発表・掲載日:2021/01/27

放射線量の推移がその場でわかるIoT対応放射線線量計

-長期間にわたり多数の線量計のモニタリングと正確性の維持が可能なシステム-

ポイント

  • 放射線量の時間推移を本体ディスプレーや情報端末によりその場で確認できる
  • ボタン電池1個で電池交換なしに連続2年以上、放射線作業時の線量計測では10年間動作
  • 線量データを分析し対策をとることにより放射線被ばく低減が可能に

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門【研究部門長 石井 順太郎】鈴木 良一 首席研究員、放射線標準研究グループ 黒澤 忠弘 研究グループ長、安全科学研究部門【研究部門長 緒方 雄二】リスク評価戦略グループ 内藤 航 研究グループ長らは、2年以上の長期間電池交換が不要で、省電力無線技術による多数の線量計の管理が可能な小型放射線線量計を開発した。

この線量計は、福島第一原子力発電所事故に対応して当時産総研が開発した低消費電力放射線線量計の技術と最新のIoT(Internet of Things)技術を融合して、電池の消耗をほとんど気にせずに放射線量の時間推移を線量計本体のディスプレーやスマートフォンなどの情報端末で直接確認できる。また、千個以上の線量計に対応できる専用の無線機構と光通信機構の組み合わせにより、効率的な校正による正確性の維持が可能になるとともに、多数の線量計のモニタリングデータの分析により、有効な放射線被ばく低減対策をとることが可能になると期待される。

この技術の詳細は、2021年2月1日から5日にウェブ開催される2020年度計量標準総合センター成果発表会で発表される。

開発した放射線線量計の写真

開発した放射線線量計


開発の社会的背景

東日本大震災によって生じた福島第一原子力発電所の事故からまもなく10年になろうとしている。放射線量の高い帰還困難区域は当初より減少したがまだ存在し、それらの区域への帰還の準備が進められている。また、今後、原子炉の解体作業が本格化すると予想される。帰還する住民や放射線作業を行う現場では、放射線被ばくをできる限り低減することが望まれており、どのような場所・時間帯に被ばく放射線量が高くなるかを把握して対策に反映できる放射線量のモニタリング技術が必要とされている。また、医療、非破壊検査、宇宙分野でも放射線による被ばく低減のため作業時の放射線量の時間推移を簡便に高い信頼性で計測できる技術が必要とされている。

 

研究の経緯

産総研では、2012年に福島第一原子力発電所の事故に対応して住民向けに1年以上電池交換せずに日々の被ばく線量を記録できる放射線線量計を開発した(2012年2月13日、産総研プレス発表)。この線量計は、製品化されて福島県の市町村の住民に配布され、地域住民の線量計測に利用されてきている。この線量計は、本体に線量を表示するディスプレーはないが、24時間連続して線量を計測・記録し、光通信や無線通信で表示器や管理機などと通信して線量記録を確認できる。しかし、無線通信の電力消費が大きく、定期的に無線通信を行って放射線量をモニタリングする用途では電池寿命が1年より大幅に減少するという問題があった。

そこで産総研では、2012年開発の低消費電力線量計の技術を高度化するとともに最新のIoT技術と組み合わせて、駆動時間をさらに伸ばしつつ、線量計本体だけでの時間推移の表示や省電力無線による線量のモニタリングができる放射線線量計の開発に取り組んだ。

なお、本研究開発は、環境省委託事業「放射線健康管理・健康不安対策事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)」の研究課題「効果的な個人被ばく線量管理に資する線量の測定と評価に関する実践的研究(平成30年度~令和2年度)」による支援を受けて行った。

 

研究の内容

今回開発した線量計は、放射線センサーと衝撃センサーからなるセンサー部、ディスプレー、LED(光通信兼用)、ブザー、無線通信機能を備えたマイクロコントローラーユニット(MCU)、電池からなり、ガンマ線が放射線センサーに入った時に生じるわずかな電流変化を検出してその回数を線量に換算する電子式線量計である。

センサー部は、半導体素子でガンマ線を検出しているが、外部からの衝撃によっても微弱な電流変化が生じ誤検出する可能性がある。そのため、2012年開発の線量計ではセンサー部に衝撃センサーを搭載して誤検出を防ぐ機能を持たせた。今回、センサー部の信号処理方式の変更によりMCUの稼働時間を短縮して、ガンマ線信号検出に要する電力を低減した。

ディスプレーは、Memory In Pixel方式の液晶ディスプレーを使用し、電力をほとんど消費せずに過去1日の1時間ごと、あるいは過去1時間の1分ごとの線量率の時間推移のグラフを線量計に常時表示でき、現在の線量や線量の時間推移をいつでも確認できる(図1)。また、急激に線量が増加した場合など、LEDやブザーにより警告を出すこともできる。このLEDは、光通信機構も兼ねている。この光通信は、データ受信待機時の消費電力をほぼゼロにできることから、無線通信と組み合わせることで、無線通信の受信待機時の消費電力や通信時間を低減し効率的な通信ができる。また、情報セキュリティー面でも無線通信のみより安全な通信が可能になる。

図1

図1 今回開発した放射線線量計のディスプレー
(左)過去1日の時間推移、(右)過去1時間の時間推移のグラフ表示。

無線通信には、Bluetooth Low Energy(BLE)を用いた省電力無線通信技術を用いており、1分ごとなど一定時間間隔で計測した線量データを送信できる。計測・表示・1分ごとに無線データ送信を行うモードでは、3 Vのボタン電池(CR2450型)1個で2年以上(約2万時間)連続動作できる。さらに放射線の作業場(放射線管理区域)などで作業員の線量を計測する用途では、作業員の作業時間を把握できる入退室管理システムと連動させて作業時間以外は計測・データ送信を停止して消費電力を低減できる。年2000時間程度の作業を行う場合、約10年間電池交換せずに使用できる。また、環境中の放射線量の24時間連続してのモニタリングにも使用でき、この用途では、円筒形の自己放電の少ない電池を用いることにより電池交換せずに10年以上連続動作させることができる。

放射線の作業場などでは、同時に多数の放射線線量計を使用する場合が多いが、一般的なパソコンなどに搭載されているBLEデバイスは、多くの機器との接続性を優先してさまざまな処理が行われるため、多数の線量計のモニタリング用途ではデータの取りこぼしが多くなる。そこで、専用のBLE送受信機とそれに対応したモニタリングソフトウエア(図2)を開発した。このBLE送受信機は1台あたり最大千個程度の線量計の動作状態を変更したりデータを収集したりできる。また、BLE通信では受信電波の強度レベルからBLE機器(線量計)から送受信機までの距離を推定できるので、設置位置が異なる複数のBLE送受信機を用いることで、個々の線量計の位置を推定できる。さらに、スマートフォンなどの情報端末を用いて線量計からのデータを受信し、表示させることも可能である(図3)。屋外では、スマートフォンのGPS機能を利用して、位置情報と被ばく線量の情報を関連づけることもできる。

長期間放射線線量計を用いる場合、計測データの正確性や動作の信頼性を確保・維持するために線量計を定期的に(年1回)校正・点検する必要がある。2012年に開発した線量計は、校正時の通信による電力消費が大きく電池寿命に1回あたり最大10 %程度の影響があり、電池寿命も1万時間程度であったため毎年電池交換が必要であった。これに対し、今回開発した線量計は、光通信機構と専用のBLE通信機構とを組み合わせたシステムにより、校正時の通信による電力消費と通信時間を1/20以下に低減した。これにより、年1回の定期的な校正を行っても電池寿命への影響はほとんどない。また、このシステムは多数の線量計を一括して校正できるため、長期間にわたって正確性を維持することが期待される。

今回開発した放射線線量計は電池の消耗をほとんど気にせずに放射線量のモニタリングができる。このモニタリング情報から、いつ、どこで、だれが、どの程度被ばくしているかという情報をほぼリアルタイムで把握できるので、被ばく線量が増える可能性がある場合に警告・警報を出したり、行動を変えたりするなどの対策を迅速にとることができ、放射線被ばくの低減が期待できる。

図2

図2 専用のBLE送受信機で収集した放射線線量計データの時間推移表示

図3

図3 スマートフォンの表示画面

 

今後の予定

今回開発した放射線線量計を実際の放射線作業の線量計測に適用して有効性を検証するとともに、医療診断、非破壊検査、宇宙分野などへの応用を検討していく。


用語の説明

◆IoT(Internet of Things)
さまざまな物体(モノ)に通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互に通信したりすることにより、多数の機器からの計測データを集約したり、分散して制御などを行ったりすること。[参照元へ戻る]
◆Memory In Pixel方式の液晶ディスプレー
ディスプレーの画素がメモリー効果を持っており、一度ディスプレー上で画像を表示させると、ごくわずかな保持電力で画像を表示した状態を保つことができる液晶ディスプレー。[参照元へ戻る]
◆Bluetooth Low Energy (Bluetooth LE, BLE)
無線技術である Bluetooth の一部で、省電力・省コストで通信や実装を行うことを意図して設計された通信モード。現在販売されているノート型パソコンやモバイル端末は標準でBluetooth Low Energyに対応しており、広く普及している。[参照元へ戻る]

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