国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 光畑 裕司】地下水研究グループは、大阪平野の水文環境図を作成した。また、この水文環境図をもとに、再生可能エネルギー研究センター【研究センター長 古谷 博秀】地中熱チームは、大阪府【知事 吉村 洋文】と共同で地中熱利用システム(クローズドループ、オープンループ)に対応した2種類の地中熱ポテンシャルマップを整備し、水文環境図とともにウェブサイトに公開した。
水文環境図は、地下水の水質、水量、温度ならびに帯水層特性などを取りまとめた地図であり、地中熱ポテンシャルマップは、水文環境図の地下水情報から関連するデータ(地質・地下水位・地下温度など)を抽出し、解析を加えて作成された地中熱の利用可能性を示した地図である。西日本最大の経済都市域である大阪平野の水文環境図を整備し、大阪府と共同で冷房需要に対応した地中熱ポテンシャルマップを初めて作成したことで、学術成果を地域の特性に応じた形で還元し、地中熱利用システムの社会実装への道筋を付けることができると期待される。
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水文環境図(左)と地中熱ポテンシャルマップ(右)との関係
地質・地下水位・地下温度などの情報をまとめた水文環境図(左)に基づいて作成した地下水流動・熱輸送モデル(中)から地中熱分布を解析して地中熱ポテンシャルマップ(右)を作成する。 |
地下水は生活用水のみならず、工業用水や農業用水として都市圏の経済を支えてきた。しかし、1930年頃から過剰揚水による地盤沈下や塩水化が顕在化し、東京や大阪などの一部の地域では地下水利用が制限されてきた。近年では、地下水位の回復による地下鉄などの地下構造物への漏水も問題化し、地下水位の上昇への対策に迫られている地域もある。こうした状況から、持続可能な地下水の利用と保全、ならびに新たな技術を活かした地下水活用が求められている。
地中熱利用システムは地下水の熱や地下の温度差を有効利用して、少ない電力で冷暖房を行うことができる省エネ技術であり、東日本大震災をきっかけに、昨今ではヒートアイランド現象や地球温暖化の抑制技術としても、注目を集めている。これまでの研究例では地中熱利用システムの導入により、年間で40 %~50 %の節電・省エネが実証されている。しかし、地域に適した地中熱利用システム設計や設置コスト試算を行うための情報が不十分であることなどが普及のネックとなっている。
国の方針に基づき、産総研 地質調査総合センターは、国民生活の安全・安心の確保を目的に、人口や経済インフラが集積する大きな平野や盆地を対象に多様な地下水データを統合・デジタル化し水文環境図を整備・公開してきた。2019年5月31日からはウェブサイトによる一般への公開を開始した(2019年5月31日 産総研プレス発表)。地下水研究グループでは、大阪平野についても水文環境図作成に向けて地下水情報を整理してきた。また、地中熱チームは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業により、暖房需要の高い東北地域を対象にして地中熱ポテンシャルの評価手法を研究開発してきたが、冷房需要が主体の西日本地域への適用が課題となっていた。
一方、大阪府は東日本大震災を契機に大阪市と共同で「おおさかエネルギー地産地消推進プラン」を策定し、本プランに基づき再生可能エネルギーの普及や省エネの推進に努めてきた。その中で、個人や事業者を対象に地中熱利用システムの導入促進にも力を入れようとしてきたが、そのために必要となる指標がなかった。そこで、産総研と大阪府は、大阪平野の地中熱ポテンシャルに関する情報を「見える化」するため、大阪平野の地中熱ポテンシャルの評価とポテンシャルマップの作成に取り組んだ。
産総研は、大阪平野について水文環境図を作成し、その情報の一部を利用して、地下水流動・熱輸送モデルを構築し、それを元に地中熱ポテンシャルマップを作成した(概念図)。詳細については下記に示す。
◆大阪平野の水文環境図
大阪平野の水文環境図は、既存の報告書や論文から地下水に関する地形・地質構造や過去から現在にかけての地下水位、水質、温度データを抽出し、精査して取りまとめて作成した。大阪平野を形成する古い基盤岩(花こう岩など)とその上に堆積している約258万年前から始まる更新世以降の堆積物を第1帯水層から第4帯水層までに区分し、それぞれの帯水層での地下水の比湧出量、水質、基底面の深さなどの特徴を取りまとめた。
図1に水文環境図の一例として、大阪平野の帯水層区分と、第1帯水層の基底面(図1左の層序「Ma9」の下面)の標高線を示す。西宮から大阪にかけての沿岸部と河内を中心とした内陸部には、濃い青色で示した第1帯水層の基底面が深い場所があり、窪地状となっていることから大阪平野の地下には、2つの盆地状で多量の地下水が貯留されるような構造があることが分かる。これらのデータは、水文環境図 No. 11「大阪平野」(https://gbank.gsj.jp/WaterEnvironmentMap/contents/osaka/osaka.htm)で閲覧でき、第1帯水層以外の帯水層やその他の地下水情報についても整備・公開している。
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図1 大阪平野の帯水層区分(左)と第1帯水層の基底面標高図(右)
右図において基底面の標高の高い地域を暖色系の色で、標高の低い地域を寒色系の色で示してある。 |
◆大阪平野の地中熱ポテンシャルマップ
地中熱ポテンシャルマップの作成には、地下水の流れや熱の輸送をパソコン上で計算し再現するための地下水流動・熱輸送モデルが必要である。そこで、水文環境図の帯水層区分(図1)をもとに作成された地質構造モデルに、水文環境図に含まれている地下水位や地下温度プロファイルの情報を反映させて、地下水流動・熱輸送モデルを構築し、地中熱ポテンシャルを計算した(概念図)。それらの結果をもとに、「クローズドループ」と「オープンループ」の2種類の地中熱利用システムについて、それぞれ「必要熱交換器の長さ」のマップや「適地」のマップを作成した。
図2に大阪平野の「クローズドループ」地中熱利用システムについての地中熱ポテンシャルマップの例を示す。この図には、大阪平野の平均的な気象条件で、一般的な戸建住宅1軒の冷暖房需要を賄えるクローズドループの地中熱利用システムに必要な「熱交換器の長さ」の分布が示されている。一般に、地下水流動の速い地域ほど効率的に熱交換できるため、地中熱利用システムに必要な熱交換器の長さは短くなる。熱交換器長さが短いほど設置コストが安く、地中熱ポテンシャルが高いと言える。大阪平野全体では、地下水流動が活発な富田林市や河内長野市の周辺(図2の赤やオレンジ色で示された地域)で熱交換器の長さが最も短くなる傾向が見られた。
クローズドループについての地中熱ポテンシャルマップとしては、図2の熱交換器長さの分布図のほか、100 mの熱交換器を設置した際の採熱量と排熱量をそれぞれ示した2つのマップも作成・公開した(https://www.gsj.jp/data/interim-report/GSJ_DOC_INR_078_2019.pdf [PDF:4 MB])。
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図2 「クローズドループ」に関する地中熱ポテンシャルマップの例
必要な熱交換器の長さが短い地域を暖色系の色で、長い地域を寒色系の色で示している。 |
図3は「オープンループ」地中熱利用システムの適地を示す地中熱ポテンシャルマップである。今回、帯水層の層厚が 20 m 以上の地域を、十分な地下水を確保できる適地と判断した。また、オープンループを導入するには地下水の揚水能力や還元能力を把握する必要がある。図3では丘陵や台地などの帯水層が薄くて揚水能力が相対的に低い地域を黄色で、湧水帯など地下水が上向きに流動していて揚水した水が帯水層に戻りづらくて還元能力が相対的に低い地域を青色で示してある。それ以外のピンクで示された地域はオープンループの適地と判断された。この図に示した適地は、図1(右)に示した多量の地下水が貯留されるような構造をもつ地域(青色系で塗られた範囲)とおおむね一致していた。
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図3 「オープンループ」の適地を示した地中熱ポテンシャルマップ
オープンループの地中熱利用システムの適地をピンク色で示してある。 |
このように冷房需要の高い大阪府周辺で初めて地中熱ポテンシャルの評価手法を適用できたことで、他の西日本地域でも冷房需要を想定した地中熱ポテンシャルマップの整備に展開できる可能性がある。また、大阪平野の水文環境図と2種類の地中熱ポテンシャルマップから分かるように、地域ごとの地下環境に適した地中熱利用システムが定量的に「見える化」したことで、地中熱利用システムの導入コストや設置を具体的に検討しやすくなる。これにより、地域ごとの地下環境に最適なシステム設計の促進にも繋がることが期待される。なお、今回の地中熱ポテンシャルマップの詳細は、「大阪平野における地中熱ポテンシャルマップ」として地質調査総合センター速報でも公開している。
今後は、新潟平野・静岡平野・京都盆地・和歌山平野・北九州地域などの水文環境図の整備を進め、順次公開していく。また、暖房需要の高い東日本地域に加えて、冷房需要の高い西日本でも地中熱ポテンシャルマップの整備・公開を進めていく。