発表・掲載日:2021/08/30

LEDを用いた全方向に光を放射する新たな標準光源を開発

- 100年の歴史を持つ標準電球への挑戦 -

令和3年8月30日
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
日亜化学工業株式会社

ポイント

  • 照明の明るさを評価する基準となる全方向形標準LEDの試作品を開発
  • 光強度の安定性が従来の標準電球に匹敵、可視波長全域にわたる光を全方向に均等に放射
  • 照明産業の持続的な発展とより高精度な照明光源評価への貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)計量標準総合センター 物理計測標準研究部門【研究部門長 島田 洋蔵】中澤 由莉 研究員、神門 賢二 主任研究員は、日亜化学工業株式会社【代表取締役社長 小川 裕義】(以下「日亜化学工業」という)と共同で、全方向に可視波長全域の光を放射するLEDを用いた新しい標準光源である全方向形標準LEDの試作品を開発した。

照明光源の明るさの指標である全光束は、基準となる標準光源との比較測定により決定される。これまで、光が全方向に広がる照明光源の全光束測定用の標準光源は、主として標準電球が利用され、1世紀近くの間、照明産業の発展に大きく貢献してきた。標準電球は、一般的な電球と異なり、特別に選定された部材等を用いることにより優れた安定性などの諸特性を有する。しかし、LED照明への急速な置き換えにより、白熱電球の生産の縮小・停止の影響は、標準電球にも及んでいる。将来の照明産業の発展を支えるためには、LED全盛の現代にふさわしくLEDを用いた標準光源の開発が世界的に求められている。これは、1世紀近く前から現代まで照明産業を支えてきた高品質な標準電球への挑戦でもある。

今回開発した試作品は、従来の標準電球に匹敵する光強度の安定性と再現性を実現し、可視波長全域をカバーするスペクトルを有する。さらに光を全方向に均等に拡散させる特殊な光学系を組み合わせることにより、全光束測定用の標準光源として理想的な配光特性を実現することに成功した。今回の成果の実用化により、照明産業の持続的な発展への貢献とメーカー等における照明光源の評価の高精度化が期待される。

なお、この技術の詳細は、2021年9月21日~22日に開催される2021年度(第54回)照明学会全国大会(オンライン)で発表される。

図

開発した全方向形標準LEDの試作品

開発の社会的背景

照明は、人間が文化的かつ安全で健康的な暮らしを送るために必要不可欠なものである。照明光源において「明るさ」は最も重要な性能であり、その指標として「全光束」が用いられている。全光束値が既知である標準光源との比較によって、照明光源の全光束値は測定される。

照明光源の全光束値をメーカーが必要とする精度で正しく求めるためには、各製品の特性(配光、光源の大きさ、全光束値)に応じた標準光源を使用する必要がある。広く一般に普及している全方向に光を放射する照明光源の測定では、主として白熱電球形の標準電球が用いられてきた。この標準電球は、全方向に光を放射することに適した形状のフィラメントやガラスバルブなどを持ち、高度な技術を持つ熟練した職人が、特別に選定された部材を使って一つ一つ手作りすることで、優れた光強度の安定性や再現性を実現してきた。わが国において近年まで製造されてきた全光束測定用の標準電球は、半世紀以上前に旧通商産業省電気試験所(現在の産総研)と電球メーカーとの協力により当時の技術の粋を結集して開発されたものである。この高品質な標準電球は、メーカーにおける品質管理や、新たに開発された光源の特性評価における基準となるなど、現在に至るまで、照明産業の発展を支えてきた。

しかし近年のLED照明の普及に伴い、白熱電球の製造縮小・停止の影響は標準電球にも及んでいる。標準電球に代わり、将来の照明産業を支えていく新たな標準光源が強く求められている。そのため、各国の国家計量標準機関を中心に、標準電球に代わるLEDを用いた新しい標準光源の研究開発が活発に行われている。これまでの標準電球を代替する光源には、光強度の安定性や再現性が優れていること、可視波長全域をカバーするスペクトルを有すること、光を全方向に放射するような配光を有することが求められる。しかし、これらすべての条件を高い次元で満足することは容易ではなく、既存の標準電球の役割を十分に代替する光源はまだ開発されていない。

 

研究の経緯

産総研は、国家計量標準機関として全光束標準をはじめとする測光・放射標準の開発と供給、ならびに高精度配光測定技術や分光測定技術の研究開発を行ってきた。

日亜化学工業は、世界的なLED開発・製造メーカーとして、品質・信頼性の高いLEDの開発を進めてきた。

産総研と日亜化学工業は、これまでに産総研が持つ「スペクトルを定量的に精密測定・解析する技術」と、日亜化学工業が持つ「高度なLED製造技術」とを組み合わせ、共同研究により可視波長全域をカバーする標準LEDを、世界で初めて開発した(2016年2月2日産総研プレス発表 )。この標準LEDは、前面にのみ光を放射するというLED素子の特性を利用して開発したものであり、全光束値を正しく求めるための標準光源として、同じような配光を持つ照明光源には適しているものの、背面を含め全方向に光を放射する照明光源には適していなかった。

そこで、産総研と日亜化学工業は、この標準LEDの共同開発で得られた基盤技術をもとに、既存の標準電球を代替する、可視波長全域の光を全方向に均等に放射する全方向形標準LEDを開発することとした。

 

研究の内容

標準電球を代替する光源には、光強度の高い安定性、可視波長全域をカバーするスペクトル、全方向に光を放射する配光が求められる。そこで産総研と日亜化学工業は、可視波長全域の光を前面に放射する標準LEDの開発によって培われた高度な光強度安定化技術とスペクトル最適設計技術を足掛かりとし、さらに特殊な光学系を組み込むことにより、可視波長全域の光を全方向に均等に放射する全方向形標準LEDの試作品の開発に成功した。

今回開発した全方向形標準LEDは、市販の電球形LEDランプの全光束測定で使用することを想定し、電球形LEDランプと同程度の大きさとなるよう設計した。

標準光源に必要とされる光強度の安定性を実現するため、全方向形標準LED内部には発光部の温度を一定に保つための温度制御機構が実装されており、この機構により、点灯後の光強度の変動を小さく抑えることに成功した(8時間の点灯で0.01 %)。さらに、複数回繰り返して点灯した場合の光強度の変動は0.02 %以下であり、これらの特性は、既存の標準電球に匹敵する特性である。また、周囲の温度変化(23 oC ± 5 oC)に対する光強度の変動は0.02 %/ oCに抑えられている。

図1に、全方向形標準LEDのスペクトルを示す。LED素子や蛍光体の組み合わせの最適化によって、一般的なLED照明のスペクトルよりも十分に広い、可視光のほぼすべての波長範囲をカバーしている。

図1

図1 全方向形標準LEDの試作品と一般的なLED照明のスペクトル

上述のように広い可視波長範囲をカバーしつつ、光強度を安定化させ、かつ十分な光量を得るためには、複数のLED素子と蛍光体の最適な組み合わせと十分な放熱特性が不可欠であるが、全光束測定用の標準光源として機能させるためには、これらを犠牲にすることなく、さらに高度な配光設計が必要となる。全方向形標準LEDでは、拡散ドーム内にも、光を後方に導くキャップ型の光学系を組み込むことで、口金方向を除き、背面方向まで含めた全方位へ均等に光を放射する配光を実現した(図2)。既存の標準電球の配光にはフィラメント形状に依存した細かな凸凹が存在するが、全方向形標準LEDの配光はそれよりも滑らかで広く、標準光源としての特性を十分に満たしている。

図2

図2 左:光源の配光のイメージ図、中央:既存の全光束測定用の標準電球の配光、右:全方向形標準LEDの試作品の配光

今回開発した全方向形標準LEDを標準光源として、複数の市販電球形LEDランプの全光束測定を行ったところ、既存の標準電球を標準光源としたときと同等の結果が得られ、開発した全方向形標準LEDが、標準光源として十分に有用であることを確認した。2030年にはすべての照明がLEDを中心とする半導体照明に置き換わるといわれており、近年では、LEDを用いた照明光源でも、白熱電球のように広い配光を持つ製品が販売されている。このため、今回開発した全方向形標準LEDの技術は、これからの照明産業を支えるものと期待できる。なお、今回開発した全方向形標準LEDの全光束値は約90 lmで、これは一般電球40形相当の電球形LEDランプの1/5程度である。これは、放熱部品の大きさに制約があり、安定性や寿命を損なわないよう点灯電流を制限したためである。

 

今後の予定

今後は、全光束値と光源の大きさのバランスを見極めつつ、必要な全光束値を実現するための点灯電流レベルに応じた放熱機構の設計最適化を行って、実用化を目指す。また、全方向形標準LEDの測定をより精度良く測定するため、全光束や分光測定方法の高度化を進める。


用語の説明

◆標準光源
測定対象となる放射量や、測光量(放射量に人の目の感度で重み付けした量)の基準値を持った光源のこと。同じ測定条件で、測定したい照明光源と標準光源の測定結果を比較することで、照明光源の放射量・測光量を校正することができる。一般に、市販光源よりも、非常に高い安定性などの諸特性が要求される。[参照元へ戻る]
◆全光束
光源からすべての方向に放射される光の放射パワーを、人の目の感度に従って波長ごとに重み付けし、すべての波長で足し合わせた量。明るさの指標の一つであり、単位はルーメン(記号:lm)。明るさに関するその他の指標には光度(単位はカンデラ、記号:cd)、照度(単位はルクス、記号:lx)などがある。[参照元へ戻る]
◆標準電球
標準光源のうち、白熱電球やハロゲン電球などの、フィラメントを用いた電球による標準光源のこと。熟練した職人が一つ一つ手作りする等の高い技術で製造され、測定対象となる放射量や測光量によって、配光や電球形状が異なり、光度測定用の標準電球や全光束測定用の標準電球などがある。本稿での標準電球は、光が全方向に広がる照明光源の全光束測定用の標準光源として用いるものをさす。[参照元へ戻る]
◆配光
光源からの光が、どの方向にどれだけの強さで放射されているかを表したもの。光源の光度の空間分布のこと。照明光源の配光は光源により異なり、全方向に光を放射する光源や前面のみに光を放射する光源などが存在する。[参照元へ戻る]


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