- 山形県酒田市沖の海底堆積物を対象に、微生物の鉛直分布と活性を解明
- 好気性・嫌気性微生物の共存領域を発見し、この領域を含む堆積物中でのメタン消費速度を推定
- 海底のメタン動態の理解やメタンハイドレート開発に伴う環境影響評価に貢献
メタン消費速度を明らかにするため、メタンが湧出する海底堆積物の化学・微生物分析と微生物の培養試験を実施
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 地圏微生物研究グループ 宮嶋 佑典 研究員、燃料資源地質研究グループ 吉岡 秀佳 研究グループ長、環境創生研究部門 鈴村 昌弘 研究部門付、環境生理生態研究グループ 青柳 智 主任研究員、堀 知行 上級主任研究員らを中心とする研究グループは、2020年、メタンハイドレートが分布する山形県酒田市沖の海底の堆積物を対象に、化学分析と微生物分析、安定同位体トレーサー培養試験の結果を用いて、微生物がメタンを消費する速度を推定しました。また、海底下の酸化還元境界層において、生育に酸素を必要とする微生物(好気性微生物)と必要としない微生物(嫌気性微生物)が共存してメタンを消費していることを新たに発見しました。これらの知見は、重要なエネルギー資源であり温室効果ガスでもあるメタンの海底での収支の正確な理解に貢献します。
なお、この研究の詳細は、2024年3月6日にEnvironmental Science & Technology誌にオンライン掲載されました。
メタンは天然ガスの主成分であると同時に温室効果ガスでもあるため、資源として持続的に利用するためには、その生成と消失過程を詳細に理解することが重要です。海底下深部で生成したメタンは、天然ガス田やメタンハイドレートとして地層中に一部とどまりますが、堆積物の隙間や断層などを通じて上昇し、海底面から海水中へ湧出もしています。海洋は地球の表面積の70%を占めるにもかかわらず、海底から海水、そして大気へ放出されるメタンの量は、地球全体の放出量の数パーセント以下に抑えられています。これは海底の堆積物表層に生息する微生物が、メタンの消費に重要な役割を果たしているためと考えられています。しかし、これらの微生物の現場環境での活性や分布、メタン消費速度については、定量的な理解が進んでいません。
本研究は、地球化学から環境微生物学にまたがる分野融合的なアプローチによって、深海底の微生物によるメタン消費の機構解明に挑みました。
産総研は、経済産業省の委託により、将来の国産エネルギー資源として期待される表層型メタンハイドレートの研究開発を実施しています(詳細はプロジェクトのウェブサイト)。当該プロジェクトでは、資源量の把握や深海における掘削・揚収技術などの検討に加えて、メタンハイドレートの開発に伴う海洋環境や生態系への影響評価についても重要な課題として取り組んでいます。2020年からは、日本海の山形県酒田市沖や新潟県上越市沖の表層型メタンハイドレートが分布する海域において、海洋観測船や遠隔操作型無人潜水機(ROV)を用いた海洋環境調査を継続的に実施してきました。これらの海域では、メタンを含む水の湧き出し(メタン湧水)を示す微生物マット(微生物の集合体)に表面が覆われた特徴的な海底面が多数存在することが確認され、微生物マット直下の堆積物に重金属などが濃集していることがわかりました(詳細は2022年11月7日 産総研「主な研究成果」)。今回はこの微生物マットで覆われた海底下の堆積物中における微生物活動とメタン消費に焦点を当てた研究を実施しました。
なお、本研究は、経済産業省のメタンハイドレート研究開発事業の一部として実施したほか、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)19H04244の助成を受けたものです。
海洋調査船「新世丸」およびROV「はくよう3000」を用いて、酒田市沖の水深約540 mの海底を調査しました。灰色の微生物マットで覆われた海底とマットのない参照地点の海底で、堆積物の化学的な特性や生息する微生物を調べるため、長さおよそ20 cmのコア試料を採取しました。コア試料に対し、堆積物の隙間に存在する水(間隙水)の溶存成分であるメタンと酸素の濃度分析や堆積物の遺伝子・脂質解析を実施しました。また、メタンの湧出量を求めるため、湧出する水の流速を海底で計測しました。
濃度分析の結果、微生物マットで覆われた海底面から15 cmまでの深度には、参照地点の堆積物と比較して高濃度のメタンが溶存していました。また、海底直上の海水は酸素を豊富に含みますが、微生物マット直下の堆積物では酸素が急激に減少し、表面の5 mm以内でしか検出されないことがわかりました。これは、参照地点では酸素が海底面から1.5 cm程度の深さまで比較的ゆるやかに減少し、それ以深で検出限界以下となる結果と対照的です。遺伝子・脂質解析の結果は、酸素を利用してメタンを消費する「好気性メタン酸化バクテリア」と酸素がない環境でメタンを消費する「嫌気性メタン酸化アーキア」が、微生物マット直下でのみ共存していることを示していました。
また、微生物マットで覆われた海底下の堆積物について、微生物によるメタンの消費速度を推定するために、炭素の安定同位体をトレーサーとした培養試験を実施しました。メタンは微生物により二酸化炭素に変換されるため、堆積物に安定同位体濃縮メタンを添加して培養を行うと、二酸化炭素の炭素同位体比が時間とともに増加します(図1)。この同位体比の増加速度から、メタンの消費速度を推定しました。海底に近い温度で、培養開始時に酸素を与えた系と無酸素の系とで培養を行った結果、培養の初期において、前者のメタン消費速度は後者のそれの4倍近いことがわかりました。
図1 微生物マットで覆われた海底下堆積物の培養試験結果。左が酸素を与えた系、右が無酸素の系。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
さらに、微生物の脂質や16S rRNAへの安定同位体取り込みの追跡試験(安定同位体プローブ法)により、培養試験で特に活動的であった微生物種を特定することに成功しました。特定した微生物種について、堆積物中の微生物活性を示す16S rRNAや脂質の鉛直分布をもとに、現場環境での分布も明らかにしました(図2)。微生物の鉛直分布と、培養試験で得られたメタン消費速度を照らし合わせることで、好気性・嫌気性微生物それぞれの現場堆積物中でのメタン消費速度を推定しました。また、海底から湧出する水の流速と、間隙水に溶存するメタンの濃度からメタン湧出量を求めました。これらの結果から、微生物マットの下の堆積物中では、湧出するメタンの10%を好気性メタン酸化バクテリアが、30%を嫌気性メタン酸化アーキアが消費し、両者の共存によって合計40%のメタンが消費されていると見積もりました(概要図)。このことは、微生物マット直下に優占する嫌気性メタン酸化アーキアに加えて、好気性メタン酸化バクテリアも、メタンの消費に重要な役割を担っていることを示しています。
特筆すべきは、好気性メタン酸化バクテリアの活性を示す16S rRNAや脂質が、嫌気性メタン酸化アーキアの活動域である、酸素がほぼ検出されない海底下6 cmまで認められたことです。今回調査した酒田市沖の微生物マットで覆われた海底では、メタンを含む水が年間およそ2~3 mで湧出しているという特徴があります。このような湧水は直上海水から堆積物への酸素の浸透を制限し、海底下5 mm以深は酸素が検出限界以下となっています。しかし、活性のある微生物の鉛直分布を考慮すると、海底下6 cmまでの層では酸素が検出限界を下回りつつも好気性・嫌気性微生物の共存を可能にするレベルに保たれていると推測できます。
好気性・嫌気性微生物がどちらもメタンを消費していることは、世界の他海域でも示唆されていましたが、それぞれ海底の近傍と深部の堆積物にすみ分けて活動していると考えられてきました。本研究の結果は、海底下で活性のある種を特定することで、好気性微生物と嫌気性微生物が同じ酸化還元境界層で共存してメタンを消費していることを明らかにしました。また、微生物のこのような生理・生態がメタン収支に果たす役割を評価した初めての例となります。
図2 微生物マットおよび参照地点の海底下堆積物中の微生物分布
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回調査した酒田市沖のようなメタン湧水域は、日本近海だけでなく世界各地のメタンハイドレート分布域に見られます。好気性微生物と嫌気性微生物の共存領域も、他地域の海底下に存在している可能性があります。他の海域についても、微生物のメタン消費速度を見積もることで、海底におけるメタン収支をより詳細に理解できると考えられます。
海洋表層の光合成で生産された有機物は、マリンスノーなどとして沈降する間に分解され、深海底には数パーセントしか到達しません。そのような栄養の乏しい環境にもかかわらず、酒田市沖や上越市沖で発見された微生物マットの海底周辺には、カニや貝類などの大型生物が密集することがしばしば観察されています。この要因はまだ明らかではありませんが、メタンや硫化水素を出発点とする微生物の化学合成によって成り立つ食物網が、深海底の生態系を支えている可能性が指摘されています。
微生物マットにおける詳細な微生物・化学反応プロセスを定量的に評価することで、表層型メタンハイドレート分布海域における生態系の構造や開発に伴う深海生態系への環境影響評価に対して、本研究の知見を活用できると期待されます。
掲載誌:Environmental Science & Technology
論文タイトル:Impact of concurrent aerobic–anaerobic methanotrophy on methane emission from marine sediments in gas hydrate area
著者:Yusuke Miyajima, Tomo Aoyagi(共同筆頭), Hideyoshi Yoshioka(責任著者), Tomoyuki Hori(責任著者), Hiroshi A. Takahashi, Minako Tanaka, Ayumi Tsukasaki, Shusaku Goto, Masahiro Suzumura
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.est.3c09484