国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)人工知能研究センター【研究センター長 辻井 潤一】/産総研・東工大 実社会ビッグデータ活用 オープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 小川 宏高】 中村 良介 研究チーム長は、産総研が保有する人工知能処理向け計算機であるABCIを用いて衛星マイクロ波センサーPALSARが取得した全てのSARデータの画像処理を行った。また、全世界を対象に地表面の状態に応じて色分けされたカラーレーダー画像を作成してオープン&フリーポリシー(CC BY)で以下のサイトから公開した。
https://gsrt.airc.aist.go.jp/landbrowser/index.html
従来の衛星運用システムでは、計算能力の不足から衛星が取得したデータは部分的に画像処理されるだけで、衛星データの価値を十分に活かしたタイムリーな利用がなされていなかった。今回、ABCIを用いて、5年3ヶ月(2006年1月~2011年4月)のPALSARの運用期間中の全データ(約200万シーン、700TB)の画像処理を行い、画像処理時間や画像品質の観点から実用性を評価した。さらに、地表面の状態を詳細に解析するために4偏波モードで取得されたデータに、SARデータ分析手法の一つである散乱電力分解を施して、地表面の状態に応じて色分けしたカラーレーダー画像を作成し、広範囲な地表面の時系列変化が容易にわかることを示した。
専門性の高いSAR画像を容易に解釈できる画像処理事例とともに、全世界を対象とするカラーレーダー画像のオープン&フリーポリシーでの公開により、衛星データ利活用への参入障壁を低減でき、産業界での新たな衛星データ利用の促進やグローバル観測という衛星観測の利点を活かした地球規模の社会課題の解決(違法森林伐採や食糧生産管理など)への貢献が期待できる。
図1 ABCI上でのレーダー画像のカラー化
衛星データは観測領域が広いため取得するデータ量が多く、従来は衛星の観測能力と取得したデータを処理する計算機能力にギャップがあり、取得した全データをタイムリーに全数処理することが困難なため選択的なデータ処理が行われてきた。また、近年では衛星能力の向上に伴い観測の広域化、高解像度化が進み取得されるデータ量が一層増加している。
近年、社会活動や企業活動の一部として世界的に衛星データ利用が拡大しており、衛星が取得したデータのタイムリーな全数処理が、衛星データの提供者と利用者の双方から求められている。
産総研では資源探査を中心にJERS-1 (OPS、SAR)、ASTER、PALSAR、HISUIといった衛星搭載センサーの開発や利用法の研究、新規センサー開発に関する研究を行ってきた(2016年4月1日産総研プレス発表)。
2018年にはABCI稼働に合わせ、ビッグデータの一つである衛星データにAI技術を適用し、大量のデータから効率的に地表面にあるモノや地表面の変化を識別し、その要因や発生している事象を認識するための研究を進めるとともに、高温検知システム Hotareaや、ゴルフ場、メガソーラー(太陽光発電所)などの教師データのセットを公開してきた。
最近では衛星データの中でも、画像の判読は難しいが天候や昼夜の影響を受けないSARデータに注目し、地表面上のモノや変化を容易に識別・認識するための研究を進めている。今回は、ABCI上での衛星データ処理の実用性を確認するため経済産業省と宇宙開発事業団(現 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)が開発したPALSARのデータを用いて評価・検証を行った。
今回、ABCI上での衛星データ処理の実用性を確認するため産総研が保有するPALSARデータを用い、①処理環境の構築、②一部のデータを用いた処理動作と精度の確認、③全数データ処理の順序で評価・検証を行った。
処理環境の構築では、ビッグデータ処理での利用が拡大しているコンテナプラットフォームや商用のSARデータ解析ソフトウエアを利活用し、ABCI上にSAR画像処理環境を構築した。その後、PALSARデータの一部を用いて画像処理が正常に行われること、また作成したPALSAR画像の精度は国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構が提供するPALSAR画像と同等であることを確認した。
以上の準備の後、5年3ヶ月のPALSAR運用期間に取得された約200万シーン(1日平均約1,000シーン)のデータに対し、ABCIを用いた並列処理(300)により、約3ヶ月(1日平均約20,000シーン)という短期間で全データの画像処理を完了した。
続いて、衛星データの全地球全数処理の有用性を示すため、4偏波モードで取得したPALSARデータを用いて散乱電力分解を行い、地表面の状態(散乱モデル)に応じて色分けしたカラーレーダー画像として地図化した。散乱モデルには主として4種があり、カラーレーダー画像では表面散乱を青色に、二回反射散乱を赤色に、体積散乱を緑色に色分けした。なお、ヘリックス散乱は赤色と緑色に均等に割り当てた。
図2は、南米の熱帯雨林の時系列変化の一例である。体積散乱が多くみられる森林部分は緑色、表面散乱が多くみられる伐採地は青色で示され、時系列変化を見ると森林(緑色)が伐採(青色)されていく様子が見て取れる。また、赤色は二回反射散乱が多くみられることを表し伐採後に新たに草木が成長してきたと推測できる。このことから、熱帯雨林域の定期的な観測により伐採過程が把握でき、計画外の違法伐採などの検知が期待できる。
図2 南米における森林伐採の様子
また、図3は越後平野での稲作の時系列変化の一例であり、6月(左図)と8月(中央図)を比べると、苗や稲がそれほど成長していない6月では表面散乱(青色)が多くみられ、稲が成長してくる8月では二回反射散乱(赤色)が多くみられる。翌年5月(右図)を見ると6月とほぼ同様の様相であり、稲作での季節性を確認できる。このことから広域での稲作の発育状況や分布を把握でき、生産量管理などへの利用が期待できる。
図3 越後平野における稲作の時系列変化
SAR衛星は夜間や降雨時にも観測でき、世界中の地表面情報を定期的に取得できる。そのため、地表面上のモノや変化の識別・認識が容易となるカラーレーダー画像を作成し公開することで、大規模違法伐採監視や広域での米の生産量管理の他、グローバルな水産管理、インフラ保全といった地球規模の社会課題解決への貢献が期待できる。また、成果をオープン&フリーポリシーで公開することで新たな衛星データ利用の創出を期待するとともに、政府系衛星データの一層のオープン&フリー化の推進に寄与していきたい。
今後増え続ける衛星データに対し、ABCI上での衛星ビッグデータ処理を種々の衛星データへ拡大するためのケーススタディーを進めるとともに、他の衛星データプラットフォームと容易に連携するための研究を進め、衛星能力をフル活用できる仕組みを構築する。
また、SARデータの利便性向上のため、カラーレーダー画像とAIを組み合わせて全球の土地利用土地被覆分類の研究を進め、利用者が理解しやすいSAR分析画像の開発を進める。
さらに、今後爆発的な増大が予測される種々の衛星データ(光学センサー、SARセンサー、ハイパースペクトルセンサーなど)に対し、それらを統合的に分析し全球の変化を効率的に捉えるためのフレームワーク構築を目指す。