国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 下山 祥弘 研究員、永縄 友規 主任研究員、中島 裕美子 特定フェローは、AGC株式会社 (以下「AGC」という)と共同で、高機能弾性接着剤の原料となる新素材を開発しました。この素材から作られた接着剤は、強い外力による振動エネルギーを伸縮により吸収することができます。
弾性接着剤は振動に強いため、建築や車両用部品の接着に利用されています。この原料となる変成シリコーンポリマーは、ポリマー構造の末端に位置するシリル基が水と反応することで架橋体を形成し、弾性を持つゴム状の硬化物となります。しかし、現在用いられている変成シリコーンポリマーにおいて、末端構造のシリル化率は85%未満です。これは、硬化物の架橋構造に欠陥が多くなる原因であり、硬化物が引っ張られたときに戻ろうとする力であるモジュラス性能の低下を引き起こします。
今回、新しく開発した白金触媒を用いて、変成シリコーンポリマーを末端構造のシリル化率95%以上で製造する方法を開発しました。この方法により合成される硬化物は、架橋構造に欠陥が少ないため、従来の触媒を用いて合成される硬化物と比べ、50%伸長させたときのモジュラス性能が30%向上しました。この結果は、開発した白金触媒を用いて合成された硬化物が強い振動を受けても破断せずに形状を保持できる、高い伸縮耐久性を示すことを証明しています。
開発した反応は、触媒の使用量を原料の5 ppmまで減らすことが可能です。また、ベンチスケールで変成シリコーンポリマーを製造することができ、実用に向けた量産化の可能性を見いだせました。新技術で作製した変成シリコーンポリマーは、伸縮耐久性に優れた高機能弾性接着剤の原料として用いることが可能となります。開発した接着剤を、地震の振動などの強い外力が加わる建築材や車両材料の接着に用いることで、これらの高耐久・長寿命化に貢献します。
伸縮性に優れた弾性接着剤は、振動や材料の変形に耐えうるため、建築や車両用途向けに用いられています。弾性接着剤は、地震などの揺れに強く、耐久性に優れるなどの理由から、高い安全・安心性が求められる現代社会に必要不可欠な材料です。産業界では、さらに強い外力による伸縮や振動にも耐久性のある超高機能弾性接着剤の開発が求められていることから、今後も世界的な市場の拡大が見込まれています。
変成シリコーンポリマーは、ポリマー構造の末端に位置するシリル基が水と反応して、伸び物性に優れる硬化物を合成可能であることから、弾性接着剤の主原料として広く利用されています。しかし、現在用いられている変成シリコーンポリマーは、末端構造のシリル化率が85%未満にとどまるため、架橋部位に欠陥が多く存在し、モジュラス性能が低いことがわかっています。この問題を抜本的な解決に導くのは、末端構造のシリル化率が高い変成シリコーンであり、これを合成する触媒反応はこれまでに例がありませんでした。
産総研は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」(プロジェクトリーダー:佐藤 一彦)において、さまざまな高付加価値な有機ケイ素原料の効率合成を可能とする触媒技術を開発してきました(2021年5月11日 産総研プレス発表)。今回、これまで蓄積してきた有機ケイ素部材合成のための触媒技術に関わる知見を応用して、新しい触媒反応により、末端が高い割合でシリル化された変成シリコーンポリマーを合成して高機能接着剤の開発へと展開を図りました。
本技術は2023年11月2日に特許「反応性ケイ素基含有有機重合体の製造方法」(WO2023/210582, WO2023/210586)として公開されました。
変成シリコーンポリマーは、建築や工業用途などに用いられる接着剤やシーリング材の主原料として知られています。これは、末端にアリル基を持つポリオキシアルキレン重合体のヒドロシランによるシリル化反応により合成されます(図1)。この反応により、ポリマー構造の末端に反応性シリル基が導入され、これが水と反応することで架橋体を形成し、伸縮性のあるゴム状の硬化物となります。しかし、工業用白金触媒を用いた現手法では、反応中に副生成物が生成し、末端構造のシリル基の導入率は85%未満となるために、硬化物において構造欠損や未硬化成分が多く存在します。この結果、モジュラス性能が低下することが知られています。
本研究は、新規触媒として、従来用いられてきた工業用白金触媒に炭素-炭素不飽和結合を有するカルボン酸化合物との混合物を用いると、ポリオキシアルキレン重合体の末端に反応性シリル基を95%以上のシリル化率で導入できることを見いだしました。過去の研究から、工業用白金触媒は凝集により副反応の進行と触媒活性の低下を引き起こすことが知られていました。今回の研究で、炭素-炭素不飽和結合を有するカルボン酸化合物は、触媒の凝集を抑えて長寿命化に寄与することがわかりました。上述の触媒は、原料の5 ppmだけで、量産化に対応できる量においても機能を果たすことから、実用化に向けて十分な耐久性を有しています。また、合成した変成シリコーンポリマーを引張試験で評価したところ、従来の触媒を用いた合成品と比べて未架橋体や構造欠陥の少ない架橋体を形成することから、50%伸長させたときのモジュラス性能が30%向上していました(図2)。これは、今回開発した技術で合成した硬化物が、伸び物性を維持したまま高いモジュラス性能を備えており、外力に対して強い応力を示すことを意味しています。本材料を用いると、大きな振動エネルギーを伸縮により吸収できるだけでなく、伸縮疲労にも耐えるこれまでにない高機能弾性接着剤の製造が可能となることが期待されます。
図1 ポリオキシアルキレン重合体のシリル化反応と接着剤
図2 硬化物の引張試験によるモジュラス性能評価
今後はAGCでサンプルワークを開始するとともに、量産技術を確立し、数年以内に製品化を目指します。主な用途は、建築や車両用途向けの接着剤、シーリング材ですが、伸び物性を維持したまま高モジュラス性能を備えた本材料により、接着剤の強度や耐久性が向上するため、信頼性が求められる新たな用途へも展開を目指します。