発表・掲載日:2019/01/17

ミリ波帯高速無線通信の拡大を牽引する材料計測技術を開発

-170 GHzまでの超広帯域で高精度な誘電率測定を実現-

ポイント

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「研究者が語る! 1分解説」動画(2分4秒)
  • エレクトロニクス材料の誘電率を10 GHz~170 GHzの超広帯域にわたって測定する技術を実現
  • 極細同軸線路で給電する共振器と誘電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発
  • ミリ波帯利用による次世代無線通信や車載レーダーなどの先端技術開発へ貢献


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 藤間 一郎】電磁気計測研究グループ 加藤 悠人 研究員、堀部 雅弘 研究グループ長は、高周波回路の実装用基板などに用いる低損失のエレクトロニクス材料の誘電率を170 GHzまでの超広帯域にわたって高精度に測定する技術を開発した。

近年、データ通信量の増大にともない、高速大容量の無線通信を可能にする30 GHz超のミリ波帯電磁波の利用が急速に拡大している。ミリ波帯車載レーダーなど通信以外の分野にも利用が拡大する一方で、動作周波数のさらなる高周波化が進められており、4K/8K非圧縮映像の放送素材伝送システムなどでは、大容量通信への要求から100 GHz以上の周波数帯の利用も検討されている。

電磁波の伝搬損失が低い低損失材料は高周波回路の実装用基板として利用されており、その誘電率は回路設計に不可欠なパラメーターである。しかしながらこれまで、100 GHz以上の周波数帯で低損失材料の誘電率を高精度に計測する技術は確立されていなかった。今回、170 GHzまでの信号を給電できる極細線の同軸励振構造と、誘電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発し、これまで難しかった110 GHzから170 GHz帯を含む超広帯域での低損失材料の誘電率の、平衡型円板共振器法による高精度計測技術を実現した。この技術により、高速無線通信などでのミリ波帯のさらなる利用が促進されると期待される。この技術の詳細は、2019年1月11日(米国東部標準時間)にIEEE Transactions on Instrumentation and Measurementに掲載された。

概要図
今回開発した誘電率測定に用いる共振器(左)と誘電率の測定結果例(右)


開発の社会的背景

周波数が30 GHz~300 GHzのミリ波帯の電磁波は、直進性が高く、比較的短距離の大容量高速情報伝送に向いているため、次世代無線LAN規格(WiGig)や第5世代移動通信システム(5G)、ミリ波帯車載レーダーなど、幅広い分野で急速に利用が拡大しつつある。例えば、60 GHz帯を使用したWiGigは、既存の無線LAN(2.4/5.8 GHz帯)の10倍以上の高速通信を実現する。動作周波数の高周波化はさらに進められており、空港や鉄道駅でのセキュリティーシステムや、4K/8K非圧縮映像の放送素材伝送システムなどでは、100 GHz以上の周波数帯の利用も検討されている。

このような電磁波を利用するシステムでは、シクロオレフィンポリマーなどの低損失エレクトロニクス材料が実装用基板として用いられる。材料の誘電率は、設計やシミュレーションに必須のパラメーターであるが、一般に周波数依存性を持つため、利用する周波数での測定が求められる。しかしながら、100 GHz以上の周波数で低損失材料の誘電率を高精度に計測する技術は確立していないため、100 GHz以上の周波数で動作する回路などの開発では、利用する周波数よりも低い周波数で測定した誘電率をもとに設計せざるをえず、試作段階で設計時に想定した性能や動作を示さないなどの問題が発生し、開発コストの増大要因となっていた。そのため、100 GHz以上の周波数帯域での高精度な誘電率計測技術の確立が強く求められている。

研究の経緯

産総研は、高周波インピーダンス計測では世界最高レベルの精度を達成しており、これを利用したミリ波帯の誘電率計測技術の開発に取り組んでいる。マイクロ波帯からミリ波帯の超広帯域で測定できる平衡型円板共振器法を採用し、これまでに測定再現性の向上や、不確かさ評価による測定精度の明確化を進めてきた。しかし、これまでの共振器では1 mm同軸線路を給電部の構造に採用していたため、110 GHzが測定の上限周波数であり、ミリ波帯材料計測の需要を完全には満たせていなかった。またミリ波帯では、縁端効果と呼ばれる誤差要因について、より詳細な電磁界解析に基づく補正方法を確立する必要もある。そこで、今回、110 GHz以上の周波数で測定できる技術の開発に取り組んだ。

研究の内容

平衡型円板共振器法では、測定する誘電体材料と銅箔(どうはく)円板を金属板で挟んで共振器を構成し、同軸線路で共振器中央に給電することで特定の共振モードだけを選択的に励振して、超広帯域の測定を実現する。従来は、1 mm同軸線路を励振機構に用いていたために、その動作範囲の上限である110 GHzが誘電率測定の上限周波数であった。理論的には1 mm同軸エアライン線路のカットオフ周波数の約130 GHzまで測定周波数を拡張できるが、さらなる測定周波数の拡張が望まれていた。今回、測定周波数の上限を拡張するために、二つの開発を行った。

一つは励振機構に極細線の0.8 mm同軸線路を用いた共振器の開発である。0.8 mm同軸線路は100 GHz以上の電磁波を同軸線路伝送するために開発されたコネクター規格で、その同軸エアライン線路のカットオフ周波数は約170 GHzに達する。今回、世界で初めて誘電率計測用の共振器の励振機構に0.8 mm同軸線路を採用して、約170 GHzまでの共振器励振を利用した誘電率計測を実現した。図1に開発した共振器と励振機構を示し、図2にシクロオレフィンポリマーに対する170 GHzまでの共振波形の測定結果を示す。図2の、下向き三角形は共振器の共振周波数を表す。約10 GHzに基本モードの共振があり、その高調波共振を約170 GHzまでの超広帯域にわたって測定できた。共振特性の測定から各共振周波数での誘電率が求められる。

もう一つは、測定した共振特性から材料の誘電率を求める解析方法の改良である。共振器内では、銅箔円板の上下の領域に、測定する平板材料に垂直な電界が発生するが、図3に示すように銅箔円板の上下の領域の外側にも電界が漏れ(縁端効果)、この影響を補正しないと正確に誘電率を求められない。今回、モードマッチング法を用いて縁端効果の補正を詳細に解析することで、100 GHz以上の周波数帯域で、近似的な縁端効果の補正を用いた従来の解析法よりも正確な誘電率が得られた(概要図右)。開発した解析アルゴリズムの妥当性は、有限要素法による電磁界シミュレーションとの比較によっても確認された。

これらの開発によって、これまでは難しかった110 GHzから170 GHzの周波数帯を含む超広帯域での低損失材料の誘電率の高精度計測が可能となった。今回開発した信頼性の高い材料計測技術により、高速無線通信などでのミリ波帯のさらなる利用が期待される。

図1
図1 開発した0.8 mm同軸線路を用いた励振機構を持つ共振器の写真と模式図

図2
図2 共振波形の測定結果例

図3
図3 縁端効果の模式図

今後の予定

今後は、平衡型円板共振器法のさらなる高周波化を目指すとともに、ほかの測定方法との比較をミリ波帯で実施する。測定精度の向上や測定結果の妥当性確保の取り組みを進め、ミリ波帯の材料開発への貢献を目指す。



用語の説明

◆誘電率
物質の電気的性質を表す量の一つである。通常は、真空の誘電率に対する相対値で表され、一般に複素数となる。ここで、実部は比誘電率、実部に対する虚部の比は誘電正接と呼ばれ、前者は物質中での電磁波の波長・伝搬速度の変化に関係し、後者は物質中の伝搬損失に関係する。高周波回路や平面アンテナなどの部材の設計では、実装用基板の誘電率は不可欠なパラメーターである。[参照元へ戻る]
◆ミリ波
波長が1 mm~10 mm、周波数が30 GHz~300 GHzの電磁波。直進性が高く、比較的短距離の大容量高速情報伝送に向いているため、車載レーダー(主に24 GHz帯と76 GHz帯)や次世代無線通信(28 GHz帯や60 GHz帯など)などに利用される。空港や鉄道駅でのセキュリティシステム(250 GHz帯など)や、4K/8K非圧縮映像の放送素材伝送システム(120 GHz帯)などでは、100 GHz以上の周波数帯の利用も検討されている。[参照元へ戻る]
◆平衡型円板共振器法
平板の誘電体材料の垂直方向の誘電率を、マイクロ波帯からミリ波帯にわたる超広帯域で計測できる測定方法。2枚の被測定誘電体材料と銅箔円板を金属板で挟んで共振器を構成する。共振器中央を同軸線路で励振することで、共振器中央に非ゼロの電界を持つTM0m0モードだけを選択的に励振し、不要モードの影響を抑制した超広帯域の測定が実現される。ここで、軸方向の電界が非ゼロ、磁界がゼロとなる共振モードをTMモードと呼び、添え字0m0は共振モードが周方向、半径方向、軸方向にそれぞれ0個、m個、0個の節を持つことに対応する。各モードについて、円筒断面における軸方向の電界強度分布を図4に示す。[参照元へ戻る]
図4
図4 TM0m0モードの円筒断面における軸方向の電界強度分布例
◆シクロオレフィンポリマー
環状構造を含む炭化水素系ポリマー。高い透明性などの優れた光学特性を活かして、レンズやミラーなどの光学部品に利用されている。また、比誘電率が低く、ミリ波帯でも電磁波の伝搬損失が低いことから、電波領域でも有用な材料として注目されており、高周波コネクターや、実装用基板などに利用されている。[参照元へ戻る]
◆インピーダンス
交流回路での電圧と電流の比のこと。直流回路の抵抗と同じΩ(オーム)が単位に用いられ、数値が大きいほど電流が流れにくく、小さいほど流れやすいことを表す。高周波の回路やケーブルを接続する場合、それぞれのインピーダンスを合わせるのが原則で、その場合に最も効率よくエネルギーを伝達できる。[参照元へ戻る]
◆マイクロ波
波長が1 cm~10 cm、周波数が3 GHz~30 GHzの電磁波。衛星放送や無線LAN、気象レーダー、船舶用レーダーなどに利用されている。 [参照元へ戻る]
◆縁端効果
一般に導体などの端部付近における電磁界分布の乱れのこと。例えば、平行平板コンデンサーでは、2枚の電極板の間に電極に垂直な電気力線が存在するが、電極の端部付近では電気力線は電極の外側にふくらむ。今回、共振器の金属板と銅箔円板の間で同様の現象が起こり(図3参照)、その影響を詳細に解析することで、誘電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを実現した。[参照元へ戻る]
◆同軸エアライン線路
同軸線路は同軸の内部導体と外部導体で誘電体を挟んだ構造を取るが、誘電体として空気が充填(じゅうてん)されているもののこと。同軸線路のカットオフ周波数は、内部導体と外部導体の寸法が同一の場合、充填する誘電体の比誘電率が低いほど高いため、同軸エアライン線路が最も高いカットオフ周波数を示す。[参照元へ戻る]
◆高調波共振
共振周波数が最低の基本モードの共振に対して、おおよそその整数倍の共振周波数をもつ高次モードの共振のこと。今回開発した平衡型円板共振器では、基本モードのTM010モードに対し、高次モードは TM0m0モード(m=2,3,…)である(図4参照)。[参照元へ戻る]
◆モードマッチング法
電磁界解析における数値計算法の一つ。今回は、共振器内部の電磁界を固有モード展開し、境界条件から展開係数を求めることで、電磁界分布や共振周波数を決定した。モードの計算には構造の対称性を利用できることから、例えば円筒対称の構造は非常に効率的に解析できる。導波路やファイバーなどの設計にもよく利用される。[参照元へ戻る]



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