- 虹色X線を駆使してX線散乱とX線吸収スペクトルの同時計測を実現
- ナノ材料の機能を左右する、ナノスケール構造と原子スケール構造の情報を同時に取得
- 新たな材料設計手法の提供により革新的材料開発に貢献
今回開発した計測法とその活用による材料設計の革新
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物質計測標準研究部門 ナノ材料構造分析研究グループ 白澤 徹郎 上級主任研究員と、国立大学法人 東京学芸大学 教育学部のVoegeli Wolfgang 准教授および荒川 悦雄 教授は、放射光X線から作り出した虹色X線(波長分散集束X線)を用いて、X線散乱とX線吸収スペクトルを同時かつ高速に計測する技術を開発しました。本技術の開発により、ナノ材料の機能を左右するナノスケール構造(粒子のサイズと形状)、および原子スケール構造(原子間距離、配位数、化学状態)の情報を同時に得ることに成功しました。この技術の利用により、従来の個別の計測では困難であった、原子スケールからナノスケールにわたる複数の情報間の相関を観察することが可能になり、その結果を機能の情報と突き合わせることで、構造と機能の因果関係を詳しく知ることができます。このような情報をマルチモーダル分析に活用し、ナノ材料の機能を最大化する構造や新機能の予測を行うことで、材料開発の革新に貢献することが期待できます。
なお、この技術の詳細は、2024年6月25日に英国科学誌「Physical Chemistry Chemical Physics」にオンライン掲載されました。
ナノ材料は電気電子製品から化粧品まで、さまざまな製品に使用されています。その機能の鍵を握るのは、ナノスケールのサイズや形状、および、よりミクロな原子スケールの構造です。一例として、クリーンな発電技術として注目されている燃料電池では、電極触媒に白金などのナノ粒子が用いられており、その反応効率が発電効率を左右します。触媒反応はナノ粒子の表面で起こるため、一般に、粒子を小さくすることで体積に対する表面積の割合が大きくなり、反応効率が上がります。さらに、反応効率は触媒原子の原子スケールの構造(原子間距離や配位数)によっても変わります。このため、反応効率の高いナノ粒子を開発するには、ナノスケール構造(粒子サイズや形状)および原子スケール構造を計測した上で、構造と反応効率との因果関係を明らかにして、最適な構造を予測することが重要です。また、反応中に反応効率と構造が変化する場合には、時間的な相関を知ることがそのメカニズムの解明、ひいては耐久性の高いナノ粒子の開発に重要です。そのため、このようなナノスケール構造と原子スケール構造、およびそれらの時間的変化を計測できる、マルチモーダル計測法が求められています。
産総研は、ナノ材料の構造分析を高度化する計測法の開発を進めています。その中で、放射光X線を用いた分析技術の開発を進めており、X線分光素子の開発を進めてきた東京学芸大学と共同で、放射光X線から作り出した波長分散集束X線を用いた表面X線回折計測の高速化により、電極表面の構造変化を原子スケールで追跡する技術を開発しました(2017年10月25日 産総研プレス発表)。今回、この波長分散集束X線を利用した新しいマルチモーダル計測技術を開発し、ナノ材料のナノスケール構造と原子スケール構造の同時かつ高速な観察を実現しました。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(20K21137)「波長分散型小角X線散乱法の開発とナノスケール構造・局所原子配列構造の同時高速観察」(2020~2022年度)による支援を受けています。
今回開発した計測法は、波長分散集束X線を用いて、X線吸収スペクトルとX線散乱を同時に計測する技術です(図1)。X線吸収スペクトルの計測から原子間距離や配位数や化学状態、X線散乱の計測からナノ材料のサイズや形状を知ることができます。従来は、これらの計測は個別に行われていました(図1左)。本研究では、これまでに開発していたX線分光素子技術に加え、今回新たに開発した2次元検出器を用いた一括測定法と、波長分散集束X線による複雑なX線散乱分布を解析する技術により、X線吸収スペクトルとX線散乱の同時かつ高速な計測が初めて可能となりました(図1右)。
図1 今回の計測技術開発の概要
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
本技術による同時計測を実証するために、燃料電池に用いられる、パラジウム(Pd)を白金(Pt)で被覆したナノ粒子触媒の分析を行いました。図2左上に検出器上の画像を示します。画像の下部に見えるライン状の信号はX線吸収スペクトル(図2左下)に相当します。本計測法では、X線エネルギーのスキャンを省略できるため、高速な計測(ここでは、0.1秒)が可能です。また、検出器画像の上部に広がったX線散乱分布について、新規開発した解析技術を用いて回帰分析を行い(図2右上)、ナノ粒子のサイズとその分布、およびPt被覆層の厚みを抽出しました。このようにして、0.1秒の測定時間で、X線吸収スペクトル(図2左下)とX線散乱分布(図2右上)、つまり原子スケールとナノスケールの情報を同時に取得できることを示しました(図2右下)。これは、昨年報告された高速に交互計測する方法(参考文献1)に比べ、数十倍以上高速です。
図2 本技術を用いたナノ粒子の分析例。左上図の黒色の領域は検出器の不感領域。
左下図において、見やすさのために、本手法のデータを0.15上にシフトして示している。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回開発した計測法を、ナノ材料の動作条件下におけるオペランド観察に用いることで、ナノ材料の機能と構造の因果関係を詳しく知ることが可能になります。従来は、複数の異なる計測法によりナノ材料の原子スケール構造とナノスケール構造を総当たり的に調べ、材料機能と構造の因果関係を推測する方法が用いられていました(図3左)。このような方法では、それぞれの計測において動作条件や試料状態の正確な再現が難しい場合に、個別に得られた情報間、およびそれらと材料機能との因果関係を正確に捉えることは困難です。これに対し、本計測技術を用いることで、同一の計測条件下で、原子スケールとナノスケールの構造が相互に関係しながら変化していく様子を詳細に知ることができます。さらに、この観察結果を別途モニターした反応効率などの機能指数の変化と突き合わせることで、ナノ材料の構造がどのように材料機能と関係しているかを、推測を挟まずに直接的に知ることが可能です(図3右)。このような知見は、ナノ材料の機能を最大化させる構造の予測につながり、革新的なナノ材料の開発に貢献することが期待できます。
図3 本マルチモーダル計測の活用による、ナノ材料分析のブレイクスルー
本計測法は、化学反応や材料劣化など、構造と機能が時間と共に変化していく場合に特に有効です。本計測法を燃料電池や触媒などの動作中におけるナノ粒子の観察に利用し、反応効率や劣化耐性の高いナノ粒子の開発に貢献します。また、本計測で得られる構造データを統合的に分析し、最適な構造や新機能を予測するマルチモーダル分析法の構築に取り組み、ナノ材料の設計手法として提供して、革新的な材料の開発に貢献します。
掲載誌:Physical Chemistry Chemical Physics
論文タイトル:Simultaneous fast XAS/SAXS measurements in an energy-dispersive mode
著者:Tetsuroh Shirasawa, Wolfgang Voegeli, and Etsuo Arakawa
DOI:https://doi.org/10.1039/D4CP01399A