発表・掲載日:2024/09/10

サマリウム-鉄-窒素(Sm2Fe17N3)永久磁石の高密度化技術を開発

-高耐熱を実現するポストネオジム磁石として、EV用などの高効率モーターへの展開に期待-

Niterraグループ 日本特殊陶業株式会社(以下「日本特殊陶業」という)と国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は「日本特殊陶業-産総研カーボンニュートラル先進無機材料連携研究ラボ」において、新規焼結助剤を用いることでサマリウム-鉄-窒素(Sm2Fe17N3) 系焼結磁石(※1)を高密度化および高性能化できる技術を開発しました。

 

ポイント

  • ポストネオジム磁石候補であるSm2Fe17N3焼結磁石を高密度化する新しい焼結助剤を開発
  • 新規焼結助剤と磁石合成プロセスの開発により高性能なSm2Fe17N3永久磁石の作製に成功
  • 高耐熱で資源リスクが低いという利点を生かし、耐熱性が要求される電気自動車などの高効率モーターへの展開に期待

概要図

新規焼結助剤の添加によるSm2Fe17N3磁石の磁気特性の向上(左)と組織の緻密性変化のイメージ (右)


概要

Sm2Fe17N3磁石は高い磁石特性を示し、かつネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)磁石(※2)を上回る耐熱性を示すことから、ポストNd-Fe-B磁石として期待されています。一方、磁石性能を向上させるためには高温焼結で高密度の微構造組織を形成する必要がありますが、Sm2Fe17N3は比較的低温で分解するために、高密度化が困難でした。これまで、融点の低い(420 ℃)亜鉛(Zn)を焼結助剤に用いて低温で焼結する手法などが検討されてきたものの、高密度化しても重要な性能指標である磁化(※3)が下がってしまうという問題がありました。本研究では、Sm2Fe17N3磁石で磁化を下げずに緻密化効果を得るために、焼結助剤として周期表第二族(※4)に属する元素(マグネシウム、カルシウムなど)を含有する合金を開発しました。これにより、磁化低下を最小限に抑えながらSm2Fe17N3磁石を高密度化できるようになり、将来的に耐熱性が要求される電気自動車などのモーター用磁石への展開が期待されます。

なお、この成果は2024年9月19日に大阪大学豊中キャンパスで開催される日本金属学会秋期講演大会で発表されます。また、2024年10月11日に名古屋市で開催される産総研中部センターおよび株式会社AIST Solutions主催の「未来モビリティ材料」共創フェアにて発表を行います。


開発の社会的背景

低炭素社会の実現に向け、電気自動車や産業機器のモーターには、さらなる高効率化・小型軽量化が求められています。多くの高効率モーターには永久磁石を用いた磁石埋め込み型(IPM)モーターが使われていますが、電気自動車などの用途では高い耐熱性が要求されます。現行のNd-Fe-B磁石では、ジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)といった重希土類元素を添加して保磁力(※5)を向上させ、保磁力の温度劣化を抑制することで耐熱性を確保していますが、これらの重希土類元素は資源リスクを抱えています。

一方、Sm2Fe17N3化合物はNd-Fe-B磁石の主相であるNd2Fe14B化合物と比較して、同等の飽和磁化(※6)および3倍程度高い異方性磁界(※7)を有し、電気自動車用IPMモーターなどの動作温度域(150〜200 ℃)での耐熱性に優れることから、重希土類元素フリーの次世代永久磁石材料として期待されています。高い磁石性能、とりわけ高い磁化を得るには、磁石化合物を単位体積当たりにできる限り多く存在させること、つまり緻密性を向上させることが必要です。しかし、Sm2Fe17N3は620 ℃程度で分解してしまうため高温加熱での焼結による作製が難しく、もっぱらボンド磁石用の材料と見なされてきました。ボンド磁石は磁粉を樹脂に練り込んで固めた磁石であり、絶縁性に優れているために高回転のモーターに使用されますが、焼結磁石よりも磁粉の充填率が低く、磁化が低下してしまいます。そのため、高出力用モーターには焼結磁石が不可欠です。そこで、Sm2Fe17N3本来のポテンシャルを発揮した永久磁石を作製するため、新たな焼結技術が求められています。

 

研究の経緯

日本特殊陶業と産総研は2022年4月1日に日本特殊陶業-産総研カーボンニュートラル先進無機材料連携研究ラボを設立し(2022年4月1日 日本特殊陶業・産総研プレス発表)、同連携研究ラボ内にてSm2Fe17N3焼結磁石の開発に着手しました。

産総研は、高加圧通電焼結法(※8)を用いたSm2Fe17N3の焼結、および低酸素粉末冶金プロセス(※9)を用いての保磁力低下のないSm2Fe17N3焼結磁石の作製(2015年9月18日 産総研プレス発表)といった研究テーマに取り組んでおり、豊富な知見やノウハウを蓄積しています。これらを日本特殊陶業が持つセラミックス焼結技術、粉体・粉末冶金技術と融合し、Sm2Fe17N3焼結磁石の開発に共同で取り組んできました。

 

研究の内容

今回、難焼結材料として知られるSm2Fe17N3粉末を数マイクロメートルサイズに粉砕したものを低酸素粉末冶金プロセスにより高密度化させることに成功し、永久磁石としての特性向上に成功しました。

これまで、Sm2Fe17N3を低温で緻密化することを目的として、低融点金属であるZnを焼結助剤として用いる試みがなされてきたものの、Znが磁石相と反応して大幅な磁化低下を引き起こし緻密化の効果を相殺してしまうため、有効な手段とはなりませんでした。そこで、新たな焼結助剤の探索を行いました。特に、従来あまり検討されていなかった周期表第二族に属する元素を含有する合金に着目しました。その結果、低温で緻密化が可能かつ磁化低下を引き起こさない合金を発見しました。本焼結助剤合金は展延性を有するため微粉化は困難ですが、粉砕条件を最適化することで微粉化を実現しました。その適切に微粉化された焼結助剤合金とSm2Fe17N3粉末を均一に混合した混合粉末を、結晶の向きを一方向にそろえるようにして焼結するプロセスを開発し、高密度化したSm2Fe17N3永久磁石を作製することに成功しました。

図1に焼結助剤なしと、新たに発見した焼結助剤を添加して焼結させたSm2Fe17N3焼結磁石断面の電子顕微鏡像を示します。助剤なしの場合はSm2Fe17N3粒子同士が寄せ集まっているだけで、多くの空隙(図中の黒い部分)がまだ残存していることが分かります。一方、新たに発見した合金を添加した場合はその空隙が大幅に低減され、緻密化が促進されていることが分かります。

図1

図1 焼結助剤なしと、新たに発見した焼結助剤を添加して焼結させたSm2Fe17N3焼結磁石断面の電子顕微鏡像

図2には、焼結助剤なしと、新たに発見した焼結助剤を添加して焼結させたSm2Fe17N3磁石の磁化曲線を示します。今回開発した手法によって残留磁化(※10)が10%以上向上し、最大エネルギー積(※11)では20%以上の向上に成功しました。これは、永久磁石としての特性、とりわけ磁化(図内の縦軸)を向上させるためには、多くの粉末を単位体積当たりに高充填することで永久磁石相(今回の場合ではSm2Fe17N3粉末)を増加させることが有効であり、開発した焼結助剤によって高密度化を達成できた結果です。

図2

図2 焼結助剤なしと、新たに発見した焼結助剤を添加して焼結させたSm2Fe17N3焼結磁石の磁化曲線

これにより、Sm2Fe17N3化合物が有する永久磁石としての高いポテンシャルの一つが引き出され、耐熱性が要求される電気自動車などのモーター用磁石への展開へ一歩前進しました。

 

今後の予定

今後は磁石性能をさらに高めるために、原料となるSm2Fe17N3磁粉開発や配向性向上のためのプロセス設計も検討中です。引き続き、ポストNd-Fe-B焼結磁石として、高耐熱用途で最適な高性能永久磁石の開発を目指します。

 

学会発表情報

発表学会:日本金属学会 2024年秋期講演大会
発表タイトル:新規焼結助剤を用いたSm-Fe-N焼結磁石の緻密化および高性能化
発表者:飯田 悠太1,2、細川 明秀2、山口 渡2、平山 悠介2 (1. 日本特殊陶業、2. 産総研)


用語解説

※1 サマリウム-鉄-窒素(Sm2Fe17N3)系焼結磁石
Sm2Fe17N3化合物を微粉化し、焼結した磁石です。焼結密度を向上させることが難しい、難焼結材料として知られています。[参照元へ戻る]
※2 ネオジム-鉄-ホウ素(Nd-Fe-B)磁石
Nd2Fe14B化合物を主相とした、現在最もエネルギー積が高い磁石です。[参照元へ戻る]
※3 磁化
単位体積あたりの磁気モーメントのことです。磁石のくっつく強さの指標です。[参照元へ戻る]
※4 周期表第二族
ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムなどの元素を総称して「周期表第二族」の元素と呼びます。[参照元へ戻る]
※5 保磁力
永久磁石の、外部磁場に対する抵抗力を表します。[参照元へ戻る]
※6 飽和磁化
物質固有の値で、その物質の最大の磁化の値を表します。[参照元へ戻る]
※7 異方性磁界
磁化困難軸(磁化させにくい方向)に外部磁界を印加したとき、磁気モーメントを飽和させるために必要な磁界の大きさを表します。この値が大きい磁石材料は、高い保磁力を示すポテンシャルを有しています。[参照元へ戻る]
※8 高加圧通電焼結法
1 GPaを超える高い圧力を加えながら、短時間で焼結するプロセスです。[参照元へ戻る]
※9 低酸素粉末冶金プロセス
微粉末の作製から、焼結し焼結体を得るまでの工程を極低酸素下(0.5 ppm以下)の雰囲気下で行うプロセスです。[参照元へ戻る]
※10 残留磁化
無磁場状態(磁場がかかっていない状態)で、磁性体が持つ磁化のことです。[参照元へ戻る]
※11 最大エネルギー積
磁石が持つエネルギーの大きさで、永久磁石の性能を評価する上で最も重要な磁気特性です。磁束密度が高くても保磁力が低いと、最大エネルギー積も小さくなり外部磁場の弱い状態でしか磁石が使用できません。このため、両者のバランスが重要になります。この値が大きければ、より大きなエネルギーを提供できる磁石ということになります。[参照元へ戻る]

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