- ゴムの原料に環動高分子を用いることでゴム弾性を維持しつつ、厚み方向に金属的な熱伝導率を実現しました。
- パルス交流電界による電界強度の増大とゲル化反応の抑制により、絶縁体フィラーの面直配向に成功しました。
- フレキシブルデバイスをはじめ、各種の電子デバイス用の熱層間材などへの応用が期待されます。
BNフィラーを配向させた高熱伝導性ゴムシート(左写真)と今回の技術ポイント
東京大学大学院新領域創成科学研究科の長谷川瑠偉大学院生(産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)リサーチアシスタント兼務)と、同研究科の伊藤剛仁准教授、寺嶋和夫教授(産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ特定フェロー兼務)らによる研究チームは、窒化ホウ素フィラー(注2、3)と、環動高分子(注4)のポリロタキサン(注5)を複合化(注6)し、金属のように熱を通す絶縁体のゴムシートを開発しました。
水中プラズマ技術(注7)で表面を改質したフィラーを高分子溶液に分散し、電界強度を従来の50倍に高めたパルス交流電界をシート厚み方向に印加してフィラーの配向度を高めたシートを成形しました。これにより、ゴムのように柔らかく、シート厚み方向の熱伝導率が金属並みに高い絶縁体のゴムシートを実現しました。このゴムシートは、スマートフォン等の電子部品の放熱シートへの応用が期待されます。
なお、この技術の詳細は、2024年5月15日にComposites Part Aで発表される予定です。
<開発の社会的背景>
コンピュータやスマートフォン、ウェアラブルデバイスなどでは、高機能化及び省スペース化に伴い、電子部品からの発熱密度が拡大し続けています。そこで、その熱を放熱部品に逃がして、電子部品の昇温と誤動作を防ぐ、熱層間材(注8)と呼ばれる放熱シートが必要です。熱層間材は、シートの厚み方向の高い熱伝導性だけでなく、様々な形の電子部品に密着して熱を受け渡すための柔軟性や、外部から電子部品を電気的に保護する絶縁性も併せ持つ必要があります。しかし従来、金属並みの10 W/mK以上の熱伝導率と、ゴムのような柔らかさの指標となる100 MPa(メガパスカル)以下のヤング率(注9)に加え、電気絶縁性をも兼ね備える熱層間材は実現していませんでした。
<研究の内容>
本研究チームは産業技術総合研究所と共同で、環動高分子ポリロタキサンを母材として、水中プラズマにより表面改質した高熱伝導性の窒化ホウ素フィラーを加えた、しやなかで放熱性に優れたゴム材料を開発してきました。ポリロタキサンは、直鎖高分子(ポリエチレングリコール)と、その上で動く環状分子(シクロデキストリン)からなる超分子(注10)の一種で、その環状分子を架橋点とするゴムは、伸びやすくちぎれにくい性質を持ちます。この高分子に均一にフィラーを分散させるために、水中プラズマ処理により表面に水酸基などの官能基を導入(改質)しました。窒化ホウ素フィラーは、板状の単結晶構造を持ち、板面に沿った方向に高い熱伝導性を持つため、ゴムと複合化する際にフィラーの板面が互いにそろうように配向させる必要があります。表面改質したフィラーを、高分子溶液中で配向させる際、従来の正弦波交流電界では電界強度の不足や、長時間の印加で生じる誘電加熱により溶液のゲル化が促進され、十分な配向ができませんでした。そこで今回、パルス交流電界を採用し、電極配置を改良することで、電界強度を従来の50倍に高めました。これにより、短時間の印加で高分子のゲル化を抑制しながら窒化ホウ素フィラーの配向度を高めることが可能になりました(図1)。
図1 ゴム複合材料中のBNフィラー(平均粒径7μm)の電界配向と構造評価結果
(左図)X線回折パターン。電界印加の無い場合に大きな (002)面のピーク強度が、電界印加によって小さくなるとともに、(100)面や(101)面のピーク強度が大きくなり、平板状フィラーが厚み方向に配向したことを示す。
(中央)窒化ホウ素フィラーと高分子の複合化の模式図。電界印加無し(下)に対し、パルス交流電界の厚み方向印加でフィラー配向が可能。
(右図)X線CT像。黒色の窒化ホウ素フィラーが電界印加方向に整列する像が確認できる。
従来の正弦波交流電界印加では、フィラー濃度が30重量%以上では配向困難であることが報告されてきましたが、今回のパルス交流電界印加では、世界的に高いレベルの最大65重量%でも配向を示すことができました。実際に、パルス交流電界印加した窒化ホウ素フィラーとゴムの複合シートでは、厚み方向の熱伝導率が金属並みに高い11 W/mKの値を示しました(図2)。
図2 窒化ホウ素フィラー複合ゴムシートの熱伝導率
平均粒径が7 μmと0.2 μmの2種類のフィラーを9:1の割合で、合計65重量%の濃度で複合化。
(左)ポリロタキサンを構成する高分子を架橋させる際に電界印加を行なわない場合。平板上フィラーが自然にシート面内配向して積み重なるため、面内方向の熱伝導率が厚み方向の2倍以上の値を示す。
(右)高分子を架橋させる際にパルス交流電界印加を行なった場合。厚み方向の熱伝導率が面内方向に比べ3倍程度となり、異方性が変化している。
同時に、このシートはヤング率が58 MPaとゴムレベルの低い値を示し、体積電気抵抗率は1.9×1011 Ωcmであり電気的に絶縁体であることも分かりました。以前に発表した複合材料(関連情報参照)に対して、低いヤング率を維持しつつ、シート厚み方向に1桁高い熱伝導率を実現したものであり、既存の材料とは異なる新領域の材料、金属のように熱を通す絶縁体のゴムシートです(図3)。多くの電子デバイス放熱に応用可能な新しい熱層間材の実用化が期待できます。
図3 ヤング率と熱伝導率の関係
従来工業材料と今回のゴム複合シートの比較。
(M. F. Ashby, and Y. J. M. Brechet, Act. Mater., 2003, 51, 5801を参考にプロット)
<今後の展望>
今後は、フィラーの電界配向条件や複合化条件をさらに最適化して、熱伝導性と柔軟性の向上を図ります。企業と共同で、熱層間材の実用性能や耐久性を高める研究を行ない、放熱シートとしての実用化を目指します。
〇関連情報:
産業技術総合研究所・東京大学プレス発表「高い放熱性能を持つゴム複合材料を開発」(2018/3/6)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2018/pr20180306/pr20180306.html
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
長谷川 瑠偉 修士課程
兼:産業技術総合研究所 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ リサーチアシスタント
井上 健一 研究当時:博士課程
現:名古屋大学低温プラズマ科学研究センター 特別研究員
宗岡 均 助教
伊藤 剛仁 准教授
伊藤 耕三 研究当時:教授
現:東京大学特別教授
寺嶋 和夫 教授
兼:産業技術総合研究所 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 特定フェロー
産業技術総合研究所 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ
桐原 和大 主任研究員
伯田 幸也 ラボ長
産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門
清水 禎樹 部門長
雑誌名:
Composites Part A
題名:Electric-field-assisted fabrication of metal-class thermal-conductive and elastomer-class-flexible composites comprising plasma-surface-modified hexagonal boron nitride and polyrotaxane
著者名:長谷川瑠偉*、井上健一、宗岡均、伊藤剛仁、桐原和大、清水禎樹、伯田幸也、伊藤耕三、寺嶋和夫*
DOI: 10.1016/j.compositesa.2024.108197
URL:
https://doi.org/10.1016/j.compositesa.2024.108197
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:21H04450、令和3~令和6年度)」、「基盤研究(B)(課題番号:16H04506、平成28~平成30年度)」の支援により実施されました。