発表・掲載日:2021/06/25

ナノ構造制御した固体酸化物形燃料電池(SOFC)用高性能電極を開発

-世界最高レベルの発電性能を実現-

ポイント

  • SOFC用空気極の構造をナノメートルスケールで制御して高性能化を実現
  • 高性能空気極の性能を活かすSOFC単セルの作製技術を開発し発電性能で世界最高レベルを達成
  • SOFCシステムの小型化と製造コスト削減に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター【研究センター長 吉野 彰】電気化学デバイス基礎研究チーム バガリナオ カテリン 主任研究員、岸本 治夫 研究チーム長、省エネルギー研究部門【研究部門長 堀田 照久】エネルギー変換技術グループ 山地 克彦 研究グループ長、石山 智大 主任研究員、極限機能材料研究部門【研究部門長 松原 一郎】固体イオニクス材料グループ 島田 寛之 主任研究員は、複数企業と戦略的共同研究を行う固体酸化物エネルギー変換先端技術コンソーシアム(ASEC)での取り組みにおいて、ナノ構造制御した高性能空気極を開発した。さらにそれを搭載した固体酸化物形燃料電池(SOFC)単セルは、世界最高レベルの発電性能を示した。

SOFC単セルには、パルスレーザー堆積法(PLD法)を用いて作製した自己組織化ナノ複合空気極(以下、「ナノ複合空気極」)に加え、空気極の性能を十分に発揮するために開発した、ナノ柱状多孔質集電層、ナノ複合化燃料極機能層を搭載し、700 ℃で4.5 W/cm2以上という世界最高レベルの出力密度を達成した。この成果は、SOFCセルスタックの小型化、製造コスト削減に貢献する。

この成果の詳細は、オープンアクセスの学術誌「Nature Communications」(電子版)に2021年6月25日付で掲載される。

概要図

世界最高レベルの発電性能を実現した燃料極支持型SOFC単セルの概略図:赤字が今回開発した材料


開発の社会的背景

SOFCは、他の燃料電池と比較して発電効率が高く、家庭用や業務用の燃料電池コージェネレーションシステムとして既に市販化されている。最近では、発電容量のより大きい用途や高い発電効率を活かしたモノジェネレーションシステムへの利用も進められている。

SOFCの普及には、システムの大きさや製造コストが課題である。SOFC単セルの発電性能を向上できれば、同じ発電容量の従来のSOFCシステムと比較して、使用するSOFC単セルの数を削減することができ、小型化や低コスト化が見込まれる。

 

研究の経緯

産総研では、2016年に複数企業と戦略的共同研究を行うASECを設立し、SOFCの先端技術の創成に取り組んできた。産総研の持つ基盤技術を活用し、SOFCの出力密度で3 W/cm2以上を目指した材料開発、セル化技術開発を開始した。これは、従来の一般的な出力密度の10倍以上である。

ASECにおいて、セルの出力密度の向上を目的に、電極反応抵抗の小さい新たな空気極の開発に取り組んだ。また、高出力セルの作製においては、量産技術として用いられる、押出成形法やテープ成形法での燃料極基材作製技術、ディップコーティングやスクリーン印刷での成膜と焼成による電解質層作製技術などを活用し、高出力化に対応できる燃料極支持型SOFC単セル(概略図参照)の開発を進めた。

 

研究の内容

今回開発した高出力SOFC単セルには、ASECにおいて産総研で新規開発した複数の部材(概略図中赤字)を活用している。

空気極:自己組織化ナノ複合空気極(ナノ複合空気極)
従来のSOFC空気極材料では、単一のランタン-ストロンチウム-コバルト-鉄複合酸化物(LSCF)、またはLSCFと酸化物イオン伝導体であるセリア系酸化物(例えばガドリニアドープセリア、GDC)との混合物の多孔質焼成体が一般に用いられており、粒子径は数百nm ~ 1 μm程度である。
今回産総研では、PLD法を用いてLSCFとGDCの2種類の材料がナノメートルスケールで交互に配置された新しい構造を持つナノ複合空気極を作製することに成功した。図1には従来の多孔質空気極とナノ複合空気極の模式図、およびナノ複合空気極の電子顕微鏡像、元素分析マッピング像を示した。開発したナノ複合空気極では、数十nm程度の太さの柱状構造の中に、さらに数nmの幅でLSCF相とGDC相が分離して縞状に存在している。作製したナノ複合空気極は、あとで示すナノ柱状多孔質集電層との組み合わせにより、世界最小レベルの電極反応抵抗率、0.01Ω/cm2を達成した。

図1

図1 開発した自己組織化ナノ複合空気極の概略図および分析結果

燃料極機能層:ナノ複合化燃料極機能層
燃料極支持体と電解質の間には水素の酸化反応を速やかに進めるため、粒子径が支持体よりも微細なサブミクロン程度のニッケル酸化物(NiO)とイットリア安定化ジルコニア(YSZ)の混合物を用いた燃料極機能層が一般的に用いられる。今回の高出力セルでは、噴霧熱分解法を用いることで、10 nm程度のNiOとYSZの一次粒子が凝集し二次粒子化した粉末を作製し、燃料極機能層に用いた。この層はセル全体の抵抗低減効果とともに、緻密な薄膜電解質の形成にも重要な役目を果たした。

空気極集電層:ナノ柱状多孔質集電層
電極反応を速やかに進めるためには、反応場への電子の供給が必要であり、空気極上には通常1μm程度の粒子径からなる集電層を設ける。ナノレベルで形態制御したナノ複合空気極の性能を十分に引き出すには、電極全体を有効に働かせるため数十nm程度の領域ごとに電気的な接続が必要である。今回のセルでは新たにPLD法を用いてランタン-ストロンチウム-コバルト複合酸化物(LSC:La0.6Sr0.4CoO3)のナノ柱状多孔質集電層を開発した。

これらの新規材料を搭載した単セルの発電試験結果を図2に示す。出力密度として、世界最高レベルの700℃で4.5 W/cm2以上、600℃でも1.5 W/cm2を達成した。SOFCセルの一般的な作動電圧である0.8 Vでは3 A/cm2(700℃)の電流密度であり、従来の一般的なセルの0.3~0.5 A/cm2と比較して、約6~10倍の電流値を実現している。この技術を用いれば、従来システムと比べて、セル枚数を10分の1程度にできると見込んでおり、コストの大幅削減、システムの小型化に寄与できる。

図2

図2 作製した単セルによる発電試験結果

 

今後の予定

今回開発した自己組織化ナノ複合空気極材料については、2021年6月から開始した固体酸化物エネルギー変換先端技術コンソーシアム第2期(ASEC-2)において、構造の安定化による電極の長寿命、高信頼性化を目指すとともに、量産化への適応性の検討などを進める予定である。また、開発した各部材を実用セルへ搭載する技術についても早期実用化を図る。


用語の説明

◆固体酸化物エネルギー変換先端技術コンソーシアム(ASEC)
固体酸化物エネルギー変換先端技術コンソーシアム(ASEC)は、固体酸化物を使った革新的なエネルギー変換デバイス実現を目指し、企業8社、大学・研究機関4機関と産総研の共同研究体(コンステレーション)として共同研究を進めている。固体酸化物形燃料電池(SOFC)や高温水蒸気電解(SOEC)を中心として、次世代のための革新材料、革新セルスタック技術を開発するとともに、2030年、2050年を目指して当該技術が社会実装された世界を描く戦略シナリオを議論している。
今回の研究開発はASECプライマリ会員(大阪ガス株式会社、京セラ株式会社、株式会社デンソー、森村SOFCテクノロジー株式会社、三浦工業株式会社、産総研の6企業・機関)で取り組む革新材料プロジェクト、革新セルスタックプロジェクトにおいて、産総研の持つ基盤技術をもとに得られた成果である。[参照元へ戻る]
◆固体酸化物形燃料電池(SOFC)
セラミックスを材料に用いた高温作動タイプの燃料電池。SOFCでは、酸化物イオン(O2-)を輸送する材料を電解質として用い、電解質の両面に空気極と燃料極がそれぞれ配置する。空気極側では空気中の酸素と電子が結び付き酸化物イオンになる反応が、燃料極側では燃料と酸化物イオンが結び付いて電子が生成する反応(水素が燃料の場合には、水蒸気と電子の生成)が起きることで発電する。通常運転温度は700℃以上である。他の燃料電池と比べて発電効率が高いことが特徴。[参照元へ戻る]
◆単セル
燃料電池の構成単位の一つ。一般には、電解質の両面に空気極と燃料極がそれぞれ配置された一組を表す。出力を大きくするために複数の単セルを積層したものをスタックと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆パルスレーザー堆積法(PLD法)
真空チャンバー内で高出力レーザーを照射して対象の材料(ターゲット)を一気に蒸発させることで、組成の制御された高結晶性の薄膜を形成する物理蒸着法。[参照元へ戻る]
◆自己組織化ナノ複合空気極
ナノスケールで異種材料の混在状態を実現した新規な空気極。PLD法において、異種材料ターゲットを同時に蒸発させ、基板上での製膜過程において異種材料の選択的かつ規則的な結晶成長現象を利用して作製することから、「自己組織化(self-assembled)」という言葉を用いた。製膜条件などで自己組織化構造を制御することもできる。今回作製した自己組織化ナノ複合材料では、一般的に電極反応活性が高いとされる電極(LSCF)-電解質(GDC)-ガスからなる三相界面がナノレベルで高密度に存在することで高い性能を実現したと考えられる。[参照元へ戻る]
◆ナノ柱状多孔質集電層
SOFCの空気極反応においては、酸素分子は電子と反応し酸化物イオンとなる。電極反応を速やかに進めるためには、反応場への電子の供給も重要である。集電層は電極反応場へ速やかに電子を供給する役目を果たす。今回、SOFC用空気極材料として用いられる(La,Sr)CoO3(LSC)をターゲット材料として、PLD法を用い基板上に数十nm程度の太さの柱状構造が疎な状態で堆積した薄膜を作製した。[参照元へ戻る]
◆セルスタック
SOFC単セル1枚では1 V程度の電圧しか得られないため、実際のSOFCシステムでは単セルを複数枚束ねてセルスタック化してシステムが構成される。[参照元へ戻る]
◆コージェネレーションシステム
燃料から電力と熱の2種類のエネルギーとして取り出すシステム。[参照元へ戻る]
◆モノジェネレーションシステム
燃料から電力エネルギーのみを取り出すシステム。[参照元へ戻る]
◆電極反応抵抗率
SOFC単セルの発電時における電力損失の原因となる抵抗成分の一つ。高性能化には、抵抗率の小さい電極が求められる。空気極における反応過程では、空気中の酸素分子を電解質が輸送できる形態へ変換(酸化物イオンに変換)する際に消費されるエネルギーに相当する。[参照元へ戻る]
◆噴霧熱分解法
粒子合成プロセスの一つ。金属元素を溶かした水溶液を超音波振動素子等で噴霧し、キャリアガスにより加熱炉に搬送して、脱水、分解、反応、焼結を連続的に行う。今回作成したナノ複合化燃料極では、10nm程度のNiOとYSZの一次粒子が凝集した二次粒子を作製した。この二次粒子を用いて多孔質電極とすることで、電極触媒として高い活性を得ている。[参照元へ戻る]


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