶成長技術や基板表面処理技術を開発することにより、従来より一桁以上低い転位密度400 個cm-2の単結晶ダイヤモンドウエハーを作製できた。これにより、ダイヤモンドのパワーエレクトロニクス用材料としての可能性が示され、究極の材料特性をもつダイヤモンドパワーデバイスによる省エネルギー社会の実現へ道を拓くものと期待される。
なお、本研究成果は、2014年6月27日(日本時間)にアメリカ物理学会のApplied Physics Lettersにオンライン掲載された。
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作製した単結晶ダイヤモンドウエハー 左上は種結晶 |
ダイヤモンドは、熱伝導率が大きく、絶縁破壊電界や電荷移動度など半導体としても優れた特性をもつため、将来のパワーエレクトロニクス用材料として期待されている。しかし、その実用化には、シリコンや炭化ケイ素(SiC)などと同様の半導体製造プロセスで使える大面積ウエハー(少なくとも2インチ)の実現と、漏れ電流などの電力損失や経年劣化による素子破壊につながる結晶欠陥の低減(低欠陥化)が必要とされる。大面積化については、ダイレクトウエハー化により作製したコピーウエハーのモザイク化により、研究室レベルで2インチ大(60×40 mm2)の大面積ウエハーが実現し、実用化に向けた研究開発が進んでいる。しかし、低欠陥化はあまり進んでおらず、その技術開発が急務であった。現在、一般的なダイヤモンド基板(転位密度:104~105 個cm-2)上に1アンペア級の整流素子が試作されているが、実用デバイスに要求される10アンペア級、更には100アンペア級の素子を実現するには、転位密度が現状の100分の1以下、すなわち、102 個cm-2台の低欠陥ウエハーが必要と考えられている。
産総研では、大型単結晶ダイヤモンドウエハーの実現を目指し、2003年からマイクロ波プラズマCVD法による大型単結晶ダイヤモンドの合成に関する研究を進め、2004年に高速成長によるバルク結晶合成に成功(2004年3月23日 産総研プレス発表)し、2007年には、ダイレクトウエハー化技術を開発し、種結晶から直接薄板状の結晶を作ることが可能になった(2007年3月20日 産総研プレス発表)。さらに、2009年に0.5インチ大の単結晶、2010年には1インチ大の大型単結晶モザイクウエハーの作製に成功した(2010年3月1日 産総研プレス発表)。一方、大型化と並行して、ダイレクトウエハー化技術により作製されるウエハーの低欠陥化に取り組んできた。
なお、本研究開発の一部は、JSPS科研費 25249036(平成25~27年度)の助成を受けて行った。
ダイレクトウエハー化技術は、種結晶をあたかもコピーするようにウエハーを作製する技術である。今回、転位が極めて少なく歪も極めて小さい高温高圧合成ダイヤモンドを種結晶とし、ダイレクトウエハー化によってコピーウエハーを作製した。ダイレクトウエハー化では、あらかじめ種結晶の表面から1~2マイクロメートルの深さにイオン注入層を形成しておき、マイクロ波プラズマCVD法により、種結晶上にダイヤモンドを成長させる。このとき、成長したダイヤモンド層中に入る転位は、主に種結晶から引き継がれるものと、種結晶と成長層の界面から新たにできるものからなる。そのため、低欠陥の種結晶を用いることにより、種結晶から引き継がれる転位が激減し、低欠陥ウエハーをコピーできる可能性があると考えた。また、種結晶と成長層の界面から発生する転位が主になることから、ダイレクトウエハー化プロセスの良否を、得られたウエハーの品質を指標として直接評価できる。
今回、低欠陥の種結晶に対応するため、図1に示すダイレクトウエハー化プロセスのイオン注入前にドライエッチングを導入した。イオンビームエッチングにより、基板表面から10マイクロメートル程度の深さまでエッチングを行い、切断や研磨など、基板製造の過程で入る表面付近の結晶構造の乱れた層を完全に除去した。さらに、イオン注入後の結晶成長では、主要な反応ガスである水素ガス、メタンガスに、異常成長を抑制し成長を安定化するために添加する窒素ガスを100 ppm以下のレベルで制御できるようにした。窒素添加量を調整することにより、成長層のひずみが抑制でき、従来の約1/2以下の複屈折を示すウエハーを作製することができた。
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図1 ダイレクトウエハー化プロセス うち、四角(□)内は今回新たに改良したプロセス |
作製したウエハーをX線トポグラフ法によって観察したところ、ウエハー内の2.3×2.5 mm2の部分の転位密度として、400個cm-2が得られた(図2)。これは一般的なダイヤモンド基板の転位密度の104~105 個cm-2と比較して、ほぼ2桁小さく、ダイレクトウエハー化により作製されたウエハーとしては最高の値である。また、これまでに報告された気相合成ダイヤモンドの最高値(2×2 mm2で400 個cm-2以下)にも匹敵する。この結果は、ダイレクトウエハー化技術によるウエハーの低欠陥コピーが原理的に可能であることを示している。転位密度の面内均一化など、今後さらなる技術開発が必要ではあるものの、ダイレクトウエハー化技術が将来のダイヤモンドウエハーの低欠陥化にも対応できる、有力なウエハー作製法であることが確認された。
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図2 X線トポグラフ像の比較 (右)今回作製したウエハー(左)従来基板上に作製した単結晶
矢印は転位の位置を示す。 |
今回、ダイヤモンドでもパワーエレクトロニクス用途として十分な転位密度(102 個cm-2台)を有する基板を大量製造できる可能性を示した。今後、結晶成長条件を含むダイレクトウエハー化技術の改良により、さらなる低欠陥化を目指すとともに、これまで開発してきたバルク成長技術による低欠陥基板の10 mm角程度への大型化、さらにはインチサイズのモザイクウエハーの低欠陥化への展開などを検討していく。最終的には、実用が始まったSiCを上回る超低損失のダイヤモンドパワーデバイスを実現し、省エネルギー・CO2削減につなげていきたい。
独立行政法人 産業技術総合研究所
ユビキタスエネルギー研究部門 ダイヤモンドデバイス化研究グループ
研究グループ長 杢野 由明 E-mail:mokuno-y*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
ユビキタスエネルギー研究部門
総括研究主幹 鹿田 真一 E-mail:s-shikata*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)