国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】環境微生物研究グループ 堀 知行 主任研究員、青柳 智 研究員、生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】環境生物機能開発研究グループ 菊池 義智 主任研究員、地圏資源環境研究部門【研究部門長 光畑 裕司】地圏微生物研究グループ 眞弓 大介 主任研究員らは、株式会社 日本触媒【代表取締役社長 五嶋 祐治朗】(以下「日本触媒」という)と共同で、産総研で確立した、従来法より500倍の検出感度を有する高感度同位体追跡法を用いて、石油化学工業廃水中の有害物質1,4-ジオキサンを分解する微生物を多数発見するとともに、それらが協働的に働いて安定的な分解を維持できることを明らかにした。
1,4-ジオキサンは、人への発がん性が疑われ、世界的な規制強化が進む有害物質である。近年、1,4-ジオキサンの処理方法として、低コスト・低環境負荷型の生物処理が大きな注目を集めているが、これまで1,4-ジオキサン分解菌は、時間と労力のかかる分離培養法でしか調べることができず、数種の分解菌しか知られていなかった。今回、産総研で確立した分離培養に頼らない高感度同位体追跡法を用いて、石油化学工業廃水の生物処理槽から多種多様な1,4-ジオキサン分解菌を発見し、それらの分解菌が協働して1,4-ジオキサンを安定的に除去することを見出した。これは、自然環境中の未知微生物の機能解明と動態制御につながる成果と考えられる。
この成果は、2018年6月13日(現地時間)に、Nature Publishing Groupから出版される微生物生態学分野の学術誌The ISME Journalにオンライン掲載された。
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石油化学工業廃水の生物処理槽への高感度同位体追跡法の適用 |
1,4-ジオキサンは、石油・化学製品の製造プロセス(図1A)にて副次的に生成され、塩素系溶剤の安定剤としても広く利用される人工の化学物質である。国際がん研究機関(IARC)や米国環境保護庁(US EPA)により、1,4-ジオキサンは人への発がん性の可能性が指摘され、その環境・排水基準が世界的に厳格化されている。
近年、1,4-ジオキサンの処理方法として、低コスト・低環境負荷型の生物処理が注目を集めている。しかし1,4-ジオキサン分解菌は、これまで時間と労力のかかる分離培養法でしか調べることができず、情報が不足していた。石油化学工業の廃水を安定的に処理できる生物処理槽(図1B)でも、1,4-ジオキサン分解菌の実体は全く分かっておらず、長い間、生物処理プロセスの評価や制御における大きな課題になっていた。
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図1 石油化学工業の(A)製品製造プラントと、(B)工業廃水の生物処理槽 |
産総研では、水資源の循環利用と安全・安心技術の開発を目指したアジア戦略「水プロジェクト」の中で、微生物学的知見に基づいた水処理再生の高活性維持管理技術に関する研究を進めており、これまでも水処理膜閉塞の発生機構解明(2017年2月23日産総研プレス発表)などに取り組んできた。今回、その一環として、産総研の高感度同位体追跡法や次世代シーケンサー解析などを用いた環境微生物研究の蓄積と、日本触媒の1,4-ジオキサンの安定な生物処理実績の蓄積を基に、これらを有機的に連携・発展させることによって、世界的に環境汚染問題が深刻化する有害物質1,4-ジオキサンの分解菌の実体解明を目指した。
なお、今回の研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業による支援を受けた。
日本触媒に設置されている生物処理槽の活性汚泥は数千~数万種の微生物で構成されるが、今回、これを産総研で確立した高感度同位体追跡法で分析した。自然界の大部分の炭素は12C(質量数12)なので、安定同位体炭素13C(質量数13)を用いて合成した13C標識1,4-ジオキサンを活性汚泥に加えて8時間振とうしたところ(図2)、13C標識1,4-ジオキサンが減少すると同時に13CO2が生成した。次に、その活性汚泥から微生物のリボ核酸(RNA)を抽出した後、試料を入れたチューブを高速回転させる超遠心分離を行った。超遠心分離すると、チューブの上部には炭素12Cからなる軽いRNA分子が残り、チューブの下部には13C標識1,4-ジオキサン由来の同位体炭素13Cを含む重いRNA分子が集積する。これにより、1,4-ジオキサンが活性汚泥中の微生物により分解され、その分解した炭素の一部が微生物の生体成分として取り込まれることを確認できた。チューブ下部を3画分に分けて集め、次世代シーケンサーで100万個以上の微生物RNA分子を解析したところ、1,4-ジオキサン由来の同位体炭素13Cを取り込んだ微生物9種(A~I菌)を特定できた(図3)。このうち、1種(H菌)は既知の1,4-ジオキサン分解菌であるPseudonocardia dioxanivoransと同一であった。しかし、他の8種の1,4-ジオキサン分解菌はそれぞれ異なる多様な遺伝子情報を持ち、これまでに1,4-ジオキサンを分解できるという報告はなく、今回、高感度同位体追跡法を用いて初めて発見できた。さらに、最も重い画分と2番目に重い画分でだけ発見(または検出)された分解菌4種(F、G、H、I菌)は、1,4-ジオキサンだけを分解して得られる僅かなエネルギーで生存していたが、残りの分解菌5種(A、B、C、D、E菌)は、1,4-ジオキサンだけではなく、共存する化学物質(モノエチレングリコールやアルカン類など)を共代謝的に利用していることが微生物RNA分子の重さの違いから分かった。
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図2 高感度同位体追跡法の概要 |
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図3 高感度同位体追跡法により今回発見した1,4-ジオキサン分解菌 |
日本触媒に実際に設置されている生物処理槽の1,4-ジオキサン分解菌の動態を、2015年5月から2016年4月までの約1年間にわたり、綿密に追跡した(図4)。今回同定された1,4-ジオキサン分解菌はいずれも年間平均の相対存在量が0.001 %~1.523 %のまれな微生物であり、1,4-ジオキサンの除去率と連動して変遷していた。分解菌のうち比較的相対存在量が大きい5種(A、B、C、D、I菌)の変遷をみると、夏(7~8月)の除去率が急激に低下する時期には、5種全ての1,4-ジオキサン分解菌が減少したが、その後、D、C菌が増加に転じ、除去率はすぐに回復した。定期メンテナンスのための約1ヶ月のシステム停止期間後の、秋(10月)の除去率回復時期には、まずC菌が一旦増加してから減少した後、それを補うように続けてA、D、B菌が増加し、除去率の回復・安定化を支えた。さらに初春(3~4月)の除去率が低下する時期には、B、C、I菌が増加し、除去率の著しい低下を食い止めた。このように実際の生物処理槽内の1,4-ジオキサン分解菌はそれぞれ異なる変遷パターンを示した。この結果は、これらの分解菌は石油化学工業廃水中の1,4-ジオキサンの安定的な除去に協働的に関与していることを示している。
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図4 石油化学工業廃水の生物処理槽での1,4-ジオキサン除去率と分解菌の推移 |
今回、石油化学工業廃水の生物処理槽中の微生物の解析に用いた高感度同位体追跡法は、これまで理解できていなかった自然環境中の未知微生物の役割を解き明かす有効なツールと考えられ、今後、さまざまな物質分解・水循環プロセスに関与する未知微生物の評価・制御技術の確立に貢献できる。
今後は、今回発見した1,4-ジオキサン分解菌の近縁種の情報(遺伝子やゲノムの配列情報など)から分解菌の性質を推定し、環境条件を最適化することで、石油化学工業廃水の生物処理槽内で1,4-ジオキサン分解菌の生育を活発にして、分解活性を維持・最大化する管理手法の確立を目指す。