国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(産総研)物質計測標準研究部門【研究部門長 高津 章子】ナノ構造化材料評価研究グループ 白澤 徹郎 主任研究員と、国立研究開発法人 科学技術振興機構【理事長 濵口 道成】(JST)、国立研究開発法人 物質・材料研究機構【理事長 橋本 和仁】(NIMS)ナノ材料科学環境拠点【拠点長 魚崎 浩平】(GREEN) 増田 卓也 主任研究員ら、国立大学法人 東京学芸大学【学長 出口 利定】教育学部 Voegeli Wolfgang 助教ら、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構【機構長 山内 正則】(KEK)物質構造科学研究所 松下 正 名誉教授は、放射光 表面X線回折法を従来比で約100倍高速化し、燃料電池などのエネルギー変換に伴う原子の動きをリアルタイムに観察できる技術を開発した。
燃料電池や蓄電池では、固体電極と液体との界面での電気化学反応により、化学エネルギーから電気エネルギーへの変換が行われる。変換効率を飛躍的に高めるには反応機構の理解が不可欠であり、反応機構を反映する電極表面の構造変化を計測できる技術が望まれていた。今回、連続波長をもつ集束X線を利用した表面X線回折法の高速化技術を開発し、電気化学反応中のモデル電極表面の白金原子の動きをリアルタイムで観察した。この技術によって固液界面での反応機構の解明が進むことで、燃料電池などの性能向上に寄与できると期待される。
なお、この技術の詳細は、2017年10月26日(現地時間)に米国化学会の学術誌The Journal of Physical Chemistry Cにオンライン掲載される。
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今回開発した固液界面での原子のリアルタイム観察の概念図 |
エネルギーを高効率に利用する技術の開発は、持続的に発展可能な社会を実現するための重要課題である。特に、環境汚染や地球温暖化の原因物質を排出しないクリーンエネルギーが注目を集めており、中でもエネルギー利用効率の高い燃料電池や蓄電池への期待は大きい。燃料電池や蓄電池では、固体電極と液体の界面での電気化学反応により、化学エネルギーが電気エネルギーに変換される。変換効率を飛躍的に高めるためには反応機構の理解が重要であり、反応の進み方を反映する固液界面の構造を原子スケールでリアルタイム観察できる技術が求められていた。
産総研では、表面、界面やナノ物質の構造を高精度に評価する方法の開発を進めてきた。その中でも、固液界面におけるエネルギー変換過程のその場観察技術の開発を進めてきたNIMS GREEN、放射光利用技術の研究開発を進めてきたKEK、高速化するための要素技術の開発を進めてきた東京学芸大学と共同で、表面X線回折法の高速化と固液界面現象のリアルタイム観察に取り組んできた。
従来の表面X線回折法では、強力な放射光を用いても回折X線強度分布の測定に数分以上を要するため、実用的な精度でのリアルタイム観察は困難だった。今回、様々な波長のX線を一度に照射できる集束X線を利用して、電気化学反応中の固液界面構造の変化をリアルタイムで観察できる技術の開発に取り組んだ。
なお、今回の開発は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ) 「相界面の動的構造観察のための波長分散型表面X線回折計の開発と応用(平成25~29年度)」と、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 新学術領域「3D活性サイト科学」研究領域 「CTR散乱による表面・界面3D原子イメージング(平成26~30年度)」と、GREENオープンラボ研究「時分割表面X線回折測定法の電気化学反応への応用(平成26~27年度)」による支援を受けて行った。
表面X線回折法は、液体や固体を透かして界面にX線を照射し、回折されるX線の強度分布を測定することで、ありのままの界面構造が、原子サイズの約1/10の0.01 ナノメートル(nm)よりも高い精度で得られる。従来法では、回折X線の強度分布を得るのに、単一波長のX線を用いて、試料の角度を変えながら1点ずつ測定していたので、測定に数分以上かかっていた(図1(a))。
本研究の方法では、図1(b)上に示すように、放射光X線を"プリズム"に相当する湾曲結晶に通して、波長ごとに異なる方向から試料の一点に集束する多波長のX線(波長分散集束X線)にして試料に入射させる。このX線は試料の一点から波長ごとに異なる方向に回折するので、2次元X線検出器を用いることで、各波長の回折X線の強度を一度に計測できる。X線の波長が変わることは試料の角度が変わることと同等の効果があるため、多波長での計測により、従来法と同等の回折X線強度分布が一度に得られる。界面構造に関する情報を1秒以下で得られるため、界面構造の変化をリアルタイムに観察できる(図1(b)下)。このようなリアルタイム観察法を固液界面の観察に用いることで、電気化学反応における電極表面の原子の追跡を世界で初めて実現した。
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図1 (a)表面X線回折測定の従来法と(b)本研究の方法 |
今回開発した、固液界面での原子の位置変化の計測法の性能を実証するために、燃料電池反応のひとつであるメタノールの電気分解が進む様子をリアルタイムで観察した。図2(右上)に、モデル触媒電極として用いた白金単結晶の最表面の原子層の位置変化を示す。電極電位が0のとき、白金電極表面はメタノールの電気分解の中間生成物である一酸化炭素(CO)分子に覆われているため触媒活性が著しく低下しており、電気分解に伴う電流はほとんど流れない(図2(右下))。電極電位を正方向に走査すると、約0.6 VにおいてCO分子の脱離を示す電極表面原子の位置変化が観察されるとともに(図2(右上))、電極から流れる電流が著しく増加した(図2(右下))。これは、CO分子の脱離と同時に白金電極表面の触媒活性が向上し、メタノールの電気分解が促進されることを示している。また、電極電位を正方向に走査したときと負方向に走査したときで、異なる構造変化が観察された。これは、吸着したCO分子を脱離させるには過剰な電気エネルギーが必要であり、CO分子の脱離がメタノールの電気分解を律速することを示している。白金触媒電極へのCO分子の吸着作用はCO被毒と呼ばれ、燃料電池のエネルギー変換効率を低下させる重大な問題となっている。このような重要な反応過程のリアルタイムな観察に本計測法が有用であることが示された。
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図2 メタノール電気分解での白金電極の表面原子の位置変化(右上)と電極から流れる電流の変化(右下)
白金電極の電位を正方向と負方向に走査したときの変化を示す。 |
今後は、燃料電池電極の劣化過程の観察や、蓄電池の界面反応過程の観察を行う。また、固体と固体の界面への応用も進め、全固体蓄電池などの固体積層デバイスの界面反応過程の観察も進める。得られた知見をデバイス開発や材料開発の現場に提供して高性能デバイスの開発に寄与することをめざす。