国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 神門 賢二 主任研究員、木下 健一 主任研究員、中澤 由莉 主任研究員、日亜化学工業株式会社(以下「日亜化学工業」という)は、国際照明委員会が定める白熱電球の標準スペクトルを発光ダイオード(LED)で再現し、既存の光度標準電球を代替する光源を開発しました。
照明空間の快適な明るさは照度計により評価されます。照度計(照度センサー)は、スマートフォンへの組み込みやディスプレイの調光に活用されるなど、身近な計測器です。2020年4月以降に販売された新型の自動車には、安全の観点から薄暮時間帯の無灯火を無くすために、オートライトが義務付けられました。周囲の照度が1000ルクス(lx)未満になると、ヘッドライトを自動的に点灯させる機能が搭載されています。自動車の安全管理の観点からも照度計を正しく使用するためには、国家計量標準にトレーサブルな校正を受けるなど、正確な照度の計測・管理が重要です。
照度計の校正は、照度計を販売する各メーカーおよび試験機関において、国家計量標準にトレーサブルに校正された白熱電球である「光度標準電球」を基準として行われています。しかし、白熱電球は世界的に生産されなくなってきており、光度標準電球の枯渇が問題になっています。
そこで、産総研と日亜化学工業は、光度標準光源が示す標準スペクトル(CIE標準イルミナントA)をLEDで再現した光源(イルミナントA標準LED)を開発しました。イルミナントA標準LEDは照度計の校正に必要なスペクトルや照度値などの仕様を満たすだけでなく、LED素子の安定化処理を適切に行うことで、点灯劣化を光度標準電球の20分の1程度に抑制できます。このため、現場での標準光源の校正周期の延長や測定精度の向上も期待できます。
なお、この技術の詳細は、2024年8月16日に「Measurement」に掲載されました。
われわれは、照明により昼夜を問わず快適に生活することができます。照明空間の快適な明るさは照度計により評価されます。スマートフォンや自動車にも簡易的な照度計が組み込まれ、ディスプレイの明るさの調光やライトのオン・オフ制御に活用されています。照度は、物体表面を照らす光の量を表す物理量であり、法令で作業内容や空間用途に応じた「最低照度」ならびにJISで「推奨照度」が定められています。照度計は、特定計量器に指定されるものがあるなど、重要かつ身近な計測器として、われわれの生活を支えています。さらには、近年販売されている自動車にはヘッドライトを自動的に点灯させる機能が義務付けられたように、光を活用したオートメーション化により照度計や照度センサーの市場規模はますます大きくなると予測されています。
照度計を正しく使用するには、照度の基準となる標準光源による校正が必要です。定められた標準スペクトルを再現し、また測定距離の起点が明確であるなどの特性を有する、「光度標準電球」が標準光源として長らく用いられてきました。光度標準電球を用いた照度計の校正体系は、産業界で長い期間、有効に機能してきました。しかし、世界的な白熱電球の生産中止により、この校正体系の維持が困難になっています。日本の国家計量標準機関である産総研には、照度計メーカーや試験機関から、イルミナントAのスペクトルを再現し、照度計の校正で使用できる新たな標準光源の開発の要望が多数寄せられています。
光度標準電球の生産中止は、照明・光センサー産業全体の発展を妨げるため、緊急の解決策が必要です。産総研と日亜化学工業は、この問題を解決するために、LEDを用いた標準光源の開発に着手しました。産総研は、光度標準電球の代替に必要なイルミナントAのスペクトルを再現する光源の照度値などの開発目標を定めるとともに、LEDにすることの利点(点灯劣化の改善や取扱いの容易さなど)を明確化しました。開発にあたっては、全方向形標準LEDの共同開発(2021年08月30日 産総研プレス発表)で得られた温度安定化技術や高精度評価技術などの基盤技術を用いています。日亜化学工業がイルミナントAのスペクトルを再現するLEDベースの標準光源を試作し、その試作品を産総研が国家計量標準を基に性能評価、および、製作にフィードバックを行い、産総研と日亜化学工業の有する技術の強みを融合してイルミナントA標準LEDの開発を進めました。
イルミナントA標準LED(図1a)は、ガラスバルブなどから構築される従来の白熱電球の標準光源と異なり、落としても簡単に壊れず、発光面が汚れない構造に設計されています。先端から内側奥の位置に、イルミナントAのスペクトルを再現するLED素子が設置してあります。市販の照明用の白色LEDの多くは、青色LEDを励起光として黄色領域で発光する蛍光体を用いているため、青緑色領域や赤色領域で強度が弱い特徴があります。今回実装したLED素子は青緑色領域や赤色領域でも発光する蛍光体を加え、各蛍光体の量を最適化することでイルミナントAのスペクトルを再現しています(図1b)。イルミナントA標準LEDは、点灯電流300 mA、制御温度90 ℃の条件で点灯し、照度は1 mの距離で約180 lxになります。
図1 (a) イルミナントA標準LEDの外観図、(b) スペクトル
※図は原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
LED素子の放熱基板には温度制御のためのサーモモジュールと白金測温抵抗体が取り付けてあり、発光部の温度を一定に保つことで、標準光源に必要とされる照度の安定性を実現しました(図2 a:点灯して安定になる15-20分経過後の照度を100%として、4時間で0.02%(1σ)以下の変動)。また、周囲温度試験を行い、23 ℃を基準とした周囲温度変動に対する照度変動が0.04%/℃以下であることも実証しました(図2 b)。
図2 (a) 点灯時間に対する照度の変動、(b) 周囲温度の変化に対する照度の変動
※図は原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図3 は、イルミナントA標準LEDの点灯劣化試験の結果を示しています。従来の標準電球は、20時間程度点灯すると照度値が0.4~0.5%低下するため、例えば、20時間点灯ごとで再校正など、定期的に上位の校正機関で再校正を行う必要があります。イルミナントA標準LEDは組み立て前に実装するLED素子の安定化処理(点灯電流値よりも大きい電流値を流す枯化試験)を適切に行うことで、点灯劣化を約0.02%/20 h(約400時間の劣化試験の結果の平均値)と、従来の光度標準電球に比べて20分の1程度まで抑制し改善することができました。点灯劣化が少ないという特性は、メーカー・試験機関における校正周期を従来の光度標準電球よりも長くできるだけでなく、SI基本単位の一つである光度の不確かさの改善につながります。
図3 光度標準電球とイルミナントA標準LEDの点灯劣化の比較
※図は原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
さらに、産総研では、複数台の市販照度計に対して、標準光源にイルミナントA標準LEDを用いた場合と光度標準電球を用いた場合の校正結果の比較による妥当性の検証を行い、校正の繰り返しの再現性の範囲内で2つの校正結果が一致することを示しました。そして、所有している10機種以上の照度計評価データに対して、イルミナントA標準LEDのスペクトルがイルミナントAに完全に一致していないことに起因する誤差の解析を行いました。解析の結果、誤差が大きくなる可能性がある照度計の特性分析法や誤差を最小にするための補正方法を確立しました。一連の解析により、イルミナントA標準LEDが、光度標準電球を代替することが可能であることを実証しました。
イルミナントA標準LEDは、日亜化学工業からの販売を通じて、照度計の校正体系の維持に貢献します。さらに、イルミナントA標準LEDの校正可能な照度範囲の拡張を進めるとともに、スペクトル一致度の向上を進め、スペクトル一致度に起因する誤差のさらなる改善を目指します。産総研は、光度の不確かさ改善を目指し、イルミナントA標準LEDを利用した光度・照度単位の実現方法に関する精密分光測定技術の開発を進めます。
掲載誌:Measurement
論文タイトル:LED-based standard source providing CIE standard illuminant A for replacing incandescent standard lamps
著者:Kenji Godo, Kenichi Kinoshita, Yuri Nakazawa, Kohei Ishida, Ai Fujiki, Mako Nikai, Yumiko Niimi, Hideki Teranishi, Tetsuya Nishioka
DOI:10.1016/j.measurement.2024.115479