独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)
先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】機能集積モジュール化研究グループ【研究グループ長 藤代 芳伸】の鈴木 俊男 主任研究員、米国Colorado School of Mines、Nigel Sammes教授らは、さまざまな炭化水素燃料を直接改質して利用できる触媒層を付加したマイクロ
固体酸化物形燃料電池(マイクロSOFC)を開発した。これにより450℃以下の低温域でもメタン燃料による直接改質発電が可能となった。
SOFCは、高い運転温度(700~1000℃)で動作し、エネルギー変換効率が燃料電池中で最も高い。しかし、主に大型・定置用電源といった応用に限られているため、産総研はニーズの高い小型電源に応用できるようにマイクロSOFCの研究開発を行ってきた。このような応用では炭化水素燃料の利用技術が重要であるが、これまで600℃以下では燃料の改質が十分に進まず、直接利用発電が困難であったため、運転温度の低温化が大きな課題となっていた。
今回、ニッケル系燃料極を有するチューブ型マイクロSOFC内壁に、改質触媒としてナノメートルサイズのセリア層を構築することによって、メタン+水蒸気燃料による低温域での直接電極改質技術の開発に成功した。さらに、450℃という低温域においても直接燃料改質による発電が可能であることを、世界で初めて実証した。また、開発したセル構造ではさまざまな炭化水素燃料に適した改質触媒の設計・適用が可能であり、起動エネルギーの低減が可能な低温で炭化水素燃料を直接利用できるコンパクトなSOFCシステムの早期実現が期待できる。
この成果の一部は、英国科学誌“Energy & Environmental Science”に掲載された。詳細は2011年1月23~28日に米国フロリダ州で開催のThe 35th International Conference and Exposition on Advanced Ceramics and Composites にて発表する予定である。
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図1 セル概要
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燃料電池は燃料を直接電気エネルギーに変換する装置であり、高いエネルギー変換効率が実現できるため次世代のエネルギー源として期待されている。使用する材料によってさまざまな方式の燃料電池が開発されてきたが、その中で最も高いエネルギー変換効率を示すのがSOFCである。SOFCはすべてがセラミックス材料からなる燃料電池で、動作温度が700~1000℃と高温であることから、大型発電設備への応用などに限られていた。そこで
家庭用分散電源、
移動電子機器用電源、
自動車の補助電源などニーズの高い領域でのSOFCの新規応用展開が進められている。このような応用展開を進める中で重要であったのが、
急速起動運転が可能なマイクロSOFCのモジュール化技術や炭化水素燃料を用いた低温運転を可能とする多燃料利用技術である。これまでは、600℃以下では従来型ニッケル系燃料極では燃料の改質が十分に進まないため直接利用発電が困難であった。特に装置の小型化には、500~600℃の低温で電極での燃料直接改質を実現し、同時に発電が可能な高性能SOFC技術の実現が望まれている。
産総研はこれまでにニーズの高い小型電源へのSOFCの応用を目指し、急速起動性能を高め、部材のコスト削減を可能とするマイクロSOFCのモジュール化研究開発に取り組んできた。特に独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構のプロジェクト「セラミックリアクター開発」(平成17~21年度)において650℃以下の動作温度で高出力で熱衝撃にも強いSOFCを実用化する研究を行い、これまでにセリア系およびジルコニア系材料を用いて急速起動運転が可能なマイクロSOFCのバンドル・スタック化技術の開発に成功している。今回はメタン燃料の直接改質が可能な新たなマイクロSOFCの開発に取り組んだ。
SOFCは運転温度を下げると急激に性能が下がるため、産総研では、この問題を克服すべく水素燃料を用い600℃付近の低温で1.0W/cm
2の高出力発電を可能とする新たな電極技術を開発してきた(2009年9月成果発表)。一方ではSOFCシステムの起動時間を短縮し、起動エネルギーを低減するためにはさらなる運転温度の低減が必要となっている。また、SOFCの応用展開を進めるために、エネルギー密度の高い炭化水素燃料を利用したコンパクトなシステムの実現が期待されている。しかしながら、メタンなどの炭化水素燃料を用いた場合、特に600℃以下の改質反応が起こり難い低温域では、電極活性の低下により、水素燃料の場合と異なり発電性能が著しく低下することが問題となっており、その解決が望まれていた。
このような背景の中、これまでに開発してきたチューブ型マイクロSOFC技術を発展させ、新たに炭化水素燃料を直接利用できるように、燃料改質機能を持つ触媒層を付与した直接電極改質技術を開発した。従来の平板セルでは燃料極表面には集電を行うためのインターコネクト材料が接続されているため、燃料改質の機能層を直接セル上に設けることは困難であることから、燃料改質器をSOFCモジュール近傍に設置したシステム構成を採用している。一方、チューブ型マイクロSOFCでは燃料極チューブ端表面から集電しているため、燃料極表面にさまざまな構成の機能層を付与できる。
今回作製したチューブ型マイクロSOFCは、電解質材料としてセリア系セラミックス、燃料側電極材料に
ニッケル-セリア系セラミックス、空気側電極材料には
ランタンコバルト-セリア系セラミックスを用いた。ナノメートルサイズのセリア改質触媒層を燃料極の内壁表面上に付与して1.8mm径のチューブ型マイクロSOFCを作製した(図2)。
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図2 ナノメートルサイズのセリア触媒層を付与したチューブ型マイクロSOFCの断面と触媒層表面
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機能性触媒層としてセリア触媒層を付与したマイクロSOFCと付与しないマイクロSOFCについて450℃付近の低温でメタンと水蒸気の混合ガスを用いて試験をしたところ、セリア触媒層を付与したマイクロSOFCはセリア触媒層がないマイクロSOFCと比較して飛躍的な発電性能の向上が確認できた。このような500℃以下の低温域でも直接燃料改質による発電が可能であることを示したのは世界で初めてである(図3)。セリア触媒層を付与しない場合、メタン系燃料の直接利用において、450℃付近では、起電力も0.6 V程度と小さく(図3)、数mW/cm2程度の出力であったが、セリア触媒層を利用することでその約30倍の実用レベルである0.1W/cm2の出力が確認できた。さらに、500℃、550℃付近においては、それぞれ0.4W/cm2および0.45W/cm2の出力密度が得られた(図4)。さらに、現在、低温域においても、メタンを含むさまざまな炭化水素燃料にて、水素燃料と同等以上の出力性能への向上を目指し、種々の触媒層を付与した電極技術の研究開発を進めている。
今回開発したマイクロSOFCでは、機能性触媒層を付与するプロセスはスラリーコーティング法を用いている。このプロセスを利用することで、さまざまな炭化水素燃料に適した触媒層の付与が可能となっており、加えて触媒層の焼成は空気極の焼成と同時に行えることから、コスト面での優位性もある。従って、さまざまな炭化水素燃料の直接低温利用が可能でコンパクトなSOFCシステムの実現が加速するものと考えられる。
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図3 450℃付近におけるチューブ型マイクロSOFCの触媒層の有無による性能比較
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図4 触媒層を付与したチューブ型マイクロSOFCのメタン-水蒸気の直接利用による発電性能の運転温度依存性 (a)550℃付近 (b)500℃付近 (c)450℃付近
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今後はさまざまな炭化水素燃料に応じた触媒層の設計・最適化を行うとともに、今回開発したチューブ型マイクロSOFCに、これまで開発してきたSOFCモジュール化技術を適用することで、起動エネルギーを低減し、急速起動性を高めた小型SOFCシステムの開発を行い、多燃料利用による次世代自動車用や移動体向けの小型電源として、普及促進を進める。
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先進製造プロセス研究部門 機能集積モジュール化研究グループ
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