国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】金 誠培 主任研究員と、国立大学法人 電気通信大学【学長 田野 俊一】(以下「電通大」という)基盤理工学専攻 牧 昌次郎 准教授、北田 昇雄 特任研究員は、医療・環境診断や生体イメージングに適用するため、全可視光領域で発光する「虹色発光標識のポートフォリオ」を共同開発した。
医療・環境診断の分野では、バイオマーカーを検出するための発光標識の多色化は、長年の課題であった。今回、産総研独自の人工生物発光酵素(ALuc®)(産総研商標)やウミシイタケ発光酵素などの海洋生物由来の発光酵素と、電通大独自の発光基質を組み合わせて、赤から青まで全可視光領域にわたって選択的に発光する虹色発光標識のポートフォリオを開発した(概要図)。今回開発した「虹色発光標識のポートフォリオ」は、一つのサンプルに対して網羅的な健康診断や同時イメージングを可能とする。例えば、インフルエンザや新型コロナウイルス診断キットの発光標識、癌のイメージング、化学物質の毒性評価などを同時測定できる基盤技術であり、医療・環境診断分野の発光標識のポートフォリオとして広い用途が期待される。
なお、この技術の詳細は、2021年1月26日(英国時間)にScientific Reportsに掲載される。
概要図:今回開発した発光基質と発光酵素の組み合わせによる発光のイメージ
1a、1b、1c、1d、CTZ、6-pi-OH-CTZは、発光基質名である。発光酵素をどの基質と混ぜるかで可視光領域の多様な発光色が出る。
近年、生物発光を用いたバイオアッセイや癌のイメージングなどが注目を集めている。特に新型コロナウイルスの世界的な大流行に伴い、ウイルスの検出などの医療診断技術に強い関心が寄せられている。
しかし、天然の生物発光には、発光色の選択肢が少ない問題点がある。特に、海洋生物由来の生物発光は「青色~緑色」に偏っているため、生体のヘモグロビンに発光が吸収されやすい。そのため、組織透過性が乏しく、また、発光標識間の干渉も起こりやすい。このような短波長発光色を生体由来の試料で使用すると光の減衰が激しいため、生体イメージングに不向きである。一方、これまでは黄色~赤色といった長波長領域での発光色がないため多色化(マルチカラー)イメージングができないなど、効率的なバイオアッセイや医療・環境診断ができなかった。
医療診断技術が重視される中で、発光標識間の干渉がなく、昨今の新型コロナウイルスの診断にも使用できる低分子発光システムが望ましかった。生体が多様性に満ちていることより虹色が表現できる多色発光標識が求められてきた。
産総研では、化学物質の生理活性評価に関する研究開発を進めており、化学物質生理活性の発光可視化を幅広く研究してきた。例えば、人工生物発光酵素(ALuc®)や赤色蛍光色素を繋げた発光基質を開発してきた(2013年11月26日、2018年5月17日 産総研プレス発表)。
一方、電通大では、ホタルの生物発光を基盤に独自の長波長発光イメージングシステムを開発してきた。さらに、海洋生物由来の発光システムに注目して、発光の長波長化やマルチカラーイメージングに資する基質群の合成に取り組んできた。
今回、産総研の発光酵素技術と電通大の発光基質技術を組み合わせて、黄色より長波長の発光やマルチカラーイメージングを実現する生物発光システムの開発に取り組んだ。
なお、今回の研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「多色人工生物発光を用いた低分子化学物質の生理活性評価プラットフォームの創製(基盤研究(A)、2017~2021年度)」による支援を受けて行った。
今回開発した虹色発光基質を図1に示す。海洋生物由来の発光酵素に共通するセレンテラジン(CTZ)骨格の炭素の6番位置(図1赤数字6)に2重結合を増やし、その末端に官能基として2級アミンを導入し、炭素の8番位置の置換基を炭素1個を介したフェニル基とすることで、これまでなかった多色性を示す一連の発光基質を開発した(1タイプ)。一方、2タイプの発光基質は、炭素の2番位置の置換基に水酸基(OH)がなく炭素の8番位置にフェニル基が直接結合していることが1タイプと区別される点である。一方、2タイプの発光基質は、産総研の人工生物発光酵素(ALuc®)類にだけ特異的に反応することも発見した。また、発光エビ由来の発光酵素(NanoLucTM)と反応して高輝度で発光するフリマジンを参考に開発した基質群が3タイプである。
図1 虹色発光基質の化学構造
化学式脇の赤数字の2、6、8は、発光基質の骨格の炭素位置を表す。nは2重結合の数を示す。
今回開発した虹色発光基質群(図1)の発光特性を調べたところ、ウミシイタケ発光酵素(RLuc8.6-535)や人工生物発光酵素群(ALuc®)と混ぜる時、混ぜた発光基質(図1)の種類に応じて高い発光輝度と選択性、多様な発光色を示すことが分かった。図2と図3に示すように、これらの発光酵素は、虹色発光基質と反応して、青色、緑色、黄色、赤色、近赤外線の発光を示した。これらの発光には、これまでなかった長波長発光が含まれている。
図2 虹色発光基質(1タイプ)と発光酵素の反応による発光スペクトル
ウミシイタケ発光酵素(RLuc)との発光スペクトル(左)と人工生物発光酵素(ALuc®)との発光スペクトル(右)。下段写真は、スペクトルに対応する実際の発光の様子。赤影は組織透過性の優れた長波長領域(600nm以上)を指す。
今回開発した虹色発光基質群の発光酵素選択性(特定の発光酵素とだけ反応する性質)を調べたところ、1タイプは全般的にウミシイタケ発光酵素(RLuc8.6-535SG)と人工生物発光酵素(ALuc®)に選択的に発光するが(図2)、発光エビ由来の発光酵素(NanoLucTM)には発光しなかった。1aはとりわけウミシイタケ由来の発光酵素(RLuc8.6-535SG)に強く発光した(図4)。一方2タイプは産総研の人工生物発光酵素(ALuc®)のみに特異的に発光し、他の発光酵素とは一切発光しなかった(図3左)。一方、3タイプは、面白いことにウミシイタケ由来の発光酵素と発光性がなかったが、発光エビ由来の発光酵素(NanoLucTM)とは発光性を持ち、とりわけ3dとは高い選択性を示した(図3、図4)。また、人工生物発光酵素(ALuc®)と発光はするが、輝度が弱かった(図3左、図4)。なお、天然のセレンテラジン(CTZ)は、人工生物発光酵素16 (ALuc®16)に比較的強い発光性を示した(図4)。
図3 虹色発光基質(2と3タイプ)と発光酵素の反応による発光スペクトル
人工生物発光酵素(ALuc®)との発光スペクトル(左)と発光エビ由来の発光酵素(NanoLucTM)との発光スペクトル(右)。
図4 虹色発光システムの選択的な発光現象
特定の発光基質と特定の発光酵素が選択的に反応して光る。左図の縦軸:各種海洋生物由来の発光酵素群、左図の横軸:発光基質。
このように、今回開発した虹色発光基質群は発光酵素と反応して可視光領域の青色から赤色、さらには近赤外線に至るまでのさまざまな発光色を生み出せる。また、一部の組み合わせは、非常に高い相互選択性を持っていた。今回の技術の多色性と選択性を用いれば、発光信号間の干渉の心配のないバイオアッセイが開発できるなど、これまで不可能だった技術が実現できる可能性がある。例えば、患者の体液に存在する7つのバイオマーカーを同時計測できる可能性があり、この技術の応用により各種健康診断を迅速かつ簡便にできると考えられる。また、今回開発した技術により、これまで検出が困難だと思われていた小さいウイルスでも高感度で検出できるバイオアッセイを開発できる可能性も考えられる。さらに、生体組織透過性の高い赤色発光により、動物個体内での癌の転移などを簡便に可視化できる可能性もある。
今後は、今回開発した虹色発光標識のポートフォリオを用いた医療・環境診断研究を続けるとともに、例えば、長波長領域で、より輝度が高く、化学的な安定性に優れた虹色発光標識のポートフォリオに改良するなど性能向上にも注力する。また、さまざまな動物個体内での生体イメージングも目指す。