発表・掲載日:2024/02/17

高性能磁気センサーの感度を自動補正する集積回路を開発

-最先端集積回路技術でセンサー感度を安定化し用途拡大-

ポイント

  • 磁気インピーダンス素子と組み合わせるデジタル出力の特定用途向け集積回路(ASIC)を開発
  • デジタル自動補正技術により電源電圧が変動しても安定な計測が可能に
  • 産業計測や環境計測、生体計測における高精度磁気センシングに貢献

概要図

開発した磁気センサーの検出感度の変動を改善
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 先端半導体研究センター 集積回路設計研究チーム 秋田 一平 主任研究員は、愛知製鋼株式会社と共同で、製造ばらつきや環境変動による検出感度の変動を自動補正できる高感度磁気センサーを開発しました。

小型で高感度な磁気センサーは、産業計測や生体計測などさまざまな分野で必要とされています。これをIoTなどの分野へ応用するには、その感度を一定に保たなければなりません。感度を手動で調整するためにかかるコストが小型高感度磁気センサーの用途拡大を妨げていました。

今回、産総研が独自設計した自動補正機能をもつ特定用途向け集積回路(以下「ASIC」という)と愛知製鋼株式会社が開発した磁気インピーダンス素子(以下「MI素子」という)を組み合わせることで、磁気検出感度のゆらぎを1/3に抑制できました。本自動補正技術は、補正のための特別なテストモードなどが不要で、通常のセンシング動作を行いながらバックグラウンドで実行可能なため、低コスト化が見込めます。デジタル出力型とすることで、出力信号の扱いやすさと低消費電力化の両立を実現しました。この技術により、小型高感度磁気センサーの応用範囲が広がることが期待されます。

なお、本技術の詳細は、2024年2月18日〜22日に開催される2024 International Solid-State Circuits Conference (ISSCC 2024)で発表されます。


開発の社会的背景

小型で高感度な磁気センサーは、電流センシングなどの産業計測や非破壊検査、IoT向けの環境センシング、脳磁図や筋磁図などを含む生体磁気計測などの幅広い分野で必要とされています。これらの用途においては、ピコテスラ(pT)レベルの低い磁気ノイズ性能や地磁気などの環境磁場で飽和しない高いダイナミックレンジが要求されます。また、小型で低消費電力が望まれるため、ASICによる設計が重要な役割を果たします。さらに、ASICにはユーザーにとって扱いやすいデジタル信号出力型であることが要求されます。

デジタル出力型の高感度磁気センサーは複数種類が販売または発表されていますが、電源電圧や温度の変動、製造ばらつきなどの環境変動で磁気検出感度がばらついてしまいます。このようなばらつきは通常、個々の磁気センサーに対して手動で調整を行うことで補正されることが多く、追加のテスト工程のためにセンサーのコストが上がってしまうことが問題となっています。集積回路技術でこの磁気検出感度のばらつきを抑えることができれば、高性能かつ安価な磁気センサーが実現でき、特にIoT向けなどの社会実装を加速することができます。

 

研究の経緯

MI素子は、高感度な磁気センサーとして利用可能であることが知られており、低消費電力な磁気計測システムへの応用が期待されています。産総研は、これまでMI素子に向けたアナログ出力型のASICを開発し、磁気センサーとして電力効率を従来型との比で1000倍も改善しました(2022年2月19日 産総研プレス発表)。

今回はこれらの知見を応用し、ASICをアナログ出力型からデジタル出力型とし、低消費電力で高感度性能を維持しつつ、磁気検出感度において高い安定性を実現するための新規ASIC回路を開発しました。

 

研究の内容

開発した磁気センサーは、図1(a)のASICチップと(b)のMI素子から構成されます。MI素子は、アモルファス合金ワイヤの周りにコイルを形成することで実現されます。同ワイヤに電流パルスが通電された瞬間に、MI素子はワイヤ表層で生じる外部磁場に比例した磁束変化を捉えます。この磁束変化は、コイルを通じて誘導電圧として検出されます。

誘導電圧は、ASIC内の信号処理回路を通じて、アナログ信号からデジタル信号へと変換されます(図1(c))。このとき負帰還回路を通じて、デジタル信号を再度アナログ信号に変換し、負帰還信号として入力段に戻して減算します。この方法は、電子回路や制御システムの動作を安定させる手法として一般に知られています。これにより、雑音に対する信号の比が高くなり、入力可能な信号範囲の拡大や対磁気検出感度の安定化が可能です。しかし製造ばらつきや環境変動(温度や電源電圧の変動等)があって、デジタル信号を正確にアナログ信号(負帰還信号)に変換することができないと、負帰還回路は正しく動作せず、逆に磁気検出感度を悪化させることすらあります。開発した磁気センサーでは、磁気検出感度を悪化させる負帰還信号の意図しない変化を補正するためのデジタル自動補正技術を新規に提案し、ASICに実装しました。本技術は、負帰還信号を監視して想定したアナログ量になっているかをモニターし、負帰還回路のデジタル出力から負帰還信号への変換係数を動的に調整して、負帰還信号が意図した大きさになるよう制御するアイデアに基づいています。これは、既知のデジタル出力信号の情報も活用することで、あるデジタル出力値のときにどのような負帰還信号の大きさであるべきかを、入力磁場に関係なくデジタル自動補正部が判断できるため、通常のセンシング中に実行が可能です。本手法により、環境変動が生じても磁気検出感度の変動を抑制可能であることが期待されます。

図1

図1 (a) MI素子向け計測用ASICの写真。(b) MI素子の概念図。(c) 開発した磁気センサーのブロック図。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

上記の技術を含むMI素子向け計測用ASICを試作し、磁気センサーとしての評価を行いました。図2(a)に示すとおり、入力磁束密度のレンジは±80マイクロテスラ(µT)であり、消費電力は4 mWでした。図2(b)は、ノイズ特性の測定結果を示しており、それぞれ10 kHzの信号帯域幅において45pT/√Hzのノイズフロアでした。開発したデジタル自動補正技術の有効性を確認するために、本技術適用有無における電源電圧1.4V〜1.6Vに対する磁気検出感度の変動を10サンプル(チップ)で測定しました。その結果、デジタル補正技術を適用することで変動を平均で1/3に抑制できることを確認しました。

開発した磁気センサーは、82 dBの広いダイナミックレンジを低消費電力で実現しており、従来のデジタル出力型の高感度磁気センサーと比較して電力効率を3倍以上も改善し、磁気検出感度の大幅な変動の低減に成功しました。

図2

図2 (a) 開発した磁気センサーの入出力直流特性。(b) ノイズスペクトル密度。 (c) デジタル自動補正の有無における電源電圧に対する磁気検出感度の違い。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

今後の予定

今後は磁気センサーとして、より低消費電力、小型、高機能化を目指します。また、社会実装や課題解決、量産に適した回路技術の深耕を図ります。さらに、産業計測や非破壊検査、生体磁気計測などの応用に向けたシステム提案を行います。

 

論文情報

掲載誌:2024 IEEE Int. Solid-State Circuits Conf. Dig. Tech. Papers (ISSCC)
論文タイトル:A 4mW 45pT/√Hz magnetoimpedance-based ΔΣ magnetometer with background gain calibration and short-time CDS techniques
著者:Ippei Akita, Shunichi Tatematsu


用語解説

特定用途向け集積回路(ASIC)
ある特定の用途に必要な機能や特性を実現するよう設計された集積回路チップ。[参照元へ戻る]
磁気インピーダンス素子(MI素子)
外部磁場に応じてインピーダンスが変化するアモルファス合金ワイヤおよびそれを周回するコイルにより構成される。ワイヤに駆動用として鋭いパルス電流を流すと外部磁場に応じてコイルの誘導電圧が変動し、高感度磁気センサーとして機能する。[参照元へ戻る]
磁気検出感度
入力磁束密度(テスラ、T)からデジタル信号(無単位)への変換係数(T-1)。[参照元へ戻る]
ピコ、マイクロ
単位の前につけられる接頭語の一つ。ピコは1の1兆分の1。マイクロは1の100万分の1。日本における地磁気はおよそ41〜51マイクロテスラ(µT)である。[参照元へ戻る]
磁気ノイズ
センサーや回路が発生する非理想的な電気的ゆらぎ(雑音、ノイズ)を外部磁場に換算した量として定義される。単位は、単位周波数の2乗根あたりの磁束密度として、T/√Hz(テスラ/√ヘルツ)となる。 [参照元へ戻る]
ダイナミックレンジ
最大信号強度の実効値と雑音の実効値の比で定義される。大きいほど系がセンシングできる信号レンジが広く、高性能であることを意味する。[参照元へ戻る]

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