発表・掲載日:2018/12/19

植物や鉱物だけからなる紫外線カット透湿フィルムを開発

-紫外線吸収性、透湿性に優れた農業用紫外線カットフィルムとして期待-

ポイント

  • 石油由来の成分を使わずにリグニンと粘土だけからなる紫外線カット透湿フィルムを開発
  • リグニンの構造に由来する高い紫外線吸収性と、従来の農業用フィルムと同等の高い透湿性を実現
  • 農業用紫外線カットフィルムとしての利用に期待


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 古屋 武】機能素材プロセッシンググループ 石井 亮 研究グループ長、敷中 一洋 主任研究員は、国立研究開発法人 森林研究・整備機構【理事長 沢田 治雄】 森林総合研究所(以下「森林総研」という)森林資源化学研究領域【領域長 中村 雅哉】大塚 祐一郎 主任研究員と共同で、リグニン粘土だけからなる透明で透湿性に優れた紫外線カットフィルムを開発した。

産総研は、粘土を主成分とする膜材料「クレースト®」を開発し、その実用化に取り組んでいる。今回、リグニンをクレースト®の成分として加えて、透明な紫外線カット透湿フィルム、リグノクレーストを作製した。リグノクレーストは、従来のクレースト®には無い高い紫外線吸収性(約99 %カット)と高い透湿性 (1,100 g/m2・day)を持つ。これは従来の農業用フィルムと同等の透湿性で、紫外線吸収性は従来の農業用紫外線カットフィルム以上である。高い紫外線吸収性はリグニンの発色団構造に、高い透湿性はナノメートルレベルで積層したリグニンと粘土が作る空隙にそれぞれ由来する。

概要図
今回開発したフィルムの外観(左)、機能模式図とフィルムの断面構造模式図(右)


開発の社会的背景

近年、農業分野では、温暖化による気温上昇が引き起こす病害虫の活動活発化に伴う病害虫被害拡大が懸念されている。病害虫による被害を防ぐ目的で一般の防虫ネットを用いた場合は農薬を使用する必要があるが、病害虫の多くは紫外線への走光性を持つため、病害虫の侵入を防ぐ紫外線カットフィルムによる農業用被覆資材(ビニールハウスやマルチフィルムなど)が有効であり、その需要が増加している。また、石油由来成分の使用による環境負荷を低減するため、石油由来成分以外の植物成分や鉱物成分を用いた機能材料開発が、持続可能な社会実現のために注目を集めている。しかし石油由来成分を用いない紫外線カットフィルムはこれまでにほとんど例が無く開発が望まれていた。

研究の経緯

産総研は2003年より、不燃性、耐熱性、ガスバリア性などを特徴とする粘土膜材料(クレースト®)の開発・実用化に取り組んできた。現在までにこれらの特性を生かしたガスケット、電子回路フィルム、不燃照明カバーや工芸品の耐擦過性・耐候性コーティングなどが実用化されている。また、森林総研は、強酸・強アルカリを用いて処理する従来のリグニン抽出方法とは異なり、リグニンの成分変質などを防ぐ新たなリグニン抽出法の開発や、得られたリグニンを使った機能材料の開発に取り組んできた。

リグニンは、耐熱性や紫外線吸収性を持つ植物由来の高分子であり、農業用紫外線カットフィルムなどへの利用が期待される。そこで今回、両者は共同で、クレースト®とリグニンを組み合わせて、環境負荷の低い農業用被覆資材の開発に取り組んだ。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推事業 「先端的低炭素化技術開発(ALCA)」(平成28~31年度)による支援を受けて行った。

研究の内容

クレースト®は本来、紫外線吸収性を持たないため、紫外線カットフィルムとして用いるには紫外線吸収剤を別途添加する必要がある。加えて、クレースト®は水蒸気バリア性が高いため、農業用フィルムに求められる水蒸気透過性の付与も課題であった。一方、産総研は森林総研と共同で、「同時酵素糖化粉砕法」で抽出したリグニンを使った機能材料を2016年に開発した。同時酵素糖化粉砕法は、強酸や強アルカリを使わないので成分の変質が少ない水分散性リグニンナノ粒子を抽出できるが、このリグニンナノ粒子単独で自立膜とするのは困難であった。そこで今回、水分散性リグニンナノ粒子が紫外線吸収性を持つことに着目し、クレースト作製技術を用いてリグニンナノ粒子を含む自立膜を開発した。水分散性リグニンナノ粒子は水中でクレースト®の主成分である粘土と簡単に混合でき、その混合液を用いて製膜すると、リグニンナノ粒子を含むクレースト® (リグノクレースト)が得られる(概要図)。

まず、紫外可視分光法により確認されたリグノクレーストの280 nmから400 nmの領域での紫外線遮蔽率は0.03 mmの膜厚で99 %以上であった。これは、従来の農業用紫外線カットフィルム(0.1 mm厚で紫外線遮蔽率90 %程度)に比べ高い紫外線吸収性である(図1左)。この紫外線吸収性はリグニンが持つフェノールやケトンなどの発色団構造に由来するもので、同時酵素糖化粉砕法で抽出したリグニンでは発色団構造の変性が抑制されたため実現できた。

次いで、防湿包装材料の透湿度を試験するJIS Z0208に従ったカップ法でリグノクレーストの水蒸気透過性を調べたところ、その透湿度は1,100 g/m2・dayで、従来の農業用紫外線カットフィルムに用いられる多孔性ポリオレフィンの透湿度(1,200 g/m2・day)に匹敵する値であった(図1右)。これまでに、ほとんど水蒸気を通さないクレースト®(図2右下)が開発されているが、その透湿度は10-5 g/m2・dayであった。この高い水蒸気バリア性は、緻密に積層した粘土の間を有機物質が埋める構造による(図2右上)。一方、リグノクレーストは、透過型電子顕微鏡による観察より、リグニンもしくは粘土からなる数十nm厚の層が交互に積層し、かつクレースト®より空隙を含む構造であった(図2左上及び図2左下)。水蒸気はリグニン層に含まれる数十nmの空隙を通って透過すると考えられる。リグノクレーストの特異な積層構造の形成過程は明らかではないが、その構造形成にリグニンナノ粒子が大きく寄与したと推測される。なお、リグノクレーストの難燃性は従来のクレースト®と同等であった。リグノクレーストはJISK7162に従った引張特性試験では破断強度480 MPa、弾性率770 MPaを示し、透明でありながらリグニンに由来する木肌色を呈する。

リグノクレーストは、農作物生育に必要な透湿性と従来よりも高い紫外線吸収性を持つため、病害虫を寄せ付けない紫外線カットフィルムとして優位性を持つ。また、従来の農業用紫外線カットフィルムは、石油由来成分を用いた塩化ビニル系樹脂やポリオレフィン系樹脂などが主で、使用後は回収・焼却処分が必要である一方で、リグノクレーストは、植物・鉱物由来成分だけからなり、リグニンには生分解性が期待され、粘土成分はそのまま土に戻るため、すき込み処分できると見込まれ、農業用被覆材として用いると、作業のコスト低減や効率化が期待される。

図1
図1 従来品の農業用紫外線カットフィルムとリグノクレーストの紫外線遮蔽率(左)と透湿度(右)

図2
図2 リグノクレーストの構造模式図(左上)と透過型電子顕微鏡像(左下)、クレースト®の構造模式図(右上)と透過型電子顕微鏡像(右下)

今後の予定

今回開発したリグノクレーストについて、さらに広範な性能評価試験を行うと同時に、農業用被覆材などの用途を産業界と検討し、早期の製品化を目指した研究開発を行う。また、同時酵素糖化粉砕法の汎用化・コストダウンを通じ、原料のリグニンの供給体制を確立する。



用語の説明

◆リグニン
植物の25~35 %を占める構成成分として重要な高分子化合物。ベンゼン環に水酸基、メトキシル基などが結合した基本要素を持つポリフェノール類である。植物の細胞や細胞壁を結合させ、強化する成分。[参照元へ戻る]
◆粘土
2 µm以下の微細な層状珪酸塩。ケイ素と酸素からなる4面体シートとアルミニウム、鉄、マグネシウムなどの金属元素、酸素、水酸基からなる8面体シートが重なり合った、厚さ約1 nmの単位結晶である。[参照元へ戻る]
◆クレースト®
産総研で開発された、粘土を主成分とする膜材料。厚さ約1 nmの粘土を緻密に積層した柔軟で耐熱性に優れた膜である。耐熱性、高ガスバリア性などが特徴。合成粘土を用いることにより透明なフィルムも作製することができる。[参照元へ戻る]
◆発色団
可視領域や紫外領域などの光を吸収する原子ないし原子団。[参照元へ戻る]
◆同時酵素糖化粉砕法
植物の粉砕と同時に酵素糖化を行うことで、強酸・強アルカリを使わずにリグニンを変性の少ない水分散性ナノ粒子として抽出する技術。酵素糖化とは、酵素によって、多糖を単糖やオリゴ糖に変化させる方法であるが、同時酵素糖化粉砕法では、酵素にセルラーゼ・ヘミセルラーゼを用いている。[参照元へ戻る]
◆紫外線遮蔽率
320~400 nm(紫外線A波:UVA)や280~320 nm(紫外線B波:UVB)の波長領域の紫外線を遮蔽する割合。それぞれの波長の紫外線は太陽光線に含まれ、照射により樹脂の劣化や肌におけるシミやしわの発生などを引き起こす。 [参照元へ戻る]
◆カップ法
吸湿材を入れ試験膜で蓋をしたカップを恒温恒湿で静置し、カップの質量変化から膜を通過した水蒸気量を算出、透湿度を計算する方法。[参照元へ戻る]
◆すき込み処分
農機具や鍬などで土に混ぜ合わせる農業用資材の処分法。[参照元へ戻る]



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