産業技術総合研究所【理事長 石村和彦】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 原重樹】 電子顕微鏡グループ 古賀健司 主任研究員、触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤一彦】 革新的酸化チーム 洪達超 主任研究員は、物質・材料研究機構【理事長 橋本和仁】(以下「NIMS」という)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 石原伸輔 主幹研究員と共同で、植物ホルモンのひとつであるエチレンを、従来とは違う方式で、選択的に検出する試作機を開発した。本試作機は、ポータブルで、簡単な操作により、青果物(野菜や果物)の品質管理で鍵となるエチレンガスの濃度を貯蔵や物流時に容易に測定できる。
この技術の詳細は、2021年9月9日の科学技術振興機構(JST)の新技術説明会(オンライン開催)および2021年10月13~15日のパシフィコ横浜(神奈川県横浜市)で開催されるBioJapan 2021にて発表される。
エチレンセンサーの試作機
青果物(野菜や果物)は、収穫後も呼吸を続けており、さまざまな植物ホルモンを発生させる。その中で気体状のエチレンは、青果物の成熟や老化を促進する作用をもたらし、その発生量と作用の大きさは青果物の種類により異なる。このため、倉庫内での貯蔵や、果実の追熟による出荷時期調整などにおいて、エチレン濃度のモニタリングは、青果物の食べごろの提示やフードロス削減に直結し重要である。しかしながら、これまでは、エチレンを選択的に計測可能な小型・安価なセンサー装置が存在していなかった。
産総研とNIMSは共同で、エチレンの選択的検出について、新しい原理による研究に取り組んできた(2020年5月12日 産総研プレス発表) 。しかし、その取り扱いには専門技術や研究用計測器が必要であり、技術の社会実装に課題があった。今回、このギャップを埋めるために、誰でも簡単に使えるエチレンセンサーの試作機を開発した。なお、本研究開発は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 官民による若手研究者発掘支援事業「フードロス削減を志向した小型エチレンセンサの開発(2020~2022年度)」による支援を受けて行われた。
本試作機は、図1に示すとおり、2つのカーボンナノチューブ(CNT)センサー(参照センサーと検出センサー)をホイートストンブリッジ回路に組み入れることで、参照センサーに対して、検出センサーに電位差が生じたときにエチレン検出を行うものである。おのおののセンサーへ通じる流路には触媒層が設置されており、検出センサーへ通じる流路の触媒層を、エチレンに不活性な触媒層から、エチレンに活性がある触媒層へ切り替えを行うことによって、空気中にエチレンが存在した場合に電位差計が応答する仕組みとなっている。ユーザーによる正面パネルの簡単な操作で、エチレン濃度を測定することができる。
本試作機は、新しいエチレンの検出原理に基づくものであり、既報(2020年5月12日 産総研プレス発表)のとおり、エチレンは触媒層によってアセトアルデヒドに変換され、アセトアルデヒドはアミン塩試薬と反応し塩酸ガスを発生させ、CNTセンサーの抵抗値を減少させるものである。なお、既存のセンサーでは、共存ガスの影響により誤検知が起こる場合があるが、図1の本試作機の検出方式では、流路切り替え前に共存ガスを含めた外乱による影響をキャンセルし、流路切り替え操作による電位差の変化を確認することで、確実なエチレン成分の検出が可能である。
図2に、空気(相対湿度50%)中に含ませた2.0 ppmのエチレンのテストガスを検出中の信号表示部を示す。流路切り替えによって電位差は時間とともに直線的に増加する。図3は、さまざまなエチレン濃度のテストガスを使用して得られた、エチレン濃度と流路切り替え5分後の電位差上昇値との関係である。この校正線を用い、例えば青果物倉庫内など、対象とする環境での電位差上昇値を測定することにより、エチレン濃度を推定することができる。本試作機のエチレン検出下限は0.2 ppm程度、上限は100 ppm程度である。
図1 エチレン検出方式の概略図
図2 エチレン2.0 ppmを検出中の信号表示部(横軸は時間、縦軸は電位差)
図3 エチレン濃度と流路切り替え5分後の電位差上昇値との関係
今後、本試作機を企業へとレンタルすることで実地検証を進め、将来的な社会実装を目指す。また、現状では定期的な校正が必要であるため、長期安定性の向上を目指してセンサー材料の改良を継続する。