NEDOが進める「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」において、産業技術総合研究所は、高機能複合材料の製造に利用されるシランカップリング剤などの有機ケイ素原料を効率的に合成できるロジウム錯体触媒を開発しました。
この触媒を用いたプロセスでは副生成物の発生が少なく精製工程の簡略化が可能なため、シランカップリング剤の基幹原料を実験室レベルで99%以上の収率で合成できます。これによりさまざまなシランカップリング剤を安価に供給できるため、エコタイヤや半導体封止樹脂、FRPなどの高機能複合材料の低価格化が期待できます。
なお本研究成果の詳細は、2021年5月11日に英国の学術誌『Communications Chemistry』で掲載される予定です。
図1 本研究成果の概要
有機ケイ素材料の一つであるシランカップリング剤※1は、ガラス繊維や二酸化ケイ素(SiO2)といった無機材料と樹脂やゴムなどの有機材料を相互結合する性質を備えています。この性質を生かし、近年は低燃費性とグリップ性に優れたエコタイヤや温度サイクルに強い半導体封止樹脂、軽量ながら高い強度を持つ繊維強化プラスチック(FRP)※2などの高機能複合材料に広く利用されています。このシランカップリング剤の原料は白金やイリジウムなどからなる金属錯体触媒※3を用いたプロセスで合成するのが一般的ですが、このプロセスでは多くの副生成物も生成するため、目的のシランカップリング剤原料を得るためには複雑な精製工程が必要でコストが高くなるという課題がありました。
これを踏まえ、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」※4において、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)触媒化学融合研究センター 中島 裕美子 研究チーム長、永縄 友規 研究チーム付、松本 和弘 主任研究員、佐藤 一彦 研究センター長は、シランカップリング剤をはじめとする付加価値の高い有機ケイ素材料を簡便に合成する新しい金属錯体触媒の開発に取り組んできました。
新しく開発したプロセスでは、ごく微量のロジウム錯体でも目的とするシランカップリング剤原料を実験室レベルで99%以上の収率で単一合成することができます。この結果、高コストの要因となっていた副生成物の精製工程を大幅に簡略化できるため、さまざまなシランカップリング剤を安価に供給することが可能となります。これにより、エコタイヤや半導体封止樹脂、FRPといった高機能複合材料が安価に製造できるようになると期待できます。
なお本研究成果の詳細は、2021年5月11日に英国の学術誌『Communications Chemistry』で掲載される予定です。
多くのシランカップリング剤の基幹物質となるクロロプロピルシラン※5は、従来法では白金やイリジウム錯体触媒を用いて、ヒドロシラン※6と塩化アリル※7を原料とする反応により合成されていますが、この反応は70~80%程度の収率で進行し、同時に複数の副生成物が生成します。産総研は、触媒構造が「触媒中間体1」へと変化するとクロロプロピルシランが生成すること、そして「触媒中間体2」へと変化すると副生成物が生成することに着目しました。
白金やイリジウム錯体触媒を用いた従来プロセスでは「触媒中間体2」は極めて安定な化合物であるため、副生成物の発生を抑制することは困難でした。これに対し、新しく開発したロジウム錯体触媒はロジウム金属と、フッ素を含み、二つのリン原子がロジウム金属に結合する配位子を組み合わせています。この触媒を用いるプロセスでは、「触媒中間体2」が「触媒中間体1」よりも相対的に不安定となるため、触媒構造が「触媒中間体2」に変化しても、もとの触媒構造に戻る「反応の可逆性」が存在することを明らかにしました。この反応経路があるため、「触媒中間体2」による副生成物を生成する反応を大幅に抑制することに成功しました。
図2 新しく開発したロジウム錯体触媒によるシランカップリング剤原料(クロロプロピルシラン)の選択的合成
なお、ヒドロシランと塩化アリルからクロロプロピルシランの合成反応で開発したロジウム錯体触媒を評価した結果、たとえば原料の5ppmの触媒を用いた場合の触媒回転数(TON)※8は14万回に達しており、工業触媒として十分な耐久性を有することも確認しています。
産総研は引き続き、本事業でシランカップリング剤反応のスケールアップ実験を行い、工業的な実施可能性を検証します。さらに触媒性能の解析を進め、高機能で安価な有機ケイ素材料の提供を目指します。