国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 光畑 裕司】 地下水研究グループは、近年、災害時対応や経済性から再び注目が集まっている地下水に関するマップ、水文環境図をウェブサイトで公開した。水文環境図は、水質、水温、水位などの情報を、世界の水理地質図を参考に独自に作成したガイドラインに沿って編集したものである。同時に、地下水の水質情報などを、全国統一基準で示すことができる全国水文環境データベースも公開した(https://gbank.gsj.jp/WaterEnvironmentMap/main.html)。
今回公開した水文環境図および全国水文環境データベースは、ユーザーが見たい情報を選択して簡単に閲覧できる「地下水の地図」である。地下水の水質、水温、水位などには地域性があるが、「地下水の地図」によってこれらの情報が鮮明になる。これにより、地下水の商業利用や企業の誘致、省エネルギー効果のある地中熱利用、持続的な地下水の利活用への貢献、さらには、地域や社会の発展に向けたさまざまなアイデアの創出につながると期待される。
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今回公開した「地下水の地図」、水文環境図 |
左図は水文環境図の内容を概念的に示したもの。水文環境図では地下水に関するさまざまな情報を重ねて表示できる(右図)。 |
地下水は年間を通じて安定した温度、良好な水質が保たれ、井戸があれば簡単に入手できる優れた水資源として古くから日本国内で利用されてきた。しかし、高度経済成長期に、地下水の過剰揚水による地盤沈下や塩水化が顕在化したため、生活用水は地表水へと転換され、地下水は私たちの生活から遠い存在となった。
近年、家庭用ウォーターサーバーの普及に伴うミネラルウォーター需要の増大、高い経済性と安定性に着目した大規模施設における井戸の設置、そして水資源の利用と保全を目的とした新しい法律(水循環基本法:2014年)の施行といった社会情勢の変化が生じており、さらには、災害時の緊急水源としての利用が見直されるなど、地下水に対する注目が再び高まっている。また、地下水の安定した温度を利用した省エネルギー技術である地中熱利用も促進されており、地下水は、省エネ対策の観点からも存在感を増している。しかし、地下水の動きは地表からは見えず、適切な利活用の障害になっていた。そのため「見える化」は重要なニーズとなっており、地下水を可視化した「地下水の地図」が望まれていた。
産総研地質調査総合センターは、その前身の旧地質調査所時代から、60年以上「地下水の地図」を出版しつづけている。水文環境図は地下水の情報を盆地や平野単位でまとめた「地下水の地図」で、2002年より電子媒体(CD)で出版してきた。さまざまな地下水の情報を任意に重ね合わせて表示する機能を搭載するためCDとしたが、ウェブブラウザーの更新などにより、過去の水文環境図を閲覧できなくなる問題があった。そこで、ユーザーが求める情報について検討を重ね、ウェブサイトを通じてより簡単で選択的に情報を閲覧できるシステムの構築を進めた。
今回、これまでに出版した4地域(関東平野、熊本地域、石狩平野、富士山)の水文環境図に、新たに2地域(筑紫平野、勇払平野)の水文環境図を加えてウェブで公開した(図1)。また全国水文環境データベースとして、2000年以降に地下水研究グループが実施してきた広域地下水流動調査の結果をこれら6地域のデータに加えて公開した(図2)。今回公開したウェブサイトでは過去に公開された幾つかの水に関するデータベースやマップが抱えている問題点、具体的にはユーザーによる閲覧情報の選択や、二次利用の制限などを解決している。その他、ウェブ版の水文環境図では、これまで統一されていなかった、情報閲覧リストの統一化を実施し、より使い勝手のよいものとなっている。また全国水文環境データベースでは、地域における地下水の特徴を明瞭にし、比較しやすくするために、表示項目に全国統一の閾値を設けて分類・整理を行った。両者の詳細については以下に示すとおりである。
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図1 水文環境図の表示例
筑紫平野(福岡県、佐賀県)における地下水位の等高線(青線)。
大文字のアルファベットで示した地点(図中の□)は地下水位測定地点。 |
図1に筑紫平野(福岡県、佐賀県)の地下水位の等高線を示す。地下水は水位の高いところから低い方へ流れる。鳥栖市や久留米市では青矢印で示すように河川に向かって地下水が流れ、平野全体では地下水は、おおむね佐賀市内へと流れ込むことがわかる。また、八女市やみやま市は、等高線の間隔が狭く地下水位の勾配が急な地域であり、地下水の流れが速い。このように水文環境図から、水位や地下水の流れる方向がわかる。その他にも、水質、温度、地形、地質など、ユーザーが得たい情報を選択して閲覧できる。このような地下水の情報は、その地域の経済発展のための基礎資料となる。例えば、地下水の流れが速い地域では、地下の温度を利用した地中熱ヒートポンプの効率が高くなる。また、深い井戸を掘らなくとも良質の地下水を利用できる地域は、飲料メーカーや工業製品メーカーなどの立地に適しているなど、地域の特色を生かした地方創生の一助を担うものである。
なお、地下水は自治体の境界を横断して流れるため、地下水資源を持続的に保全・活用していくためには行政単位を超えて地下水の利用を考える必要がある。水文環境図を用いると、ユーザーは居住地域とその周辺地域の地下水情報をひと目で知ることができ、互いの地域の地下水情報を理解しあうことが可能となる。
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図2 全国水文環境データベースの表示例
関東平野・富士山地域・濃尾平野の地下水温を表示。 |
また、全国水文環境データベース(図2)では水温や水質データを全国マップ上に表示できるため、ある地域全体の地下水の特徴がより明確となる。例として、図2に地下水の水温を示すが、富士山周辺の高地の地下水は、他の平野部の地下水より水温が低いことや、関東平野の内陸部で地下水温が高いことなどがわかる。今後、全国水文環境データベースにデータを蓄積していくことで、将来的に日本の地下水の一般的性質を明らかできると期待される。
大阪平野、山形盆地、新潟平野、静岡平野、和歌山平野の水文環境図を整備し、順次公開していく。また、これまで蓄積してきた膨大な全国の地下水情報を整理し、全国水文環境データベースに反映する。このような地下水情報を随時提供していくとともに、地下水情報を活用した企業や自治体との連携につなげていく。