国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター【研究センター長 吉野 彰】姫田 雄一郎 首席研究員、エネルギーキャリア基礎研究チーム 尾西 尚弥 主任研究員、省エネルギー研究部門【研究部門長 竹村 文男】エネルギー変換技術グループ 兼賀 量一 研究員らは、新規に設計した複核錯体触媒を開発し、低温低圧の温和な条件で二酸化炭素の水素化により高い選択性でメタノールの合成を可能とした。
今回開発した複核錯体触媒はイリジウム2個を含むイリジウム触媒であり、この触媒により30℃でも二酸化炭素の水素化反応が進行し、選択的なメタノール合成が可能になった。メタノール合成の障害要因を回避するために、これまでに産総研で行ってきた二酸化炭素の水素化触媒の開発研究の知見をもとにした触媒設計と反応場の選択により、既存の固体触媒に比べて極めて温和な条件で二酸化炭素をメタノールへと変換できることを見いだした。これらの成果から得られた知見によって、二酸化炭素の水素化によるメタノール合成の低温化のための触媒開発への貢献が期待できる。
本研究成果は、米国化学会が発行するJournal of the American Chemical Society誌に2021年1月13日(日本時間)にオンライン掲載された。
複核イリジウム触媒による二酸化炭素と水素からのメタノール合成
2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする政府の新たな目標に向けて、二酸化炭素を有用化学品へと変換するカーボンリサイクル技術の開発が喫緊の課題となっている。化成品原料や代替燃料として世界で年間およそ1億トン生産されているメタノールは、二酸化炭素から変換できる基幹物質(カーボンリサイクル技術ロードマップ 2019年6月経済産業省)として、以前から触媒開発が活発に行われている。しかし、従来の銅系固体触媒は、200℃以上の反応温度が必要であり、この反応温度では二酸化炭素とメタノールの間の平衡制約によって転化率が低いことに加え、一酸化炭素やメタンなどが副生する問題があった。このため、転化率や選択性向上のために、二酸化炭素からメタノール生成反応の低温化が技術課題となっている。
また、これまでに低温反応条件下でのメタノール合成を目指した固体触媒も開発されてきたが、詳細な活性点構造や反応機構の解明が困難であったため、論理的な触媒設計や精密な触媒合成は行われてこなかった。一方、精緻な触媒設計に基づく触媒合成が可能な錯体触媒による比較的低温条件下(150-80℃)でのメタノール合成も報告されているが、液相に触媒が溶解した均一系反応であるため生成物と触媒の分離が実用化に向けた障害となっていた。
産総研では、以前から二酸化炭素の水素化触媒の開発に取り組み、水中常温常圧条件で二酸化炭素と水素からギ酸塩を合成できるイリジウム触媒を開発した(産総研プレス発表、2012年3月19日)。また、スイス連邦工科大学ローザンヌ校と共同で、これらのイリジウム触媒を用いて、水中高圧条件で二酸化炭素からメタノールの合成を行った。しかし、メタノールの生成量が限られていたため、触媒の活性点構造や反応機構を詳細に調べて、メタノール合成の障害要因の解明に取り組んできた。
今回、活性点となるイリジウム金属を複数もつイリジウム錯体触媒を用いて、低温低圧の温和な反応条件で、高選択性のメタノール合成技術の開発に取り組んだ。
なお、今回の研究開発は、経済産業省の委託事業 革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業「CO2を利用した水素製造・貯蔵技術-二酸化炭素の再資源化技術によるクリーン水素キャリアシステム-」(研究代表者:姫田 雄一郎)および国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ2050「遷移金属触媒を基盤としたCO2変換に関する技術開発」(研究代表者:兼賀 量一)の支援を受けて行った。
メタノールは、二酸化炭素1分子と3つの水素分子が段階的に反応して、水を伴って生成する。既存の固体触媒では、通常200℃以上、2 MPa以上の反応条件が必要であった。しかし、反応系全体では熱力学的に有利な反応であるため、適切な触媒開発により温和な条件での反応が可能と考えられる(図1)。今回、二酸化炭素の水素化反応によるメタノール合成の障害となる要因を解明し、ガス相中で固体状態の複核イリジウム触媒を用いて、従来にない低温低圧条件で高い選択性でメタノールを合成できる触媒プロセスを実現した。
図1 今回開発した複核イリジウム触媒と既存触媒との反応条件の比較
まず、分子内に活性点である金属を1個もつ単核イリジウム錯体触媒を用い、水中で反応させる従来の触媒プロセスでは、わずかにギ酸が生成したが、メタノールは検出できなかった。これは、二酸化炭素と1つ目の水素分子との反応によるギ酸の生成が、平衡による制約のため生成量が限られていたため、その後の水素化反応が進まないと考えた。そこで、複数の活性点による二酸化炭素の連続的な水素化を図って、イリジウム金属を2個持つ複核イリジウム触媒を新たに開発した。その結果、水相で複核錯体触媒を用いると、温和な条件でもメタノールの生成が確認できた(図2)。しかし、溶媒である水分子の活性点への配位との競争反応があるため、メタノールの生成量はわずかであった。
図2 (a)複核イリジウム触媒の活性点である2つのイリジウム金属中心による二酸化炭素の連続的な水素化によるメタノール生成、(b)触媒と反応形態の違いによる生成量の比較(反応温度:60℃、反応時間:15 h)
そこで、複核イリジウム触媒を、従来の液相に溶解する均一系触媒プロセスでなく、固体状態のままガス相(水素と二酸化炭素の混合ガス)での反応を試みたところ、メタノール生成量は30倍増加した。反応時間の経過とともに、メタノール生成量は直線的に増加した(図3a)。また、メタンや一酸化炭素は検出されなかった(図3b)。炭素同位体13Cを含む二酸化炭素を供給すると、相当する分子量33のメタノールが得られたことから、供給する二酸化炭素からメタノールが生成していると確認できた。また30℃の低温条件、あるいは0.5 MPaの低圧条件でも触媒反応によって二酸化炭素をメタノールに変換できた。
図3 (a)メタノール生成量の経時変化(反応温度:60℃) (b)ガスクロマトグラフィーによる生成物の分析(上のチャートは比較のためのメタノールの参照サンプル)
今回開発した複核イリジウム触媒では、活性点となる2個のイリジウム金属を分子内に適切に配置することが重要であり、イリジウム同士が近すぎても離れすぎても触媒活性が低下する。また、単核イリジウム触媒では、メタノールの生成は検出できなかったことは、今回開発した複核イリジウム触媒の複数の活性点による二酸化炭素への連続的な水素化によって効率よくメタノールが生成したことを強く示唆している。
さらに、生成したメタノールは主にガス相に存在するために回収が容易であり、二酸化炭素と水素を再充填すれば触媒を再利用できる。5回の再利用試験では触媒性能の顕著な劣化は見られず、合計の触媒回転数は100回を超えた。このような触媒システムは、フロープロセスへの適用が可能であり、容易に実用化に結びつけることができる。
今回の成果は、二酸化炭素からのメタノール合成を低温・低圧化するための触媒開発の基盤的な知見を提供した。今後カーボンリサイクルの基幹物質であるメタノール製造プロセスの高効率な触媒開発への貢献が期待される。
今後は、触媒のさらなる高性能化と低コスト化を目指す。また、メタノールの生産性をより向上させるため、フロープロセスを開発し実用性の高い触媒プロセスの開発を進めていく。