- 産業廃水や都市下水の処理プロセスから採取した600個のサンプルの炭素や窒素の濃度、およびゲノム解析で微生物群の機能を解明
- 活性汚泥中に共通して存在する微生物群の中から、14科に分類される捕食・寄生性細菌を特定
- 捕食・寄生作用などの微生物の機能解析で廃水処理を高度化
各種の活性汚泥プロセスに共通する微生物叢を明らかにした研究成果の概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門 微生物生態工学研究グループ 黒田 恭平 研究員、成廣 隆 研究グループ長らは、環境創生研究部門 羽部 浩 副研究部門長、堀 知行 上級主任研究員ら、ならびに国立大学法人 長岡技術科学大学技学研究院 環境社会基盤系 幡本 将史 准教授、技術科学イノベーション系 山口 隆司 教授らと共同で、国内の産業廃水ならびに都市下水処理施設で運転されている7つの活性汚泥プロセスから、3年間にわたり繰り返し採取したのべ600個の複合微生物試料について、その微生物叢データを解析しました。その結果を基に、全プロセスに共通して存在する微生物群を特定し、それらのゲノム情報から捕食あるいは寄生作用を有する微生物群が多数含まれることを見出しました。
廃水処理プロセスでは、細菌よりも進化している原生動物が、細菌などを捕食する作用は広く知られていますが、細菌間で起こっている捕食や、細菌による細菌への寄生といった現象についてはよく知られていませんでした。この研究では、さまざまなタイプの廃水を処理する活性汚泥プロセスから取得した微生物叢を解析し、その多様性や代謝機能を知るためのデータを得ました。解析の結果、捕食・寄生性の細菌が廃水処理の安定化に寄与していることを発見しました。
なお、この成果は、2023年8月13日に国際水協会(International Water Association)のオープンアクセス誌「Water Research X」にオンライン掲載されました。
近年、SDGsを背景にバイオエコノミー社会の構築やカーボンニュートラルの達成に向けた取り組みが世界規模で進められています。それらの鍵となる循環型社会を実現するためには、ある製品の開発、生産、加工、流通、販売、消費からなるバリューチェーンの各段階において生じる廃水や廃棄物を効率的に処理できる技術の創出が求められています。さらに、内閣府の「バイオ戦略」では、産業活動から生じる廃水や廃棄物からの付加価値を有する物質・素材への転換などを図る高付加価値化技術の開発や、廃水や廃棄物による環境問題を克服する炭素循環サイクルの確立が将来の社会像として掲げられています。
現在、産業廃水や都市下水を処理するための技術として、活性汚泥プロセスが広く普及しています。活性汚泥プロセスでは、数千〜数万種とも言われる多種多様な微生物からなる微生物叢の働きによって、廃水に含まれる有機物の分解や窒素成分の除去が行われています。しかし、それぞれの微生物が担う役割や、微生物同士の関係性については十分に理解されていませんでした。
産総研では、内閣府のバイオ戦略が目指す2030年のバイオエコノミー社会の実現のため、素材の開発と高機能化・製造・分解性評価・廃水処理といった一連の研究を組み合わせた「循環型社会を目指した生物資源利用技術」の社会実装を目指しています。これまでに、生物学的廃水処理の主役である微生物の機能に着目し、「ペットボトル原料製造過程における難分解性廃水の効率的な処理に成功」(2022年5月13日 産総研プレス発表)や、「PET関連物質を酸素の無い環境で分解する微生物を発見」(2022年7月11日 産総研プレス発表)に取り組んできました。
今回発表する研究では、産業廃水や都市下水の処理において広く利用されている活性汚泥プロセスを対象として、3年間にわたり収集したのべ600サンプルの微生物叢データを比較することで、それぞれの活性汚泥の微生物生態系に共通して存在する微生物を特定し、廃水に含まれる全炭素・全窒素濃度との関連を調べました。さらに、微生物同士の捕食や寄生といった相互作用をもつ微生物が共通微生物群に多く含まれていることに着目し、それら微生物の機能をショットガンメタゲノム解析により解明しました。
なお、本研究開発は、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(管理法人:農研機構生研支援センター)の下で実施しました。
本研究の3年間のプロジェクト実施期間で、産業廃水ならびに都市下水処理施設で稼働している7つの活性汚泥プロセスから、のべ600個の活性汚泥試料を採取して微生物叢のデータを取得しました。これまでに報告されている廃水処理プロセスの微生物叢に関する研究は主に都市下水処理施設を対象として行われてきました。それとは異なり、今回の試料の9割以上は、これまで報告が少ない産業廃水を処理する活性汚泥プロセスから採取した試料です。そのため、従来あまり知られていない廃水処理微生物群を評価できます。
分析対象の微生物叢データは、16S rRNA遺伝子のPCR増幅産物を標的とする群集構造データと、すべての遺伝子を標的とするショットガンメタゲノムデータです。600個の活性汚泥微生物からの群集構造データを整理したところ、935科にも上る多様な微生物が検出されました。これらの微生物群のうち、平均存在量が0.1%以上の微生物を「共通微生物群」として定義したところ、7つすべての活性汚泥プロセスで106科の微生物が共通して検出されました。これら106科の共通微生物群の存在量の合計は全体の微生物種の9割以上を占めており、今回対象とした活性汚泥の微生物生態系の大部分を評価できることがわかりました。
これまでも、世界各地の廃水処理プロセスから数多くの微生物群集構造データが収集されてきました。しかし、微生物群の多様性と処理状態との関連性についての知見が不足していたことから、微生物の役割の十分な理解にはさらに研究する必要がありました。そこで本研究では、600サンプルすべてについて、処理性能に関連すると考えられる全炭素濃度と全窒素濃度を同時に分析し、共通微生物群との相関分析を行いました。その結果、有機物除去や窒素除去と相関の高い微生物、汚泥浮上などの処理性能の悪化に関与することが知られている微生物、そして、微生物同士の捕食や寄生といった性質が報告されている微生物が共通微生物群に含まれていることを見出しました(図1)。
図1 活性汚泥サンプルの微生物群集構造データ解析の概要
活性汚泥プロセスは産業廃水や都市下水の処理に広く利用されています。しかし、廃水の浄化に伴い好気性微生物が増殖することで余剰菌体(余剰汚泥)が大量に生じるため、その低減と有効活用が一つの課題になっています。現在、このような余剰菌体の一部は、メタン発酵プロセスを使いバイオガスや堆肥として利用されていますが、それ以外は脱水後に焼却処理されているのが現状です(参考:2023年4月5日 産総研マガジン「微生物工学とゲノム解析で廃水処理に革新を起こす」)。近年、余剰菌体そのものの発生量を低減することを目指し、活性汚泥プロセス内の微生物の捕食や寄生といった現象に着目し、余剰菌体の減容を目指した研究報告が増えてきていますが、捕食・寄生微生物を分離して培養することは難しく、その生態学的な役割を知ることはできていません。
今回の研究で特定した活性汚泥プロセスにおける共通微生物群には、デロビブリオノータ門、ミクソコッコータ門、パテシバクテリア候補門に分類される既知の捕食・寄生性細菌に近縁な機能未知の微生物群が14科含まれていました。また、水質データとの相関分析の結果からは、廃水の全炭素濃度や全窒素濃度が低い条件においてこれらの微生物群の存在量が増加することが明らかとなり、低栄養条件で他の微生物を捕食、あるいは他の微生物に寄生することにより栄養源を確保していることが示唆されました。さらに、活性汚泥試料を構成する微生物叢の全遺伝子を対象とするショットガンメタゲノム解析を実施し、1,184個の廃水処理微生物由来のドラフトゲノム情報を取得しました。そのうち捕食・寄生性細菌由来であると考えられる142個のゲノム情報に基づき、デロビブリオ科、ミクソコッカス科、パテシバクテリア候補門に分類される共通微生物群に捕食・寄生能力を持つことが推定されました(図2)。
図2 ゲノム解析で予測された未知の共通微生物群の捕食・寄生機構
このように本研究では、活性汚泥プロセスの微生物叢データと水質データを照らし合わせて解析したことにより、異なる廃水を処理するプロセスであっても共通して存在する微生物群を特定するとともに、それに含まれる細菌には捕食・寄生の機能を有することをゲノムレベルで明らかにしました。本研究の成果は、廃水処理技術の課題となっている安定した効果的な処理や余剰菌体の低減に向けた技術開発につながります。
今後は、捕食・寄生性細菌を含む共通微生物群のゲノム情報などに基づき、活性汚泥プロセスを用いた廃水処理の高度化に向けた微生物叢の制御技術の確立や、さまざまな廃水種を効率的に分解浄化することができる環境調和型プロセスの創出を目指し、バイオエコノミー社会の構築に貢献します。
掲載誌: Water Research X
論文タイトル: Metabolic implications for predatory and parasitic bacterial lineages in activated sludge wastewater treatment systems
著者:Kyohei Kuroda*, Shun Tomita, Hazuki Kurashita, Masashi Hatamoto, Takashi Yamaguchi, Tomoyuki Hori, Tomo Aoyagi, Yuya Sato, Tomohiro Inaba, Hiroshi Habe, Hideyuki Tamaki, Yoshihisa Hagihara, Tomohiro Tamura, Takashi Narihiro* (*両著者はこの研究の共同責任著者)
DOI:doi.org/10.1016/j.wroa.2023.100196