発表・掲載日:2025/02/20

還元力最強「補酵素F420」の電極反応を実現

-電気の力で補酵素F420の酸化体・還元体相互変換が可能な反応系の構築に成功-

ポイント

  • 最も還元力の強い電子運搬体「補酵素F420」の電気化学反応系を世界で初めて確立
  • 燃料や医薬品などの分子を低い環境負荷で製造する技術開発に貢献
  • 構築した酵素電気化学反応系は補酵素F420バイオセンサー開発の基盤技術に応用可能

概要図

補酵素F420の電気化学反応系のイメージ


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 風呂田郷史 主任研究員ら、国立大学法人筑波大学 数理物質系 辻村清也 教授、国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 Masaru K. Nobu(延優)主任研究員は、補酵素F420(以下、F420という)を電気化学的に酸化・還元する技術の開発に成功しました。

近年、微生物や酵素の力を利用して、燃料、食品、医薬品など化成品の分子を製造する技術が注目されています。特に酵素還元反応は、特定の基質を立体選択的に還元するという特徴をもちます。また、反応温度や圧力が低く、有害副産物が少ないなどの利点もあります。そのため、化学合成に比べて特定の分子を高い選択性で効率的、かつ、低い環境負荷で製造できます。

本研究においては、二酸化炭素からメタンを作るメタン生成古細菌(以下、メタン菌という)が利用するF420に着目しました。このF420は知られている限り最も高い還元力をもつ電子運搬体のため、F420が仲介する酵素還元反応を利用した新たな分子製造技術の開発が期待されます。しかし、これを産業的に活用するには、F420を還元体へと調整する反応系を構築しなければなりません。今回、メタン菌由来の酵素を介することで電極からF420への電子の供給、すなわち、F420を酸化体から還元体への調整(およびその逆反応)を可能とする技術の開発に成功しました。

この技術は、新たな分子製造技術への応用だけでなく、バイオセンサー開発へと発展し、天然ガスを生産するメタン菌の研究にも活かされることが期待されます。

なお、この研究成果の詳細は、2025年1月28日に「Bioelectrochemistry」にオンライン掲載されました。


開発の社会的背景

酵素還元反応は、生物が代謝で利用する酵素がもつ高い基質特異性と反応を温和化できる性質を利用した新しい分子製造法として注目を集めています。この反応系は電子のやりとりによって進行するため、それを介在する分子(電子運搬体)が必要です。そして、目的とする反応の種類によって、求められる電子運搬体の酸化・還元状態が異なるため、反応に合わせてそれを制御することは酵素反応を利用する上で非常に重要です。

一般的に、電子運搬体の酸化・還元状態を制御するためには、電子運搬体を還元(または酸化)するための電子供与体(または受容体)としての試薬を外部から添加しなければなりません。この方法では、添加した試薬量分しか反応は進行しない上に、試薬のコストが膨大になります。一方で、電気化学的な反応方法では、電圧をかけ続けるだけで電極自体が電子供与体(または受容体)として機能します。そのため、電子供与体としての試薬の添加なく、かつ連続的に電子運搬体の酸化・還元状態を調整することが可能です。F420は知られている限り最も強い還元力をもつ電子運搬体であり、従来は還元できなかった安定な有機化合物の酵素還元反応を可能にすると期待されています。しかし、F420の生産・合成・取扱が難しいために十分な研究が進んでおらず、これまでにF420の電気化学的な反応系が構築されたことはありませんでした。

 

研究の経緯

産総研では、地下微生物による資源生成機能や環境汚染浄化機能に関する研究を行ってきました(2024年12月20日産総研プレス発表)。その過程で、地下微生物の利活用をより促進させるために、それらの微生物代謝の鍵となるF420に着目してきました。電子が与えられた、すなわち、還元されたF420である「還元体F420」は特に還元力に優れるため、これまで化学的に安定すぎて還元できなかった有機化合物すらも還元できると期待できます。そこで今回、F420の酸化・還元状態を電気化学的に制御する技術構築に向けた研究を産総研の領域融合の体制下で開始しました。

なお、本研究の一部は日本学術振興会の科研費(22K18427)による支援を受けています。

 

研究の内容

F420(非売品)をメタン菌の大量培養と抽出・精製作業によって自らの手で生産し、F420の電気化学的な性質を調べました。その結果、流通している金属や炭素電極とF420とが直接的に反応しないことが判明しました。一方で、生体内でのF420の酸化還元反応は酵素によって制御されています。そこで、それらの酵素の触媒機能を利用したF420の酵素電極反応が実現できると考え、その反応に適した酵素の選定を開始しました。

メタン菌由来のF420依存亜硫酸還元酵素(Fsr)はF420と反応すると期待されるため、この酵素を微生物に大量に作らせ安定的に取得する方法を確立しました。そして、電気化学実験を行った結果、電極によるF420の還元には、Fsrだけでなく電子の授受を介在する有機分子であるベンジルビオロゲン(BV)が必要であることが分かりました(図1)。この結果は、Fsrの触媒作用とBVの介在(メディエーター)作用がうまく機能すれば、F420と酵素電極反応系が成立することを意味します(図2)。

図1

図1 F420の電気化学実験の結果
FsrとBVを添加した反応系(赤線)では、還元および酸化電流の増加、つまり電極とF420間の電子の授受が期待されます。この結果は、FsrとBVの組み合わせがF420の酵素電極反応系が構築された可能性を示唆します。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

図2

図2 構築したF420電極反応系における電子の移動経路
BVがメディエーターとして電極との電子(e-)の授受を担い、Fsrを触媒としてF420の還元や酸化を進行させていると予想されます。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

さらに詳しく、電極周辺で生じている電極反応を吸光度測定から検証しました(図3)。F420は酸化体の状態のときだけ波長420 nmの光を強く吸収します。一方で、還元されるとその性質を失います。詳しく電気化学実験を行った結果、電極にかける電圧を負の方向(マイナス側)に変えていくと、波長420 nmの光の吸収が低下し、実際にF420の還元反応が進行することが確認されました。反対に、電圧を正の方向(プラス側)に変えていくと、波長420 nmの光の吸収が回復し、F420の酸化反応が進行することが確認できます。このことから、FsrとBVの組み合わせが電気化学的なF420の酸化還元反応を可能にすることが証明されました。

図3

図3 F420とBV、Fsrを添加した電気化学実験系における波長420 nmの光の吸収(吸光度)の変化
電圧(印加電位)の減少と上昇に対応した吸光度の下降と上昇は、F420の酵素電気化学反応が酸化と還元の両方向で進行していることを示しています。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

研究の社会的意義

構築した酵素電極反応系を応用することで、高い還元力が必要なためこれまで実現できなかった新たな分子製造技術へ展開できると期待されます。また、「補酵素F420バイオセンサー」として利用できる酵素電極の開発に発展する可能性もあります。F420はメタン菌のメタン生成代謝で利用される重要な電子運搬体であり、その濃度や酸化・還元状態の遷移はメタン菌の代謝活性度と直接的に関係している可能性があります。その関係性を本反応系でオンサイト、かつリアルタイムに調べることで、メタン菌の代謝活性度のリアルタイム観測の実現が見込まれます。これにより、必要な栄養源を人工的に添加するなどの適切な処置を迅速にほどこすことが可能となり、天然ガスが作られる嫌気発酵槽や地下環境に生息するメタン菌の代謝を利用したエネルギー生産を促進できる可能性があります。F420はメタン菌のみならず、物質生産に利活用できるさまざまな種類の微生物も有していることから、幅広い物質生産技術への展開も期待されます。

 

今後の予定

開発したF420の電極反応系を基礎とし、F420の電極反応特性を有する高効率な酵素修飾電極の開発を進めていく予定です。現状は反応に必要なFsrとBVが反応溶液中に拡散している状態です。今後はFsrとBV、あるいは、その両者と同等の機能を有する酵素や有機分子を電極上に固定した酵素電極の開発を進め、さまざまな環境で利用可能な汎用性の高いF420酸化還元技術へと発展させる予定です。この酵素修飾電極を開発することで、F420を簡便に還元体へと調整することが可能となり、F420が仲介する酵素反応の産業利用および学術研究が促進されると考えています。同時並行で、開発する酵素修飾電極のF420バイオセンサーとしての実用性の評価と向上を目指します。

 

研究者情報

産総研
地圏資源環境研究部門 風呂田郷史 主任研究員、金子雅紀 主任研究員、朝比奈健太 主任研究員、吉川美穂 主任研究員、嶋田和真 リサーチアシスタント
バイオメディカル研究部門 竹下大二郎 主任研究員
生物プロセス研究部門 五十嵐健輔 主任研究員
機能化学研究部門 中道優介 主任研究員
国立大学法人筑波大学
数理物質系 辻村清也 教授
国立研究開発法人海洋研究開発機構
超先鋭研究開発部門 Masaru K. Nobu(延優)主任研究員
 

論文情報

タイトル:Bidirectional Electro-enzymatic Reaction of Coenzyme F420 using Benzyl Viologen and F420-Dependent Sulfite Reductase
著者名:Satoshi Furota, Masanori Kaneko, Seiya Tsujimura, Daijiro Takeshita, Yusuke Nakamichi, Kensuke Igarashi, Masaru K. Nobu, Miho Yoshikawa, Kenta Asahina, Chie Fukaya, Toshie Ishitsuka, and Kazuma Shimada
掲載誌:Bioelectrochemistry
DOI:10.1016/j.bioelechem.2025.108922


用語解説

補酵素
酵素の働きを助ける低分子の有機化合物の総称。酵素反応の補助、エネルギー変換、酸化還元反応などの役割を担う。電子運搬体の多くは補酵素として機能する。[参照元へ戻る]
メタン生成古細菌
メタン菌、メタン生成アーキアともいう。細胞内に核をもたない原核生物の仲間で、生物学的にはバクテリア(細菌)ではなくアーキア(古細菌)に分類され、酸素がない嫌気環境下で有機物分解の最終過程を担う。メタン生成古細菌が利用できる基質(餌)は主に水素+二酸化炭素や酢酸、メタノールなどのメチル化合物に限られている。[参照元へ戻る]
電子運搬体
生体内で電子を運ぶ物質の総称。電子を受け取る酸化型の電子受容体と、電子を与える還元型の電子供与体の2つの状態をとる。[参照元へ戻る]

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