発表・掲載日:2024/06/27

革新的な触媒を用いた環境に優しいフロー合成技術の開発

-水素を使って、顔料染料、医薬品、電池材料などの素材を効率的に合成-

ポイント

  • 適切な金属種を組み合わせることで高活性、高選択性を発現する二元金属ナノ粒子触媒を開発
  • 世界で初めて、水素を原料に用いる連続生産フロープロセスによるロイコキニザリン合成を実現
  • 連続生産フロープロセスの連結により、機能性化学品として有用なアントラキノン化合物を連続合成

概要図

二元金属ナノ粒子触媒と水素を用いるロイコキニザリン合成を鍵とする、機能性化学品の連続生産フロープロセス


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 革新的酸化チーム 宮村浩之 主任研究員、今喜裕 研究チーム長、フロー・デジタル駆動化学チーム 小林修 特定フェローらは、高活性および高選択性を実現する金属ナノ粒子触媒と、連続生産フロープロセス技術による環境に優しい有機合成法を開発しました。

この技術は、新しく開発した固体触媒と新設計した連続フロー合成装置や連続分離精製モジュールを用いて、水素と原料を直接流すことで機能性化学品を合成する方法です。今回、顔料染料、医薬品、エネルギー材料などさまざまな機能性化学品合成において鍵となるロイコキニザリン類を、世界で初めて水素を還元剤として用い、触媒的に合成することに成功しました。

従来のロイコキニザリン合成法では、化学量論量の金属試薬を消費し、有害性のある廃棄物が発生します。一方、新たに開発した手法では、長期間にわたり使用可能な触媒と環境に優しい原料である水素を消費するのみで廃棄物を出さないという特徴を持ち、環境に優しい有機合成を実現します。さらに、連続フロー水素化反応に使用する溶媒や水素を分離・回収可能な連続分離・回収装置を新たに開発しました。この連続分離・回収装置と、水素を用いてロイコキニザリンを合成する連続フロープロセス装置、ロイコキニザリンの変換のための連続フロープロセス装置を連結することで、安価な原料から、機能性化学品としてのアントラキノン化合物を連続生産することにも成功しました。今回新たに開発した連続フロー合成技術は、他の連続合成装置と連結することで、さらなる多段階の連続合成法の実現に役立つため、複雑な構造を有する機能性化学品の連続合成プロセス開発に貢献します。

なお、この技術の詳細は、2024年6月24日に「ACS Catalysis」にオンライン掲載されました。

開発の社会的背景

近年、環境負荷の低い有機合成法や機能性化学品の生産プロセスが注目される中、省物質消費、省エネルギー社会の実現のため高機能触媒や高効率化学プロセスの技術が望まれています。医薬品や有機電子材料などの機能性化学品の合成において還元反応は必要不可欠で、化学量論量の金属を含む無機還元剤の消費を必要とする手法が多くあります。しかし、このような従来型の反応では、金属を含む廃棄物や有害な廃棄物が大量に発生し、また、目的物の分離・精製にもエネルギーや物質消費が必要であるという課題がありました。

 

研究の経緯

産総研は、産官学連携で機能性化学品の製造プロセス革新を推進する目的で、2015年からフロー精密合成(FlowST)コンソーシアムを運営し、フロー法による機能性化学品の連続生産フロープロセスに係る基盤技術を開発してきました。

今回の研究では、顔料染料、医薬品、エネルギー材料などさまざまな機能性化学品合成において鍵となるロイコキニザリンを、長期間にわたり使用可能な触媒と環境負荷の低い水素を還元剤として用いる手法で合成することを目的としました。そのために、高性能な固体触媒の開発、固体触媒を用い気体と液体の原料を直接反応させる連続フロー反応器の開発と、溶媒や水素を自動的に分離・回収可能な連続分離・回収装置の開発を並行して行いました。

なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会 学術変革領域研究(B)計画研究「不均一系触媒及び複雑触媒系に即した低エントロピー反応空間の設計理論」(2021~2023年度)(JP21H05082)、学術変革領域研究(A)公募研究「異種反応器連結型連続有機合成装置による合成困難な多機能性化合物の自動合成法の開発」(2024~2025年度)(JP24H01104)、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発」(2019~2025年度)(JPNP19004)による支援を受けています。

 

研究の内容

ロイコキニザリンは、これまで、1,4-ジヒドロキシアントラキノン(キニザリン)から化学量論量の金属を含む還元剤と酸や塩基を用いることで合成されていました。しかし、その過程において、大量の金属含有廃棄物や毒性のある廃棄物を生じるとともに、中和が必要であるという課題がありました(図1-①)。

今回新たに開発した手法では、クリーンな原料であるほぼ常圧の水素を還元剤として用いることで、原料(1,4-ジヒドロキシアントラキノン)から触媒的にほぼ純粋(純度>99%)なロイコキニザリンを合成できます。また、その過程で原子効率100%を実現する環境に優しい有機合成法です。固体触媒を充填したカラムに、水素と原料を含む溶液を同時に通過させることで、連続的にロイコキニザリンが得られます(図1-②)。また、新たに開発した固体触媒中の白金とニッケルからなる二元金属ナノ粒子構造が、ロイコキニザリン合成反応における、高い活性と選択性の発現に重要であることを明らかにしました。複数の金属種から構成される多元金属ナノ粒子では、異種の金属種が電子的に影響を及ぼし合うことでナノ粒子触媒表面の活性が変化するリガンド効果と、異なる金属種がそれぞれ異なる基質を活性化して特異な触媒効果を発揮するアンサンブル効果が知られています(参考文献1~5)。さまざまな分析の結果、今回新たに開発した触媒中の白金は主に0価であるのに対し、ニッケルは酸化物の状態で、触媒担体中の近接場に存在していることがわかりました。このような異なる酸化状態にある二種類の金属種が電子的に影響を及ぼし合ったり、協奏的に作用したりすることで、高い活性と選択性を引き出したと考えられます。本触媒は160時間以上にわたり、連続生産フロープロセスで使用しても高い活性を維持し、触媒回転速度は1時間あたり128回に達しました。

ロイコキニザリンはさまざまな試薬と反応させることで、顔料染料、医薬品、エネルギー材料など多様な機能性化学品の原料となるアントラキノン化合物へ変換することができます。そこで、今回開発したロイコキニザリンの連続生産プロセスを、ロイコキニザリンのアントラキノン化合物への変換反応と連結することで、多段階反応を実現する連続生産フロープロセスの開発を目指しました。前段のロイコキニザリンの連続生産フロープロセスでは、その原料の低溶解性ゆえ、低濃度条件が必要でした。しかし、後段のロイコキニザリンをアントラキノン化合物へ変換するプロセスは、二分子反応であるため高濃度、高温条件が必要でした。そこで、低沸点溶媒中で合成した低濃度のロイコキニザリン溶液から低沸点溶媒を留去して、高沸点溶媒による高濃度溶液に連続的に置換可能な、連続分離・回収モジュールを新たに開発しました。本連続分離・回収モジュールは、これら二つの連続生産フロープロセスを連結することができ、機能性化学品であるアントラキノン化合物を最大90%を超える高収率で合成可能なことを実証しました(図2)。さらに、この連続分離・回収モジュールは、ほぼ純粋な低沸点溶媒を回収可能で、前段のロイコキニザリンの連続生産フロープロセスにリサイクルできました。

図1

図1 ロイコキニザリン合成における、従来の化学量論量の無機還元剤を用いる手法と、水素を還元剤として連続フロープロセスで合成する手法の比較

図2

図2 新たに開発した連続分離・回収モジュールによる二つの連続生産フロープロセスの連結と、機能性化学品としてのアントラキノン化合物の連続生産

今後の予定

今後は本研究で開発した多段階連続生産フロープロセスのスケールアップによる、機能性化学品の大量合成の実証や実生産による社会実装を目指します。また本研究で見いだした、触媒中の金属の組み合わせで反応活性や選択性が制御可能な二元金属ナノ粒子触媒構築法を、他の触媒的有機合成反応開発に展開します。

 

論文情報

掲載誌:ACS Catalysis
論文タイトル:Selective Hydrogenation of Quinizarins to Leuco-quinizarins and Their Direct Derivatization Using Flow-Batch-Separator Unified Reactors under Continuous-Flow Conditions
著者:Hiroyuki Miyamura, Aditya Sharma, Masakazu Takata, Ryosuke Kajiyama, Shū Kobayashi, Yoshihiro Kon
DOI:10.1021/acscatal.4c02955

 

参考文献

  1. N. Toshima, T. Yonezawa, New J. Chem., 1998, 22, 1179-1201.
  2. H. Miyamura, R. Matsubara, S. Kobayashi, Chem. Commun., 2008, 2031-2033.
  3. K. Kaizuka, H. Miyamura, S. Kobayashi, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 15096-15098.
  4. J.-F. Soule, H. Miyamura, S. Kobayashi, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 18550-18553.
  5. T. Yasukawa, H. Miyamura, S. Kobayashi, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134, 16963-16966.

用語解説

金属ナノ粒子
金属ナノ粒子は数十から数百の金属原子が集合してできた粒子で、ナノ(10-9)メートルオーダーのサイズを持っています。金属ナノ粒子は金属錯体やバルクの金属とは異なる物性や化学反応性を有しており、有機合成における触媒としても広く用いられます。金属ナノ粒子は適切な担体に固定化されていないと、容易に漏出もしくは凝集を起こし、その物性や化学反応性が変化します。複数の金属元素から構成される多元金属ナノ粒子も存在し、単元素のナノ粒子とは異なる物性や反応性を有することがあります。[参照元へ戻る]
触媒
触媒は化学反応において、活性化エネルギーを低減することで反応温度を下げ、反応速度や反応選択性を向上させます。また触媒は化学反応の前後でその構造が変化せず、一つの分子で複数の分子の反応を媒介することができます。このような特徴から、環境に優しい有機合成において、高活性と高選択性を有する触媒の開発は大変重要です。有機合成反応における触媒は、溶媒に溶解して機能する均一系触媒と、表面に分子を吸着させることで反応を促進させる不均一系(固体)触媒に大別されます。[参照元へ戻る]
連続生産フロープロセス
機能性化学品のような複雑な有機化合物を連続生産するためのプロセス技術です。フロー法によって連続化された反応プロセスや抽出分離プロセスといった複数のプロセスを適切に組み合わせた連結型プロセスであり、複雑な多段階合成にも対応することができます。フロープロセスの対義語として、フラスコに代表される反応器に溶液をためて反応を行うバッチプロセスがあります。[参照元へ戻る]
機能性化学品
医薬品、農薬、色素、香料、電子材料のように特別な物性や複雑な化学構造を持った有機化合物の総称です。高付加価値で重要な化学品である一方、多段階で複雑なプロセスを経て生産されるため、製造時の大量の廃棄物産生や、エネルギー消費を伴うことが大きな問題となっています。[参照元へ戻る]
ロイコキニザリン
ロイコキニザリンはアントラキノン化合物である1,4-ジヒドロキシーアントラキノン(キニザリン)を還元することで得られる化合物です。ロイコキニザリンは反応性の高いジケトン構造を有し、求核剤と求電子剤のどちらとしても機能するため、さまざまなアントラキノン化合物へ誘導化が可能な合成中間体として利用価値の高い化合物です。[参照元へ戻る]
化学量論量
化学反応において、基質xモルに対する試薬の必要量あるいは必要規定量が、理論的にxモルもしくはそれ以上である場合、その量を化学量論量といいます。化学量論量の対義語は触媒量となります。[参照元へ戻る]
アントラキノン化合物
芳香族に属する化合物で、ベンゼン環が三つ連なったアントラセンを酸化することで生じる誘導体です。アントラキノン化合物は、色素、顔料、医薬品、電子材料などの機能性化学品としても用いられています。[参照元へ戻る]
フロー精密合成(FlowST)コンソーシアム
連続生産フロープロセスを多段階化することで、複雑な構造を有する医薬品や機能性化学品を連続的に合成する手法をフロー精密合成といいます。東京大学や産総研などで開発されたフロー精密合成に関わる技術を、いち早く実生産に結びつけるため、産官学の連携、情報交換を通じ、大学や公的研究機関と企業間での新たなイノベーションの創出、日本産業界の新たな強みとして発展させていくことを目指し、産総研に「フロー精密合成(FlowST)コンソーシアム (https://flowst.cons.aist.go.jp/about-us/)」を設立しました。[参照元へ戻る]
二元金属ナノ粒子
二種類の金属種から構成されるナノ粒子です。合金構造を有するものや、コアーシェル構造を有するもの、別々の金属からなるナノ粒子が近接しているものなど、多様な構造の二元金属ナノ粒子が存在します。触媒として二元金属ナノ粒子を用いる場合、二種類の金属が電子的なやり取りをすることで活性が変わることや、それぞれの金属種が別々の分子を活性化し、特異な反応性が発現することもあります。[参照元へ戻る]
触媒回転速度
触媒的な化学反応において、1時間あたり、1モルの触媒によって生産可能な生成物のモル数を触媒回転速度といいます。[参照元へ戻る]
二分子反応
二つの分子が衝突することで起こる反応で、その反応速度は反応させる二つの分子の濃度を乗じたものに比例することが一般的です。このような反応では、一般的に高濃度条件や高温条件を用いることで反応が加速されます。[参照元へ戻る]


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