産総研:表面弾性波による量子情報伝送のキーコンポーネント

計量標準総合センター
表面弾性波による量子情報伝送のキーコンポーネント
  • 物理計測標準研究部⾨⾼⽥ 真太郎

電子の転送効率の大幅向上に成功、移送タイミングも制御可能に

量子情報の伝送方法として表面弾性波(SAW)を用いた電子移送が期待されている。結合量子細線デバイスと、パルス電圧をトリガーとした単一電子源を用いることで、転送効率をこれまでの92 %程度から99 %以上に高めるとともに、不明確であった移送タイミングを制御することに成功した。

試料の模式図
試料の電子顕微鏡写真。左右にそれぞれ単一電子源となる量子ドットが2個、単一電子検出器となる量子ドットが2個。中央には結合量子細線。
 

SAW駆動型単一電子移送技術は、量子コンピューターの実現に向けた基盤技術として有望

量子コンピューターの実現のためには、静止したノード間で量子情報を伝送する必要があり、いくつかの方法がすでに報告されている。その一つであるSAW駆動法は、圧電基板から発生したSAWを用いて、単一電子を輸送路(量子細線)に沿って効率的に移送することができる。量子計算用のSAW駆動量子回路も提案されている。現状92 %程度の転送効率を99 %以上に向上することと、移送のタイミングと方向の制御法の確立が課題である。

圧電基板の写真
 

単一電子を高効率かつ精密に制御し、量子論理ゲートにおけるSAWの可能性を示す

SAW駆動量子回路に不可欠な二つのコンポーネント、すなわち結合量子細線デバイスとトリガー型単一電子源を開発した。結合量子細線デバイスは飛翔する電子を二つの輸送路に分割し、トリガー型単電子源は電圧パルスを用いてピコ秒スケールの同期精度でSAW駆動送信を行う。実験の結果、長さ20 µmの一対の量子細線に沿って99.75 %という高い転送効率で電子を移送することに成功した。また、電子移送のタイミングを精確に制御することに成功した。さらに、結合量子細線デバイスのゲート電圧を変化させることで移送方向が制御できることも実証した。

結合量子細線デバイスにおける電子の移送方向の制御。
電圧制御によってデバイスの閉じ込めポテンシャルの対称性を変化させることで(上の図)、電子の移送方向が左上から右下(下の図の左側)、左上から右上(下の図の右側)へと滑らかに制御することができている。
 

本研究はSAW駆動型電子移送を利用した量子コンピューティングの実現に向けた重要なマイルストーン

本研究で用いたSAWの大部分は電子の移送には関わらない波であり、電子が移送される前後で周囲の電子の状態を乱しうる。また複数あるSAWの波中のどの位置で電子が運ばれているかが不明瞭であった。この問題に対しては、独自開発の櫛型電極によって高強度なSAWの孤立パルスを発生させることに成功している(2022年9月7日、産総研プレス発表)。今後は、櫛型電極の周波数帯域を広げることで、制御性の高いSAWの孤立パルスの発生技術を開発するとともに、現在の電子スピン量子ビット研究で主として用いられるシリコン系材料に本技術を適用することを目指す。

高田主任研究員の写真
 
 

本研究テーマに関するお問合せ先

高田主任研究員の写真
物理計測標準研究部⾨ 量子電気標準研究グループ

主任研究員 高田 真太郎(たかだ しんたろう)

〒305-8568 茨城県つくば市梅園1-1-1 中央事業所3群

メール:info-ripm-ml*aist.go.jp(*を@に変更して使用してください。)

ウェブ:https://unit.aist.go.jp/ripm/qelec-std/