発表・掲載日:2024/08/01

心血管疾患リスクを早期に発見する指標

-上腕脈波波形と心音の同時計測で簡便に計測可能-

ポイント

  • 心血管疾患の発症と関連のある心臓近位部の大動脈の硬化度を評価する簡易計測技術を開発
  • 上腕血圧を測る要領で簡単に計測可能なため、検査にかかる負担が軽減
  • 30歳代から加齢とともに増大する指標であり、より早期・高感度な心血管疾患リスク同定への応用に期待

概要図

PWV測定の様子: 従来法では両手両足にセンサーをつけ、仰向けで測定する必要がある(左)が、本法は心音センサーと上腕脈波センサーのみで計測でき、座位での計測も可能である(右)。


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)人間情報インタラクション研究部門 菅原 順 研究グループ長は、東京医科大学循環器内科学分野の冨山 博史 教授・山科 章 主任教授(研究当時)、ならびに米国テキサス大学オースティン校(以下「テキサス大学」という)の田中 弘文教授と共同で、脈波伝播速度(pulse wave velocity:PWV、以下記述のbaPWV、hbPWV、CAVIもPWVに分類される)法を用いた近位大動脈(心臓近位部の大動脈)硬化度の簡易計測技術を開発しました。

心血管疾患(Cardiovascular disease: CVD)は、国内における主な死亡原因や要介護原因になっています。その原因となる動脈硬化の度合いを計測し評価することは、当該疾患の発症予防につながります。国内外で普及している全身的な動脈硬化度指標である上腕-足首脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity: baPWV)は中年期以降に著しく増大します。baPWV計測の際には、仰向けの姿勢をとり、血圧測定用カフを上腕と足首に巻く必要があります。

これに対し、今回有用性を検討した心臓-上腕脈波伝播速度(heart-brachial pulse wave velocity:hbPWV)は、30歳代という早い時期から加齢に伴い増大する近位大動脈の硬化度を反映し、baPWVよりも早期に、かつ高精度にCVDリスクを検出できる可能性があります。また、心音と上腕脈波波形の同時計測から算出するhbPWVは、上腕血圧を測る要領で座位姿勢のまま計測が可能で、検査を受ける人と医療従事者の負担が軽減されます。

hbPWV計測のアルゴリズムは、スポットアーム式の血圧計、さらには家庭用血圧計にも搭載できる可能性があります。これが実現することで動脈硬化度指標を計測する機会が増え、CVDリスクを早期に発見できる機会をより多くすることが期待できます。

なお、この技術の詳細は、2024年8月1日に「Hypertension Research」に掲載されました。

開発の社会的背景

CVDは、国内における主な死亡原因の一つであり、要介護原因ですが、その発症リスクとして動脈硬化があります。動脈硬化の度合いの指標として、動脈壁の硬さを示す動脈スティフネスが注目されています。動脈は伸展性に富み、心臓から駆出される血流を緩衝するクッションの役割を果たします。しかし加齢に伴い伸展性は失われ、クッション作用が減弱してくると、慢性的に心臓に負担が加わり、CVDのリスクになります。動脈スティフネスは加齢とともに増大するため、動脈スティフネス計測による早期からのリスク検出が重要と考えられます。

 

研究の経緯

動脈内を伝わる脈波の速さを用いた「PWV法」は、最も信頼性の高い動脈スティフネス評価法として世界的に認知されています。しかし、熟練した測定技術を要することから、多くの国々では、臨床現場での普及はあまり進んでいませんでした。そのような状況下で、上腕と足首に血圧測定カフを巻いて脈波伝播速度を計測するbaPWVならびに心臓足首血管指数(CAVI)の計測装置を開発したわが国は、世界に先駆けて20年ほど前から、動脈硬化の測定の一般臨床医療への導入を実現しました。ただし、baPWVやCAVIでは心臓への負担軽減に最も寄与すると考えられる「心臓付近の動脈(近位大動脈)」のスティフネスを十分には評価できません。

この課題に対し、産総研はテキサス大学と共同で、PWV法による近位大動脈スティフネス評価法の開発を進めてきました。それまで上腕の動脈スティフネスの指標と考えられてきたhbPWVに注目し、まず、実測が難しく、従来の身長のみを使用した推定式の妥当性が課題であった動脈長を性別や身長などから推定する式を開発(2018年6月Hypertension Research掲載)し、次いで、この推定式を使用して得たhbPWVが近位大動脈スティフネスを反映し、CVDの発症と強く関連する大動脈の血圧と強い関係にあることを明らかにしました(2019年1月American Journal Hypertension掲載)。今回はこれらの結果をもとに、10年以上にわたる企業健診の追跡データを用いて、hbPWVの加齢変化特性ならびに、CVDリスクとの関連性について、国内の臨床検査で広く使用されているbaPWVと比較・検討しました。

なお、本研究開発は、産総研生命工学領域、他5領域で進める次世代治療・診断技術研究ラボが推進する領域融合プロジェクトの一環として行われました。また、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業「基盤研究(B)」(2020-2024年度)および挑戦的研究(開拓)(2021-2024年度)による支援を受けています。

 

研究の内容

大動脈は伸展性に富み、左心室からの血流駆出に対し伸展と復元を繰り返します。これにより左心室が血液を送り出す際に生じる血圧の過大な上昇を緩和したり(左室後負荷の低減)、脳や腎臓などの末梢臓器に対する物理的ストレスになる血流・血圧の拍動性変動を減弱化します(図1)。しかし、動脈壁の伸展性は加齢とともに低下(動脈スティフネスが増大)します。それにより、左室後負荷および血流・血圧の拍動性変動が増強されます。これが慢性化し、心臓や末梢臓器に恒常的にダメージが加わることでCVDが誘引されます。心臓や脳に対するダメージを考えると、心臓と脳とをつなぐ近位大動脈のスティフネスが重要と考えられます。

図1

図1 大動脈の拍動緩衝機能
動脈スティフネスが低くしなやかな動脈は、心臓が生み出す血圧・血流の拍動性変動を緩衝します。一方、動脈が硬いと、強い拍動が残ったまま、末梢の臓器に血圧・血流が伝達され、これが臓器にダメージを与えると考えられています。
※右側2つのパネルはO’Rourke and Hashimotoの論文1)の図を引用・改変したものを使用しています。
1)引用文献: O’Rourke and Hashimoto. Mechanical Factors in Arterial Aging: A Clinical Perspective. J Am Coll Cardiol 2007;50:1–13
 

現在、近位大動脈の機能を非侵襲的に評価する方法はMRI以外にはありません。しかし、CVD発症を予防するためには、簡便かつ高精度に近位大動脈スティフネスを評価することが求められます。この課題に対し、産総研はテキサス大学と共同で、PWV法による近位大動脈スティフネス評価法の開発を進めてきました。これまでに、心音と上腕脈波波形の同時計測で算出するhbPWVが、近位大動脈スティフネスを反映し、CVDリスク指標と強い関係にあることを報告しました。今回はこの研究をさらに発展させ、CVDの発症予防におけるhbPWVの有用性をより明確にすることを目的としました。

10年以上にわたる企業健診の追跡データを用い、hbPWVと年齢ならびにCVDリスク(フラミンガム一般的CVDリスクスコアにより評価)との関連性を、横断研究(対象者7,868名)と追跡研究(対象者3,710名、平均追跡期間9.1±2.0年)により評価しました。年齢との関連性に関しては、横断研究、追跡研究とも、hbPWVがbaPWVよりも強い相関関係を示しました。図2に追跡研究における男性のhbPWVとbaPWVの加齢変化を個人ごとに示しています(図中には男性の結果のみ示していますが、女性でもほぼ同様の結果が得られています)。ひとりひとりの直線の傾きから加齢に伴うPWVの増加量を調べると、baPWVの増加量は高齢になるほど大きい、すなわち加齢に伴いスティフネスの増大が急峻になるという、先行研究2)や本研究の横断研究と同様の傾向を示しました(図3)。これに対し、hbPWVの増加量は年齢群の間に有意差を示しませんでした。このことは、hbPWVによって評価される動脈スティフネスは30歳代から一貫して増大し続けることを示しています。

 

2)引用文献: Tomiyama et al. Influences of age and gender on results of noninvasive brachial-ankle pulse wave velocity measurement--a survey of 12517 subjects. Atherosclerosis 2003.

脚注 今回発表した論文では、先行研究で提案した2つの動脈長推定式(加齢に伴う動脈長の伸長を考慮しない式と考慮した式)でhbPWVを算出しています(hbPWVeq1およびhbPWVeq2)。本プレスリリースでは、年齢との関係性が強く、かつCVDリスク推定に優れていたhbPWVeq2の結果をhbPWVとして紹介しています。ただし、2つのhbPWVの有用性に顕著な差は認められていません。

図2

図2 追跡研究における成人男性のPWVの加齢変化
各被検者における年齢とPWVとの回帰直線を示す。年齢との直線関係性はbaPWVに対しhbPWVの方が強い。 
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

 

図3

図3 追跡研究の参加時の年齢と加齢に伴うPWV増加量の関係
追跡研究への開始時の年齢でグループ分けし、PWVの増加量を比較した。図中の*はbaPWVとの有意差を、a~dはそれぞれ35歳未満群、35-39歳群、40-44歳群、45-49歳群との有意差を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

CVDリスクとの関連性についても、横断研究、追跡研究とも、hbPWVはbaPWVよりもフラミンガム一般的CVDリスクスコアと有意に強い相関関係を示しました。さらにROC曲線分析の結果、hbPWVがbaPWVよりもCVDリスクの有無を判別する能力が有意に高いことが示されました(図4)。

図4

図4 ROC曲線解析を用いたPWVによるCVD高リスク判別精度の比較(横断研究)
ROC曲線下面積はhbPWVの方がbaPWVよりも大きい。この結果は、hbPWVの方が高CVDリスク(陽性)かどうかを判別する精度に優れることを示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

hbPWVが成人期早期から加齢とともに直線的に増加し始め、CVDリスクと強い関連性を示すという結果は、hbPWVがCVDリスク早期発見の有望な指標であることを示唆しています。また、hbPWVはbaPWVと異なる部位の動脈のスティフネスを評価しているため、両指標を評価することで、加齢に伴う動脈スティフネスの増大が引き金となって起きる腎臓病や閉塞性動脈疾患などのさまざまな疾患リスクを多面的に評価できる可能性があります。このhbPWVを計測するためのアルゴリズムは、スポットアーム式の血圧計、さらには家庭用血圧計にも搭載できるポテンシャルを有します。これが実現することで動脈硬化度指標を計測する機会が増え、心血管系疾患リスクを早期に発見できる機会をより増やすことが期待できます。

 

今後の予定

baPWVの測定機器を販売している企業と共同研究を行い、hbPWVの算出アルゴリズムを搭載した測定機器の開発を進めるとともに、予防医学・臨床医学的側面からの研究開発を実施します。

 

論文情報

掲載誌:Hypertension Research
論文タイトル:Cross-Sectional and Longitudinal Evaluation of Heart-to-Brachium Pulse Wave Velocity for Cardiovascular Disease Risk
著者:Sugawara J, Tanaka H, Yamashina A, Tomiyama H.
DOI:10.1038/s41440-024-01805-5


用語解説

脈波伝播速度(Pulse wave velocity: PWV)法 
世界中で最も普及している動脈スティフネスの指標。心臓から血液が送り出されることにより発生した脈波が離れた2点間を通過する時間と、その間の距離(動脈長)と伝わる時間から速度を算出する。この速度が速いほど動脈スティフネスは高い。欧米では、首とそけい部(脚の付け根)に脈波センサーを当て計測する「頸動脈-大腿動脈間PWV」が一般的である。日本国内では、上腕と足首に脈波センサーを当てて計測する上腕-足首間脈波伝播速度(baPWV)ならびに心臓足首血管指数(CAVI)が広く用いられている。[参照元へ戻る]
上腕-足首脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity: baPWV)
脈波センサーを上腕と足首に巻いて計測する。心臓を起点に、足首方向に伝わる脈波の伝播距離と時間から、上腕方向へ伝わる脈波の伝播距離と時間を差し引いて、速度を算出する。全身的な動脈硬化度の指標とされる。[参照元へ戻る]
心臓-上腕脈波伝播速度(heart-brachial pulse wave velocity: hbPWV)
胸部に固定した心音センサーと上腕に固定した脈波センサーで、心臓から上腕へ伝わる脈波の伝播速度を計測する。対象となる動脈の大部分は、血管平滑筋が非常に多く、加齢に伴う変化が小さい特徴を有する動脈ということもあり、臨床医学領域ではあまり注目されていなかったPWV指標である。 [参照元へ戻る]
心血管疾患(Cardiovascular disease: CVD)
冠動脈疾患、脳卒中、高血圧、心不全、末梢動脈疾患など、心臓および血管に関連するさまざまな疾患の総称。主に動脈の狭窄や硬化、機能障害によって引き起こされ、心臓や他の臓器への酸素供給が不足することで発症する。[参照元へ戻る]
動脈スティフネス
動脈の構造(壁厚、弾性体の含有率、カルシウムや最終糖化産物の蓄積など)および動脈壁を構成する血管平滑筋の緊張度によって決定される壁の硬さ。中心動脈と呼ばれる大動脈および頸動脈はもともと伸展性が高いが、30歳代から硬化が進む。大動脈のスティフネスが高いと、血液を駆出する際に左室が受ける抵抗(左室後負荷)が高くなり、CVDの発症につながる。多く疫学研究により、中心動脈のスティフネスは心血管疾患の発症・予後・死亡と強く関係することが明らかとなっている。一方、血管平滑筋が多い四肢の動脈は中心動脈よりも硬いが、加齢に伴う変化は小さい。[参照元へ戻る]
心臓足首血管指数(Cardio Ankle Vascular Index: CAVI)
大動脈を含む心臓から足首までの動脈の硬さを反映する指標で、当該部位のPWVを求めたのち、血圧の影響を除外している。PWVは血圧が高いほど高値になるが、CAVIは血圧に依存しないため、緊張などによる血圧変動の影響を受けにくい。[参照元へ戻る]
左室後負荷
左心室が大動脈内へ血液を送り出す際に左室が受ける抵抗を指す。高血圧症などで左室後負荷が高まっていると、血液を駆出するために左心室がそれを超える圧力を心収縮のたびに発揮する必要がある。これが慢性化すると、左心室の肥大や心ポンプ機能の低下が起きCVDを誘発する。大動脈スティフネスが高い場合も、左室後負荷が増大するため、CVDの発症リスクとなる。[参照元へ戻る]
フラミンガム一般的CVDリスクスコア
心筋梗塞、脳卒中、心不全、末梢動脈疾患などの一般的な心血管疾患を10年以内に発症するリスクを、年齢、性別、総コレステロール値、HDLコレステロール値、収縮期血圧、血圧治療の有無、喫煙の有無、糖尿病の有無の8因子から推定するシステム。[参照元へ戻る]
ROC曲線分析
ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線分析は、指標の二値分類の性能を評価するためのグラフおよびその分析手法。x軸に偽陽性率、y軸に真陽性率をとる。各プロットを結んだ曲線とx=1, y=0の2直線で囲まれた面積(ROC曲線下面積)が大きいほど指標の判別精度が高い。異なる指標のROC曲線下面積を比較することで、どの指標が優れているかを判断できる。本研究では、フラミンガム一般的CVDリスクスコアの判定で「一般的な心血管疾患を10年以内に発症するリスク」が高いと評価された場合を「陽性」と定義した。[参照元へ戻る]


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