国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 藤間 一郎】電磁気計測研究グループ 加藤 悠人 研究員、堀部 雅弘 研究グループ長は、高周波回路の実装用基板などに用いる低損失のエレクトロニクス材料の誘電率を170 GHzまでの超広帯域にわたって高精度に測定する技術を開発した。
近年、データ通信量の増大にともない、高速大容量の無線通信を可能にする30 GHz超のミリ波帯電磁波の利用が急速に拡大している。ミリ波帯車載レーダーなど通信以外の分野にも利用が拡大する一方で、動作周波数のさらなる高周波化が進められており、4K/8K非圧縮映像の放送素材伝送システムなどでは、大容量通信への要求から100 GHz以上の周波数帯の利用も検討されている。
電磁波の伝搬損失が低い低損失材料は高周波回路の実装用基板として利用されており、その誘電率は回路設計に不可欠なパラメーターである。しかしながらこれまで、100 GHz以上の周波数帯で低損失材料の誘電率を高精度に計測する技術は確立されていなかった。今回、170 GHzまでの信号を給電できる極細線の同軸励振構造と、誘電率を厳密に決定できる電磁界解析アルゴリズムを開発し、これまで難しかった110 GHzから170 GHz帯を含む超広帯域での低損失材料の誘電率の、平衡型円板共振器法による高精度計測技術を実現した。この技術により、高速無線通信などでのミリ波帯のさらなる利用が促進されると期待される。この技術の詳細は、2019年1月11日(米国東部標準時間)にIEEE Transactions on Instrumentation and Measurementに掲載された。
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今回開発した誘電率測定に用いる共振器(左)と誘電率の測定結果例(右) |
周波数が30 GHz~300 GHzのミリ波帯の電磁波は、直進性が高く、比較的短距離の大容量高速情報伝送に向いているため、次世代無線LAN規格(WiGig)や第5世代移動通信システム(5G)、ミリ波帯車載レーダーなど、幅広い分野で急速に利用が拡大しつつある。例えば、60 GHz帯を使用したWiGigは、既存の無線LAN(2.4/5.8 GHz帯)の10倍以上の高速通信を実現する。動作周波数の高周波化はさらに進められており、空港や鉄道駅でのセキュリティーシステムや、4K/8K非圧縮映像の放送素材伝送システムなどでは、100 GHz以上の周波数帯の利用も検討されている。
このような電磁波を利用するシステムでは、シクロオレフィンポリマーなどの低損失エレクトロニクス材料が実装用基板として用いられる。材料の誘電率は、設計やシミュレーションに必須のパラメーターであるが、一般に周波数依存性を持つため、利用する周波数での測定が求められる。しかしながら、100 GHz以上の周波数で低損失材料の誘電率を高精度に計測する技術は確立していないため、100 GHz以上の周波数で動作する回路などの開発では、利用する周波数よりも低い周波数で測定した誘電率をもとに設計せざるをえず、試作段階で設計時に想定した性能や動作を示さないなどの問題が発生し、開発コストの増大要因となっていた。そのため、100 GHz以上の周波数帯域での高精度な誘電率計測技術の確立が強く求められている。
産総研は、高周波インピーダンス計測では世界最高レベルの精度を達成しており、これを利用したミリ波帯の誘電率計測技術の開発に取り組んでいる。マイクロ波帯からミリ波帯の超広帯域で測定できる平衡型円板共振器法を採用し、これまでに測定再現性の向上や、不確かさ評価による測定精度の明確化を進めてきた。しかし、これまでの共振器では1 mm同軸線路を給電部の構造に採用していたため、110 GHzが測定の上限周波数であり、ミリ波帯材料計測の需要を完全には満たせていなかった。またミリ波帯では、縁端効果と呼ばれる誤差要因について、より詳細な電磁界解析に基づく補正方法を確立する必要もある。そこで、今回、110 GHz以上の周波数で測定できる技術の開発に取り組んだ。
平衡型円板共振器法では、測定する誘電体材料と銅箔(どうはく)円板を金属板で挟んで共振器を構成し、同軸線路で共振器中央に給電することで特定の共振モードだけを選択的に励振して、超広帯域の測定を実現する。従来は、1 mm同軸線路を励振機構に用いていたために、その動作範囲の上限である110 GHzが誘電率測定の上限周波数であった。理論的には1 mm同軸エアライン線路のカットオフ周波数の約130 GHzまで測定周波数を拡張できるが、さらなる測定周波数の拡張が望まれていた。今回、測定周波数の上限を拡張するために、二つの開発を行った。
一つは励振機構に極細線の0.8 mm同軸線路を用いた共振器の開発である。0.8 mm同軸線路は100 GHz以上の電磁波を同軸線路伝送するために開発されたコネクター規格で、その同軸エアライン線路のカットオフ周波数は約170 GHzに達する。今回、世界で初めて誘電率計測用の共振器の励振機構に0.8 mm同軸線路を採用して、約170 GHzまでの共振器励振を利用した誘電率計測を実現した。図1に開発した共振器と励振機構を示し、図2にシクロオレフィンポリマーに対する170 GHzまでの共振波形の測定結果を示す。図2の、下向き三角形は共振器の共振周波数を表す。約10 GHzに基本モードの共振があり、その高調波共振を約170 GHzまでの超広帯域にわたって測定できた。共振特性の測定から各共振周波数での誘電率が求められる。
もう一つは、測定した共振特性から材料の誘電率を求める解析方法の改良である。共振器内では、銅箔円板の上下の領域に、測定する平板材料に垂直な電界が発生するが、図3に示すように銅箔円板の上下の領域の外側にも電界が漏れ(縁端効果)、この影響を補正しないと正確に誘電率を求められない。今回、モードマッチング法を用いて縁端効果の補正を詳細に解析することで、100 GHz以上の周波数帯域で、近似的な縁端効果の補正を用いた従来の解析法よりも正確な誘電率が得られた(概要図右)。開発した解析アルゴリズムの妥当性は、有限要素法による電磁界シミュレーションとの比較によっても確認された。
これらの開発によって、これまでは難しかった110 GHzから170 GHzの周波数帯を含む超広帯域での低損失材料の誘電率の高精度計測が可能となった。今回開発した信頼性の高い材料計測技術により、高速無線通信などでのミリ波帯のさらなる利用が期待される。
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図1 開発した0.8 mm同軸線路を用いた励振機構を持つ共振器の写真と模式図 |
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図2 共振波形の測定結果例 |
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図3 縁端効果の模式図 |
今後は、平衡型円板共振器法のさらなる高周波化を目指すとともに、ほかの測定方法との比較をミリ波帯で実施する。測定精度の向上や測定結果の妥当性確保の取り組みを進め、ミリ波帯の材料開発への貢献を目指す。