1.NIMSおよび産総研は、植物ホルモンであるエチレンを常時モニタリングできる小型センサを開発しました。エチレンは野菜や果物の熟成を促進させますが、過剰に存在すると腐敗を進行させてしまいます。本小型センサによってエチレンの常時モニタリングを行えば、野菜や果物の最適な輸送・保存管理が可能となり、食べ頃の調整や、フードロスの削減などにつながると期待されます。
2.エチレンは野菜や果物から放出されるガス分子で、野菜や果物の熟成を促進させる植物ホルモンです。保存庫内にエチレンを添加することで、人為的に野菜や果物の熟成を促すこともでき、エチレンの濃度を常時モニタリングして熟成の進行を予測すれば、最適な輸送・保存管理につながります。そのため、農業・食品業界では安価で小型なエチレンセンサが切望されています。しかし現在市販されているエチレン検出用の小型センサは、その多くが高温状態(200〜300 ℃)で駆動させる必要があり、センサ材料表面が高い活性を持つため他の還元性ガス分子(アルコール、メタンなど)とも反応してしまい、エチレンの選択的な検出が難しいことが課題でした。
3.本研究では、エチレンを選択的にアセトアルデヒドに変換する高活性触媒と、アセトアルデヒドと反応して酸性ガスを発生する試薬、そして酸性ガスを高感度に検出する単層カーボンナノチューブ(SWCNT)で修飾した電極の三要素を組み合わせることで、エチレンを選択的かつ高感度に検出できる小型センサを開発しました(図1)。高活性触媒は、エチレンを含む空気を通過させるだけで、エチレンをアセトアルデヒドに変換でき、繰り返し利用可能です。しかも室温付近(40 ℃)で駆動するため、高温に維持する必要がなく低消費電力で動作可能という点でも小型センサに適しています。アセトアルデヒドと試薬の反応で発生した酸性ガスは半導体SWCNTに対して強い電子引き抜き剤として働くため、SWCNTの電気抵抗値を変化させます。この仕組みにより、僅か0.1 ppmのエチレンを高感度かつ高選択的に電気抵抗の変化としてモニタリングすることに成功しました。例えば、バナナとキウイフルーツの熟成(追熟)に用いられるエチレンの濃度は、それぞれ約500 ppmと約10 ppmですので、本センサで十分に対応できます。
図1.開発したエチレンセンサ
4.本エチレンセンサは小型かつ省電力であり、情報(ビックデータ)を集積・ネットワーク化するためのセンサデバイスを低コストで設置することが可能となり、農業・食品業界においてSociety 5.0の実現に向けた取り組みを推進することができると考えています。さらに、別の高活性触媒を設計し、エチレン以外のガス分子に対応する小型センサの開発も進めています。
5.本研究は、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の石原伸輔主幹研究員と、産総研 触媒化学融合研究センターの洪達超研究員、及び産総研 ナノ材料研究部門、インド工科大学マンディー校の研究者らによって行われました。本研究成果は、2020年5月11日(米国東部時間)に米国化学会の学術誌「ACS Sensors」のオンライン版で公開されます 。
エチレン(CH2=CH2)は、野菜や果物から放出されるガス分子で、野菜や果物の熟成を促進させる植物ホルモンです。また、野菜や果物の保存庫内にエチレンを添加して熟成(追熟)を促すこともでき、バナナやキウイフルーツなどに広く用いられています。しかしながら、エチレンが過剰に存在すると熟成が進みすぎて、腐敗を進行させてしまいます(図2)。
エチレンの濃度を常時モニタリングして熟成の進行を予測すれば、最適な輸送・保存管理につながることから、農業・食品業界では安価で小型なエチレンセンサが切望されています。しかしながら、エチレンを高感度かつ高選択的に検出するためには、現在のところ、ガスクロマトグラフィーなどの高価で大型な装置が必要です。一方、半導体材料(1)を用いて、電気化学的にエチレンを検出する小型センサが市販されていますが、他の還元性ガス分子(アルコールやメタンなど)に誤応答してしまうことが課題です。これは、半導体センサは一般的に高温状態(200〜300 ℃)で駆動するため、センサ材料表面が高い活性を持ち、ほとんどの還元性ガスと反応し、エチレンガスを選択的に検出し難いことが原因です。
図2.エチレンによる果物の熟成
本研究では、エチレンを選択的にアセトアルデヒドに変換する高活性触媒(Pd-V2O5-TiO2)と、アセトアルデヒドと反応して酸性ガスを発生する試薬(NH2OH∙HCl)、そして酸性ガスを高感度に検出する単層カーボンナノチューブ(SWCNT)(2)を担持した電極の三要素を組み合わせることで、エチレンを選択的かつ繰り返し高感度に検出できる小型センサを開発しました(図3)。アセトアルデヒドと試薬の反応(CH3CHO + NH2OH∙HCl → CH3CH=NOH + H2O + HCl)で発生した酸性ガス(HCl)は半導体SWCNTに対して強い電子引き抜き剤として働くため、SWCNTの電気抵抗値を変化させます。この仕組みにより、僅か1 ppm(3)のエチレンを僅か5分の短い時間で高感度かつ高選択的にモニタリングすることに成功しました。例えば、バナナとキウイフルーツの熟成(追熟)に用いられるエチレンの濃度は、それぞれ約500 ppmと約10 ppmですので、本センサで十分に対応できます。本センサの感度(1 ppmのエチレンに対して、約10%の電流変化量)は世界最高レベルであり、5分間の測定における検出限界は0.2 ppm、15分間の測定では0.1 ppmでした。この高感度化には、産総研が以前開発した半導体SWCNTの分離精製技術が生かされています。なお、ひとつのセンサに用いられるSWCNTはごく僅かであり、1グラムのSWCNTから数百万個のセンサが作製可能です。
図3.(A)エチレンセンサの原理(B)エチレンに対する繰り返し応答(C)エチレン濃度と応答の関係
本研究の達成には、センサ用途に最適化された高活性触媒が重要な役割を果たしています(図4)。高活性触媒は、ガラス管に詰められた粉末状の固体材料(Pd-V2O5-TiO2)で、エチレンを含む空気を通過させるだけで、空気中に含まれる酸素と水を基質とした環境に優しい触媒反応(Wacker反応(4))によって、エチレンをアセトアルデヒドに変換できます。ppmレベルのエチレンを通過させると、ほぼ全てのエチレンがアセトアルデヒドに変換されることを確認しました。高活性触媒は繰り返し利用可能であるとともに、室温付近(40 ℃)で駆動するため、高温に維持する必要がなく低消費電力で動作可能という点でも小型センサに適しています。高活性触媒に含まれるパラジウム(Pd)は貴金属ですが、ひとつのセンサに用いられる量は僅か0.8ミリグラム程度で、現在の価格に換算すると10円以下です。
図4.エチレンをアセトアルデヒドに変換する高活性触媒(Pd-V2O5-TiO2)
本センサは、エチレンを選択的に識別することができます。図5Aに示すように、1 ppmおよび10 ppmのエチレンに対しては電流値が増加しますが、一般的な有機分子からなるガス(メタン・トルエン・クロロホルム・テトラヒドロフラン・アセトニトリル)に対しては電流値が僅かに減少するだけであり、エチレンと容易に識別することができます。
10 ppmのエチレンと10 ppmのアセトアルデヒドは同等の応答を示しますが(図5A)、これはアセトアルデヒドと酸性ガスを発生する試薬(NH2OH∙HCl)が直接反応するためです。ここで、高活性触媒を省いたセンサを追加で用意して応答を比較すると、アセトアルデヒドには両方のセンサが応答するのに対して、エチレンには高活性触媒を用いた側のセンサしか応答しません(図5B)。これにより、エチレンとアセトアルデヒドを明確に識別することができます。
また、1 ppmのエチレンと500 ppmのエタノールも同様の応答を示しますが、これはエタノールの一部が高活性触媒上で酸化されて、アセトアルデヒドが生成しているためです(図5A)。ここで、パラジウムを含まない触媒(V2O5-TiO2)を用いたセンサを追加で用意して応答を比較すると、エタノールには両方のセンサが応答するのに対して、エチレンには高活性触媒を用いた側のセンサしか応答しません(図5C)。これにより、エチレンとエタノールを明確に識別することができます。
図5.エチレンへの選択性(A)エチレンと他のガス分子への応答(B)エチレンとアセトアルデヒドの識別(C)エチレンとエタノールの識別
本小型センサを用いてエチレンの常時モニタリングを行えば、野菜や果物の最適な輸送・保存管理によって、食べ頃の調整や、フードロスの削減などが可能になると期待されます。また、多くの小型エチレンセンサから集まる情報(ビックデータ)を集積・ネットワーク化することにより、農業・食品業界においてSociety 5.0(5)の実現に向けた取り組みを推進することができると考えています。さらに、別の高活性触媒を設計し、エチレン以外のガス分子に対応する小型センサの開発も進めています。
題目:Cascade Reaction-based Chemiresistive Array for Ethylene Sensing
著者:Shinsuke Ishihara* (NIMS), Ashish Bahuguna (IIT-Mandi, NIMS), Suneel Kumar (IIT-Mandi, NIMS), Venkata Krishnan (IIT-Mandi), Jan Labuta (NIMS), Takashi Nakanishi (NIMS), Takeshi Tanaka (AIST), Hiromichi Kataura (AIST), Yoshihiro Kon (AIST) and Dachao Hong* (AIST)
雑誌:ACS Sensors
掲載日時:米国東部時間2020年5月11日
DOI : 10.1021/acssensors.0c00194
本研究は、日本学術振興会・科研費(18H02016)、科学技術振興機構・CREST(JPMJCR16Q2/JPMJCR18I5)、日本学術振興会・卓越研究員事業、NIMS微細構造解析プラットフォーム、およびNIMSインターンシッププログラムの支援を受けて行われました。