- 山形県酒田沖海底の表層型メタンハイドレート胚胎域を調査
- メタン湧出を示唆する最大幅数m規模の微生物マットを複数箇所で確認
- 微生物マット周辺の堆積物中にモリブデンの濃集を発見
山形県酒田沖の表層型メタンハイドレート胚胎域の概要図(左)および微生物マットと堆積物コアの採取の様子(右)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門環境生理生態研究グループ 太田 雄貴 研究員、鈴村 昌弘 上級主任研究員、地質情報研究部門海洋環境地質研究グループ 鈴木 淳 研究グループ長、地圏資源研究部門燃料資源地質研究グループ 佐藤 幹夫 主任研究員らは、山形県酒田沖の海底で表層型メタンハイドレート胚胎域における環境調査を実施し、地下からのメタンの湧出を示唆する微生物マット(微生物の集合体)を確認しました。微生物マットは複数箇所で幅が数mに達していました。微生物マットとその周辺の海底堆積物に含まれる元素を分析したところ、微生物マットの下ではモリブデンが通常の10〜100倍に濃集していました。これは、他海域よりも酸素濃度が高いという日本海の海底特有の環境と微生物マット内での強い還元環境が作用していることを示唆しています。今回の調査では、日本海のメタンハイドレート胚胎域における物質循環の理解とメタンハイドレート開発に伴う環境への影響を評価する上で重要な知見が得られました。なお、本成果は2022年9月6日にChemical Geology誌にオンライン掲載されました。
メタンハイドレートは、低温高圧な環境で都市ガスの主成分として知られるメタン分子と水分子により形成される白い氷状の結晶です。日本周辺の海底下に多量に存在し、将来の国産エネルギー資源として期待されています。海底下のメタンハイドレートは、主に砂層型メタンハイドレートと表層型メタンハイドレートに分類され、存在する深度や形状が異なっています(図1)。これまで日本近海では、太平洋側の砂層型メタンハイドレートを中心に調査や開発の検討が進められてきました。表層型メタンハイドレートについては、産総研も参加した学術調査が2004年から上越沖で行われてきましたが、2013年からは国による本格的な資源量の把握のための調査が産総研を中心として開始されました。これまでに、上越沖に埋蔵された資源量の試算を行いました。また、酒田や丹後半島沖など、日本海の他の海域でも表層型メタンハイドレートが海底直下から深度数十 mの泥質堆積物中に賦存していることを確認しました。これらの成果を受け、2019年から産総研では経済産業省資源エネルギー庁の「メタンハイドレートの研究開発事業」として、より多角的な視点から表層型メタンハイドレートの研究開発を実施しています(事業の詳細は、https://unit.aist.go.jp/georesenv/topic/SMH/index.htmlを参照ください)。この事業の一環として、メタンハイドレート開発による周辺環境への影響評価を目的として、これまで詳細な調査が行われていなかった酒田沖で、現場のガスや金属濃度など、環境情報の取得のための調査を実施しました。
2020年に表層型メタンハイドレート胚胎域である山形県酒田沖において、海洋調査船「新世丸」および遠隔操作型無人探査機(ROV)「はくよう3000」により実施した海底調査の結果を報告します(図2)。メタンハイドレートの存在が推定される海底では、メタンを大量に含んだ水の湧出現象が観察されます。その箇所の海底表面には、微生物群集で覆われた白色や黒色の特徴的な「微生物マット」が形成されています (例えば、Boetius et al., 2000; 松本ほか, 2009)。本調査では、酒田沖の海底の隆起部(酒田海丘と呼ぶ)に幅が数cmから最大で数m規模の微生物マットが複数箇所で存在することが明らかになり(図3)、酒田海丘の海底でメタンを含む湧水のあることが示唆されました。微生物マット地点およびその地点と同様の地質で微生物マットのない参照地点において、長さ約30 cmの表層堆積物コアをROVによって採取し、堆積物中の硫黄および27種類の主要・微量元素の含有量などを測定しました。その結果、メタンの湧出の無い参照地点の堆積物(以下、参照地点堆積物)と比べて、微生物マット地点から採取した堆積物(以下、微生物マット堆積物)では硫黄の含有量が2〜5倍高く、モリブデンは10〜100倍高いことが分かりました(図4)。また、堆積物の直上や堆積物内の海水に含まれる元素の組成などから、微生物マット堆積物では地下深部から湧出するメタンと堆積物の直上の海水から供給される硫酸イオンが微生物を介して反応する「嫌気性メタン酸化」が起こっていることを明らかにしました。微生物マット堆積物中の高濃度の硫黄から、この嫌気性メタン酸化反応によって、微生物マット堆積物中では硫酸イオンが還元されて硫化水素が発生し、さらに堆積物に含まれる金属と反応して硫化鉄などの硫化鉱物が形成されたと推定できます。海水中に存在するモリブデンなどの一部の微量金属元素は、海底堆積物中で硫化鉱物に取り込まれやすい元素として知られており、酒田海丘の微生物マット堆積物中でもモリブデンが高濃度で検出されました。一方で、銅などの他の微量金属元素も硫化鉱物に濃集しやすいことが知られていますが、酒田海丘の微生物マット堆積物では顕著な濃集は見られませんでした。
図2 山形県酒田沖の海底地形図と海洋調査船「新世丸」および遠隔操作無人探査機(ROV)「はくよう3000」
図3 日本海酒田海丘で観察された微生物マット(左)と海底堆積物コア試料採取の様子(右)
図4 堆積物コアの半割写真ならびに堆積物に含まれる硫黄およびモリブデン含有量
日本海の約300 m以深には他の海域と異なり、表層から底層まで高濃度の溶存酸素が維持される「日本海固有水」と呼ばれる海水が広がっています。このような環境では、陸から供給された鉄やマンガンなどの金属元素は、海水に溶けにくい酸化物の状態を維持したまま、マリンスノーと共に堆積物へ効率的に運搬されます。海水中ではイオンとして存在するモリブデンは、銅などの他の微量金属元素と異なり鉄やマンガンの酸化物に吸着しやすいため、日本海ではモリブデンが海水から海底堆積物へと優先的に供給されることが推定されます。このような海水からの効率的な輸送と堆積物中での硫化鉱物への取り込みという複合的な作用によって、微生物マット堆積物中にはモリブデンが濃集したと考えられます(図5)。また、金属濃度は周辺の微生物にも影響を与えるため、マットを構成する微生物もこの海域の特徴を反映している可能性が考えられます。
図5 嫌気性メタン酸化と日本海固有水に関連した日本海メタンハイドレート胚胎域におけるモリブデン濃集経路
※本発表の概要図、図2、3、4、5は原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究の成果は、表層型メタンハイドレート胚胎域における微量金属元素などの動態について新しい知見を提供します。また、深海底環境における希少金属元素の濃集と蓄積および鉱床の成因メカニズムの解明にも貢献します。さらに、メタンハイドレート開発に伴う海底撹乱によって、微量金属元素などの拡散が周辺環境に与える影響を評価する際に役立ちます。
日本海における表層型メタンハイドレートの存在は10年以上前から確認されていますが、メタンハイドレートや海底から湧出するメタンによって駆動される物質循環の過程には未解明な部分が残されています。他の海域の調査を進めるとともに、生態系や食物網も含めた広範な物質循環の過程を解明していきます。
掲載誌:Chemical Geology
論文タイトル:Anaerobic oxidation of methane and trace-element geochemistry in microbial mat-covered sediments related to methane seepage, northeastern Japan Sea
著者:Yuki Ota, Masahiro Suzumura, Ayumi Tsukasaki, Atsushi Suzuki, Kyoko Yamaoka, Miho Asada, Mikio Satoh
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
環境創生研究部門 環境生理生態研究グループ
研究員 太田 雄貴 E-mail:y.ota*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)