独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ダイヤモンド研究センター【研究センター長 藤森 直治】の単結晶基板開発チーム 山田 英明 研究員、茶谷原 昭義 研究チーム長は、インチサイズの大面積を持つ単結晶ダイヤモンドウエハーを製造できる技術を開発した。
ダイヤモンドは、高硬度、高熱伝導率、光透過波長帯の広さ、ワイドバンドギャップ、化学的安定性などの優れた特性を示し、工具や光学部品はもとより半導体デバイス、電子放出デバイス、バイオセンサーなどさまざまな応用が期待されている。特に、エレクトロニクスへの応用では、シリコン(Si)系や炭化ケイ素(SiC)を凌駕できるパワーデバイスの実現が期待されており、電気自動車や産業機器などの制御モジュールに搭載することで、大幅な省エネルギーが達成できる可能性がある。しかし、エレクトロニクス応用にはインチサイズの単結晶ダイヤモンドウエハーの製造技術の確立が不可欠である。
これまで産総研ではダイヤモンドの大型単結晶製造技術の開発を行っており、10 mm角のウエハーの作製に成功している。この技術は、薄板状の単結晶ダイヤモンドを種結晶から直接分離するダイレクトウエハー法の確立によるもので、これまでにない大型の単結晶を安価に製造できると期待されている。
今回、ダイレクトウエハー法を使って性質のそろった単結晶ダイヤモンド薄板を複数作製し、これらの薄板同士を接合して大面積ウエハーを作製した。従来よりも良好な接合状態が得られる接合技術を確立し、この技術を利用して1インチ角程度の大面積を有する単結晶ダイヤモンドウエハーを作製することに成功した(写真1)。
この研究成果は、2010年3月17~21日に、東海大学湘南キャンパスで開催される2010年春季 第57回 応用物理学関係連合講演会にて発表される。
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写真1: 1インチ大の大型単結晶ダイヤモンドウエハー
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ダイヤモンドは、高硬度、熱伝導率の大きさ、光透過波長帯の広さ、誘電率の小ささ、化学的安定性などさまざまな優れた物性を示すため、各種デバイスへの応用が期待されている。特に半導体としての応用は大きく期待されている。その実用化には、半導体の製造プロセスを適用するために、インチサイズの単結晶ウエハーが不可欠である。
ダイヤモンド単結晶は、天然には数mm以上の大型品がほとんどなく、超高圧による人工合成でもインチサイズといった大型化は不可能であるとされている。気相合成法によるダイヤモンドの成長は、制限が比較的少ないことからこれまでいくつかの試みが行われてきたが、成長を長時間に亘って持続することが容易ではなく、大型の単結晶ダイヤモンドウエハーの大量製造を可能とする技術は実現できていなかった。
産総研ダイヤモンド研究センターは、大型単結晶ダイヤモンドウエハーの実現を目指し、2003年からマイクロ波プラズマCVD法による大型単結晶ダイヤモンドの合成に関する研究を進めてきた。高速で高品質な結晶を合成できる条件を確立し、2004年には1カラットの単結晶ダイヤモンドの合成に成功した。ダイヤモンドをウエハー形状に加工することは困難と考えられていたが、イオン注入と電気化学的なエッチングを使う独自のダイレクトウエハー法を開発し、任意の厚さの板状の単結晶を大量生産する事が可能となった。さらに、結晶の大型化を逐次行うことで2007年には10 mm角のウエハー状の結晶の作製にも成功している。
今回、さらに大型の単結晶ダイヤモンドウエハーを作製するために、同一の種結晶から作製した複数の板状の単結晶ダイヤモンドを接合して、より大面積の接合型(モザイク状)の単結晶ダイヤモンドウエハーを作製する技術の開発を行った。
ダイヤモンド単結晶の作製には極めて厳しい条件の限定があり、従来装置で品質を維持しつつ大型単結晶を作製できるか否かは不明であった。産総研では大型の単結晶ダイヤモンド作製条件の改良もプラズマシミュレーションを使う開発手法で進め、1インチ程度の面積を均一に成長させることが可能であるとの結果を得ていた。
これまでダイヤモンド単結晶の大型化は多くの試みがなされ、複数の単結晶を接合する技術、いわゆるモザイク状単結晶ウエハーを作製する技術もいくつかの研究機関で試みられてきた。しかし、別々に作製された結晶を接合する際に結晶方位をそろえることが極めて困難であり、結晶同士の境界で多結晶やグラファイトが成長して、うまく接合できないといった問題があるとされてきた。さらに、従来はそれらの基板の大きさが5 mm角程度以下と非常に小さなものであることも問題であった。
今回、産総研が開発した製造技術の特徴は、図1に示すように、1つの種結晶から複数の薄板状の単結晶ダイヤモンドを作製し、これらの薄板状単結晶同士を接合して、大面積のモザイク状単結晶ウエハーを作製する点にある。1つの種結晶から成長させているため、今回使用した薄板状単結晶ダイヤモンドは、その性質や結晶方位のそろった「双子」のような結晶である。このような薄板状結晶同士を接合して、1枚の大面積単結晶ウエハーを作製するので、結晶間の境界での異常な結晶成長や、うまく接合しないといった問題がほとんど起こらず接合できた。
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図1 モザイク状大面積ウエハー製造工程
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この大面積化技術により作製した大面積単結晶ウエハーは、結晶間が滑らかに接合され、また、従来よりもはるかに緻密に接合されている。このため、研磨加工やダイレクトウエハー法も適用できる。従って、これを種結晶として使用すれば、所望の枚数の大面積基板を大量に作製することができる。また、種結晶からの分離加工技術であるダイレクトウエハー法が1インチ角の大面積のダイヤモンド結晶にも適用できることが実証できた。
今回は、既に作製に成功している10 mm角の種結晶を使い、1インチ角の面積を6個の薄板状結晶でカバーしたが、元となる種結晶サイズの拡大が進めば、さらに大きな形状の単結晶を組み合わせてモザイク化することもできる。
以上のように、同一の種結晶から作製した複数の薄板状の単結晶ダイヤモンドを接合することによって、より大面積のモザイク状単結晶ダイヤモンドウエハーを容易に作製する技術を開発した。また、この大面積ウエハーを種結晶とし、ダイレクトウエハー法を適用することによって、大面積単結晶基板ウエハーを量産できると考えられる。
今回作製に成功したインチサイズの単結晶ダイヤモンドウエハーについては、1年以内の実用化を図るべく検討していく。
なお、ダイヤモンドの半導体デバイスへの応用を切り拓くためには、より大きなサイズのウエハーが必要と考えられるため、ウエハーのさらなる大型化を進めていく。今後は、成長・加工装置および手法を改良して、均一な2インチウエハーの開発を目指したい。また、結晶品質をデバイス作製に合致したレベルに引き上げる開発を行っていく。