独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 駒井 武】地圏環境リスク研究グループ 保高 徹生 研究員、川辺 能成 主任研究員、ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】グリーンテクノロジー研究グループ 川本 徹 研究グループ長は、日本環境科学株式会社【代表取締役 稲毛 重之】と連携し、農業用水や河川水(環境水)中の低濃度の溶存態(水に溶けている状態)放射性セシウムをプルシアンブルー担持不織布によって濃縮し、従来よりも迅速に分析できる技術を開発した。
環境水中の放射性セシウムは主に溶存態と懸濁物質付着態が存在し、溶存態の放射性セシウムは植物に吸収されやすいことから注目されている。溶存態放射性セシウム濃度は、多くの場所で水1Lあたり0.2Bq(以下、Bq/Lと表記)以下と非常に低濃度であるため、本方法で用いるゲルマニウム半導体検出器では約6~13時間でも定量ができない。そのため、大量の水を長時間かけて濃縮し測定する必要があった。今回開発した技術により、水中の低濃度の溶存態放射性セシウムを、従来の1/10以下の前処理・測定時間(それぞれ約30分~1時間で可能)で、従来からの2Lの水を長時間測定する方法の1/10程度の濃度(0.01Bq/L)まで測定できるようになった。
本方法を用いて福島県内の農業用水や渓流水をモニタリングした結果、溶存態の放射性セシウム濃度は0.01 Bq/L~0.09 Bq/L程度(全放射性セシウム濃度は0.17 Bq/L未満~2.9 Bq/L)と低濃度であることが確認された。福島県内の農業用水や森林からの流出水などの環境水中の放射性セシウムのモニタリングや農作物への影響評価、環境中の放射性セシウムの動態解析などへの貢献が期待される。
なお、この技術の一部は、2012年5月19日~21日に福島市で開催された環境放射能除染学会で発表された。詳細は2012年9月18日~20日に札幌市で開催される平成24年度 農業農村工学会大会講演会にて発表される。
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写真 プルシアンブルー担持不織布(左)とモニタリングシステム(右)
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東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の多くは山林に沈着し、降雨などに伴い山林から徐々に環境水中に流出する。例えば、文部科学省が2011年7月に福島県内の河川水51カ所で実施した調査では、平均でセシウム134が0.54Bq/L、セシウム137が0.58Bq/Lと低濃度の放射性セシウムが検出されている。これらの環境水中の放射性セシウムの発生源としては、山林からの流出水、水田などの農地からの濁水流出、生活排水などがある。
環境水中の放射性セシウムは主に溶存態と懸濁物質付着態が存在する。溶存態の放射性セシウムは植物に吸収されやすいことから、水を多く使用する水田や水耕栽培において農作物への影響が注目されており、その濃度を的確・迅速に測定する必要がある。
しかしながら、溶存態放射性セシウム濃度は、多くの場所で0.2Bq/L以下と非常に低濃度であり、ゲルマニウム半導体検出器では約6~13時間かけても定量ができない。そのため、通常は5L~200Lの水を固相抽出法や蒸発法により6時間~1週間程度かけて濃縮した上で測定する必要があった。
したがって、水中の低濃度の溶存態放射性セシウムを、より短時間の前処理や測定で、かつ、より低濃度まで測定できる方法が望まれていた。
産総研は、これまでにプルシアンブルーを用いた放射性セシウムの除染技術の開発(平成23年8月24日、平成23年8月31日産総研プレス発表)や土壌環境中の放射性セシウムの挙動・存在形態に関する調査を実施してきており、被災自治体のニーズに即した技術の開発・提供の一環として地元自治体などと連携して放射性セシウムのモニタリング技術の開発に精力的に取り組んできた。
今回開発した技術による放射性セシウムのモニタリングシステムのカラム部分の概要とプルシアンブルー担持不織布への吸着の模式図を図1に示す。本方法は、ポンプで環境水を組み上げ、プルシアンブルー不織布を充填したカラムを複数個、縦列に連結し、これらのカラム内を一定速度で100L~200L通水させることで、プルシアンブルー不織布に放射性セシウムを濃縮する方法である。
不織布には水中の溶存態の放射性セシウムを特異的に吸着するプルシアンブルーを担持させてある。この不織布を充填したカラムに水を通過させて、プルシアンブルー担持不織布に溶存態の放射性セシウムを吸着させて濃縮する。サンプリング地点でカラムに水を100L~200L通水すると、従来から実施されている2Lの容器による環境水中の放射性セシウムの分析と比較して50~100倍の濃縮が可能となる。
不織布に担持したプルシアンブルーの構造を図2に示す。プルシアンブルーは、ジャングルジムのような構造で内部に空隙を持ち、その空隙にセシウムを取り込むと考えられている。
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図1 プルシアンブルー担持不織布とカラムによる溶存態放射性セシウム吸着の概要(カラムを2本接続した場合)
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図2 不織布中のプルシアンブルーの構造
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溶存態の放射性セシウムを吸着・濃縮したプルシアンブルー担持不織布を、水を用いて超音波洗浄し、付着した土粒子などの細粒分を除去した後に容器に充填する。この不織布をゲルマニウム半導体検出器で分析すると、溶存態放射性セシウムのみの濃度を測定できる。
溶存態の放射性セシウム濃度を1.5Bq/Lに調整した汚染水を用い、カラムを12本縦列に接続し通水させた結果を図3に示す。最初のカラム3本で67%、全カラム(12本)でほぼ100%の放射性セシウムの回収が可能であることが確認された。
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図3 プルシアンブルー担持不織布の通水カラム数と放射性セシウム回収率
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また、実際の低濃度の放射性セシウムを含む環境水(0.01~0.1Bq/Lレベル)の試験結果においても、各カラムの吸着率は同様の傾向を示した。10~12カラムで99%以上の溶存態放射性セシウムの回収が可能であり、その定量下限は0.01Bq/Lを達成した。これにより、従来の溶存態放射性セシウム測定法の1/10以上の前処理・分析時間で、2Lの容器による測定の定量下限の1/10~1/20程度の定量下限の達成が可能である(表1)。
表1 水中の溶存態放射性セシウム測定法の本方法と従来法との比較
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*1: 前処理時間、測定時間、定量下限値は、濃縮水量により変化する。
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本方法を用いて2012年3月~5月に京都大学大学院農学研究科中村公人准教授らと協力して福島県内(阿武隈高地、中通り)で実施した環境水モニタリングの結果の一部を表2に示す。これらの調査地点では、溶存態の放射性セシウム濃度は0.01 Bq/L~0.09 Bq/Lの範囲であり低いレベルであった。溶存態放射性セシウム濃度は放射性セシウムの沈着量が多い阿武隈高地で高い傾向にあり、大雨後には上昇する傾向が見られた。
一方、全放射性セシウム濃度(主に溶存態と懸濁物質付着態)は0.17 Bq/L未満~2.9 Bq/Lであり、特に大雨後(斜体太字)の出水時に懸濁物質濃度の上昇とともに放射性セシウム濃度が4倍~30倍程度も上昇することが確認された。溶存態放射性セシウムの存在比は、出水時には懸濁物質付着態の増加量が大きく存在比は10%未満であるが、通常時で10%~40%程度であることが確認された。
本方法を用いることで、植物への吸収や放射性セシウムの環境動態・物質循環で大きな役割を果たす溶存態の放射性セシウム濃度の測定が可能となる。
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表2 福島県内で実施した環境水モニタリングの結果
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* 斜体太字は、大雨後の出水時。懸濁物質の濃度が大きく上昇する
*1: 主に溶存態と懸濁物質付着体の合計:2Lの容器に水を入れゲルマニウム半導体検出器で6時間~13時間で測定。
*2: 5/1は大雨後であり水位が高く懸濁物質が多く流れていた。また地点Bおよび地点Dでは懸濁物質濃度が22~100mg/Lと高いため、測定期間中の全放射性セシウム濃度は懸濁物質の沈降により過大評価となっている可能性がある。
*3: 5/19も前日の雨のため5/1程ではないが水位が高い状態
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現在、溶存態放射性セシウムだけでなく、懸濁物質付着態の放射性セシウムを現場で濃縮する方法を開発中である。今後は本モニタリングシステムの汎用化、懸濁物質付着態のモニタリング方法の開発をすすめるとともに、早期の技術移転を目指す。また、福島県内自治体や関連研究機関と連携を取り、福島県内の環境水中の放射性セシウムの経時的なモニタリングを実施し、環境中の放射性セシウムの動態評価、植物体への影響について評価を行う。
独立行政法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ
研究員 保高 徹生 E-mail:t.yasutaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)