国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門 エネルギー貯蔵システムグループ 兼賀 量一 主任研究員、大平 昭博 研究グループ長らは、京都大学 人間・環境学研究科 山本 旭 助教らと共同で、触媒を介した二酸化炭素とギ酸塩のレドックスを利用した新しいレドックスフロー電池を開発しました。
定置用大型蓄電池として特徴があるレドックスフロー電池は、再生可能エネルギーの導入時の電力系統安定化の候補として期待されています。一方で、活物質の選択肢は、可逆的に酸化還元する金属イオンや有機分子に限られていました。今回開発された技術では、安定かつシンプルな化合物の代表である二酸化炭素をモデル化合物に選択し、触媒により活物質として利用できることを実証しました。これらの成果は、触媒技術の応用であり、活物質の選択肢を広げ、レドックスフロー電池の性能向上に向けた新しい活物質開発につながります。
なお、この技術の詳細は、2023年8月31日に「Angewandte Chemie International Edition」によりオンライン公開されました。
太陽光や風力に代表される再生可能エネルギーは気象変化の影響を受け発電量が変動するため、エネルギーの供給と需要を調整する仕組みを導入することが必要です。課題解決に向けて定置用大型蓄電の利用検討が進められています。レドックスフロー電池は出力部と容量部が独立し、出力/容量設計の柔軟性が高く、大型化が容易である特徴があり定置用大型蓄電池の候補として期待されています。一方で、活物質は可逆的に酸化還元する金属イオンや有機分子に限られており、電解液コストやエネルギー密度に課題があります。
産総研では、レドックスフロー電池の開発に取り組み、活物資の開発を進めてきました。また、二酸化炭素をギ酸塩やメタノールなどに変換するための触媒技術開発にも取り組んでおり、世界でもトップレベルの触媒性能を持つイリジウム錯体を開発してきました(2012年3月19日、2021年1月14日 産総研プレス発表)。今回の技術開発では、これまで活物質に利用できなかった化合物でも、錯体触媒を介して酸化還元できれば活物質に利用できると着想しました。そこでモデル化合物として、安定かつシンプルな化合物の代表である二酸化炭素を選択し、触媒を介したレドックスフロー電池を実証することを目指しました。
本研究開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ2050「遷移金属触媒を基盤としたCO2変換に関する技術開発」(研究代表者:兼賀 量一)の支援を受けています。
実際に、イリジウム触媒を介した二酸化炭素とギ酸塩のレドックスを負極、マンガンの2価と3価のレドックスを正極に採用してレドックスフロー電池を構築することで、その充放電の実証に成功しました(図1左)。充電時には、負極で錯体触媒を介して二酸化炭素がギ酸塩へと還元され、正極でマンガンが2価から3価へと酸化されます。放電時には、負極で錯体触媒を介してギ酸塩が二酸化炭素へと酸化され、正極でマンガンが3価から2価へと還元されます。
図1 レドックスフロー電池の(左)充放電曲線と(右)サイクル特性
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
触媒構造や充放電条件の最適化を進めることで、少なくとも50回の充放電が可能となりました(図1右)。また、電池性能を示すクーロン効率は安定的に90%を超え、最大で1.5 Ah L-1の比放電容量が得られました。
今回の開発では、充放電中の錯体触媒の電子状態をin-situでのX線吸収分光測定を利用して解析し、錯体触媒が特異的に4価の高原子価状態で作用していることを明らかにしました。充電時には、錯体触媒が還元され、活性種として4価のヒドリド種が生成します(図2上段)。ヒドリド種が二酸化炭素を還元しギ酸塩が生成し、錯体触媒は再生されます。放電時にはギ酸塩からヒドリド種が生成し、ヒドリド種が酸化されることで、錯体触媒が再生されます(図2下段)。
図2 充放電時の錯体触媒の作用模式図
今回の成果は、これまで活物質に利用できなった化合物でも、触媒を応用して活物質化できる可能性を示しました。このような触媒技術をさまざまな化合物へと適用することで、レドックスフロー電池の性能向上に向けた新しい活物質開発が期待されます。
本研究では実証した原理に基づき、さまざまな化合物について活物質の可能性を探索します。また、レドックスフロー電池の大型化と実用化に必要な研究開発に取り組みます。
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:An Aqueous Redox Flow Battery Using CO2 as an Active Material with a Homogeneous Ir Catalyst
著者:Ryoichi Kanega, Erika Ishida, Takaaki Sakai, Naoya Onishi, Akira Yamamoto, Hiroki Yasumura, Hisao Yoshida, Hajime Kawanami, Yuichiro Himeda, Yukari Sato, Akihiro Ohira
DOI:10.1002/anie.202310976