発表・掲載日:2020/06/21

ポスト5G/6Gの低消費電力化に向けた超広帯域での材料計測技術

-簡便な測定系によって100 GHz超まで金属の導電率を計測する技術を実現-

ポイント

  • 金属の導電率を10 GHz~100 GHz超の超広帯域にわたって簡便に測定する技術を実現
  • 共振特性の鋭さから導電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発
  • 次世代の高速大容量通信の低消費電力化に向けた先端材料開発への貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 島田 洋蔵】電磁気計測研究グループ 加藤 悠人 主任研究員、堀部 雅弘 研究グループ長は、高周波平面回路などに用いる金属材料の導電率を100 GHz超までの超広帯域にわたって簡便に測定する技術を開発した。

近年、高速大容量の無線通信を可能にするミリ波帯電磁波の利用が拡大している。通信インフラとして第5世代移動通信システム(5G)の事業化が進む一方で、次世代の第6世代移動通信システム(6G、ポスト5G)の研究開発にも注目が集まっている。6Gでは5G以上の高速大容量通信を実現するために100 GHz超の周波数の利用が見込まれるが、一般に回路の消費電力を左右する伝送損失は周波数が上がるほど増大するため、低消費電力化に向けた先端材料開発が6Gの実現には強く求められている。

高周波回路では、誘電体基板の誘電損失と金属線路の導電率で決まる導体損失により回路全体の伝送損失が決まる。金属と誘電体の接着性を保持するために誘電体表面は粗化されるが、ミリ波帯では粗化による導電率の低下が問題となっていた。しかし従来の導電率計測では極小の誘電体柱からなる共振器が必要であり、また誘電体柱のサイズで決まる単一周波数のみでの測定しかできないことから、100 GHz超の周波数帯で金属導電率を簡便に計測する技術は確立されていなかった。今回、誘電体基板で金属箔を挟んだ誘電体共振器に対して、その高次モード励振の共振特性の鋭さから導電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発することで、誘電体の精密な機械加工を必要としない簡便な測定系により、金属導電率を10 GHz~100 GHz超の超広帯域にわたって簡便にかつ従来技術と同等の精度で計測する技術を実現した。今回開発した技術により、5Gや6Gの低消費電力化に向けた先端材料開発が加速すると期待される。この技術の詳細は、オンライン開催される国際会議International Microwave Symposium (IMS) 2020のウェブサイトにて2020年6月21日に発表される。

計量標準総合センターの最近の研究成果の概要図

開発したミリ波帯導電率測定用の共振器

計量標準総合センターの最近の研究成果の概要図

開発した技術と従来の導電率計測技術の比較


開発の社会的背景

2020年3月より日本でも商用サービスが開始された5Gでは、最高伝送速度10 Gbpsの超高速無線通信が可能になる。帯域幅の拡張による通信速度の高速化や大容量化のために、動作周波数の高周波化が進められ、5G向けの周波数帯域として、日本ではすでに28 GHz帯などが割り当てられ、最大で71 GHzまでの割り当てが国際的に合意されている。5Gの事業化が進められる一方で、2030年ごろの導入が見込まれる6Gについても、研究開発が世界的に始められている。6Gでは5G以上の高速大容量通信を実現するために100 GHz超の周波数のミリ波の利用が見込まれるが、ミリ波帯では一般に回路の伝送損失は周波数が上がるほど増大するため、低消費電力化に向けた先端材料開発が6G実現の鍵となっている。

高周波回路では、誘電体基板の誘電損失と金属線路の導体損失、放射損失の合計で回路全体の伝送損失が決まる。導体損失低減のため導電率の向上が求められるが、金属と誘電体の接着性を保持するための誘電体表面の粗化によるミリ波帯での実効的な導電率の低下が問題となっていた(図1)。導電率を損なわずに金属と誘電体を接着するために、誘電体の表面処理技術などが研究開発されているが、それによる性能向上を検証するには、100 GHz超までのミリ波帯での金属導電率の高精度な計測が求められる。しかし、従来の導電率計測では、大きさが周波数と反比例して小さくなる誘電体共振器が必要であり、100 GHz超の周波数帯で金属導電率を簡便に計測する技術は確立されていなかった。

図1

図1 高周波回路の伝送損失

研究の経緯

産総研は、マイクロ波帯からミリ波帯での誘電率計測で世界最高レベルの精度を達成し、高周波回路の誘電損失低減に向けた低損失の誘電体基板開発に貢献してきた。誘電率計測では、誘電体基板で金属円板を挟んだ平衡型円板共振器を利用した計測方法を採用し、これまでに170 GHzまでの超広帯域の周波数帯で誘電率を測定できる技術を開発してきた(2019年1月17日産総研プレス発表)。この技術は、平衡型円板共振器では構造の対称性から特定の電磁界モードのみが選択的に励振されることを利用している。一方で、高周波回路の低消費電力化に向けては、誘電損失とともに導電損失の低減が不可欠であり、そのための高精度な導電率計測技術が求められている。

従来の導電率計測では、低損失の誘電体柱と金属板からなる誘電体共振器の基本モードの共振を利用するが、測定周波数の高周波化にともない必要な共振器のサイズが小型化するため、加工精度の問題などからミリ波帯では実用的な導電率計測技術は確立していなかった。今回、平衡型円板共振器の超広帯域にわたるモード選択性に着目し、等間隔に発生する高次モードの共振を利用して金属導電率を10 GHz~100 GHz超の超広帯域にわたって簡便に計測できる技術の開発に取り組んだ。

 

研究の内容

平衡型円板共振器は、2枚の誘電体基板の間に金属円板を挟んで構成される。同軸線路で共振器中央に給電すると特定の共振モードのみが選択的に励振される。従来は、導電率が既知の銅円板と誘電率が未知の誘電体基板を組み合わせて共振器を構成し、その共振周波数と共振の鋭さを表すQ値を測定して超広帯域での誘電率測定を実現してきた。

今回開発した導電率計測では、図2のように同一の誘電体基板と異種の金属を組み合わせた2種類の平衡型円板共振器を利用する。導電率が既知の基準銅円板からなる共振器と、測定対象の金属円板(黄銅とステンレス)からなる共振器について、110 GHzまでの共振波形を図3上に示す。平衡型円板共振器の超広帯域にわたるモード選択性の結果として、すべての共振器で等間隔に現れる特定の共振モードのみが観測されることを実証した。約16 GHzの基本モードの共振と約13 GHz間隔で現れる高次モードの共振について、共振特性を測定することで、各共振周波数での導電率が求められる。なお、共振器の給電機構に用いた同軸線路の特性により、共振器に入力できる信号の周波数が110 GHzまでに制限されることから、今回は110 GHzまでの測定にとどまった。一方で、誘電率測定では極細の同軸線路の利用により170 GHzまでの信号が入力できる共振器を実証しており、導電率測定についてもさらなる高周波化の開発を現在進めている。

図3下に、第1, 4, 8番目のモードの共振波形の拡大図を示す。導電率の高い順、すなわち銅、黄銅、ステンレスの順に共振が鋭くなくなり、Q値は低下する。今回、基準銅円板からなる共振器と測定対象の金属円板からなる共振器のQ値の解析から導電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発した。これにより10 GHz~100 GHz超の超広帯域にわたって金属導電率を高精度に計測できる(図4)。

今回開発した技術によって、これまで難しかった100 GHz超のミリ波帯を含む超広帯域での導電率の簡便かつ高精度な計測が可能となった。この計測技術により、ミリ波帯回路基板の導電損失の低減やそれによる5Gや6Gの低消費電力化に向けた先端材料開発が加速すると期待される。

図2

図2 導電率計測に用いた平衡型円板共振器

図3

図3 共振波形の測定結果例

図4

図4 金属導電率の測定結果例

今後の予定

今回、独立した金属円板の導電率計測を実証したが、開発した技術は銅箔が誘電体基板上に実装された銅張基板の導電率計測にも原理的に適用できる。今後は、実装用基板として使用される銅張基板の導電率計測を実証するとともに、銅張基板のミリ波帯における損失低減に向けたプロセス技術の開発に貢献していく。さらに、来るべきポスト5G/6G時代を見据えて500 GHzまでの計測技術の開発を進める。


用語の説明

◆導電率
物質中の電気伝導のしやすさを表す物理量である。高周波回路では導体損失の低減のため金属線路の導電率の向上が求められるが、ミリ波帯では金属と誘電体の接着性を保持するための誘電体表面の粗化処理による実効的な導電率の低下が問題になっている。[参照元へ戻る]
◆ミリ波
波長が1 mm~10 mm、周波数が30 GHz~300 GHzの電磁波。直進性が高く、比較的短距離の高速大容量情報伝送に向いているため、5Gやポスト5G/6Gなどの無線通信や車載レーダー(主に24 GHz帯と76 GHz帯)などに利用される。[参照元へ戻る]
◆5G
第5世代移動通信システムの略称であり、日本では2020年3月より商用サービスが開始された。「高速大容量」、「低遅延」、「多数同時接続」といった特徴から、4G以前が携帯電話やスマートフォンを用いた人と人とのコミュニケーションのためのツールだったのに対し、5Gはあらゆるモノや人などが繋がるIoT時代の重要な基盤となるとされる。5G向けの周波数帯域として、日本ではすでに28 GHz帯などが割り当てられ、最大で71 GHzまでの割り当てが国際的に合意されている。[参照元へ戻る]
◆6G
5Gの次の通信規格であり、2030年ごろの導入が見込まれている。6Gでは、「高速大容量」、「低遅延」、「多数同時接続」という5Gの長所をそれぞれ10~100倍、1/10倍、100倍と大幅に向上させるために、100 GHz超の周波数のミリ波帯電磁波の利用が見込まれており、最大500 GHzまでの検討も進められている。また、さらなる消費電力の低減や通信信頼性の向上など、新たな技術革新が期待されており、すでに国内外の多くの国・機関で、実現に向けた取り組みが始められている。[参照元へ戻る]
◆粗化
金属材料との接着性を向上するために誘電体基板の表面に微細な凸凹を形成すること。ミリ波帯では表面の凸凹に流れる電流による導電損失の増大が問題になっており、粗化することなく接着性を高める表面処理技術が求められている。[参照元へ戻る]
◆高次モード励振
共振周波数が最低の基本モードの励振に対して、基本モードのおおよそ整数倍の共振周波数を持つ高次モードを励振すること。今回開発した平衡型円板共振器では超広帯域にわたるモード選択性のために所望の高次モードを選択的に励振でき、超広帯域での導電率計測を実現できた。[参照元へ戻る]
◆Q値
共振の鋭さを表す指標であり、共振器に蓄えられるエネルギーと失われるエネルギーの比で与えられる。共振波形に対しては、半値幅(透過率がピークの半分になる周波数間の幅)と共振周波数の比に対応している。[参照元へ戻る]

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