国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)創薬基盤研究部門【研究部門長 亀山 仁彦】医薬品アッセイデバイス研究グループ 須丸 公雄 上級主任研究員、金森 敏幸 研究グループ長は、国立研究開発法人 理化学研究所【理事長 松本 紘】(以下「理研」という)バイオリソース研究センター【センター長 小幡 裕一】iPS細胞高次特性解析開発チーム 林 洋平 チームリーダー(2018年3月末まで国立大学法人 筑波大学【学長 永田 恭介】(以下「筑波大学」という)医学医療系 助教)、株式会社 片岡製作所【代表取締役 片岡 宏二】(以下「片岡製作所」という)、学校法人 名城大学【理事長 立花 貞司】(以下「名城大学」という)理工学部電気電子工学科 堀田 一弘 教授、株式会社 iPSポータル【代表取締役 村山 昇作】(以下「iPSポータル」という)とともに、光応答性ポリマーとレーザーを用いて、機械学習の一手法であるディープラーニング(深層学習)に基づき、培養細胞を高速に自動処理する技術を開発した。
この技術は、今後見込まれるヒト由来細胞の大量活用のニーズに応えるべく、機械学習に基づく培養細胞種の判別・純化や細胞単層の切断・均一細分化などを自動で高速に行うもので、培養細胞の精密処理や品質管理の自動化により、創薬や再生医療に貢献することが期待される。
なお、この技術の詳細は、2018年12月7日(英国時間)にCommunications Biologyに掲載される。
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今回開発した光応答性ポリマーを用いた培養細胞の自動高速レーザープロセシングの概要 |
ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立などをきっかけに、近年、培養ヒト細胞の利活用に向けた動きが本格化している。また、医療用の細胞の製造に関する法整備が進められ、各地で細胞プロセシングセンターが建設されている。現在、不要細胞の判別・除去(純化)や、細胞単層の細分化を伴う継代操作は、基本的に人の手作業で行われているが、今後見込まれる細胞加工製品への需要の増加や品質管理の厳格化などに対応するため、こうした操作の自動化へのニーズが急速に高まっている。
産総研では、基材上の培養細胞の個別操作の実現を目指して、これまで光による細胞操作技術の開発を進めてきた(2005年6月29日 産総研プレス発表)。そうした中、片岡製作所との共同研究を2014年に開始し、光応答性ポリマーを用いて培養細胞の高速レーザー処理を実現する要素技術を確立した(特許6090891号)。今回、この技術に基づき、理研、名城大学、筑波大学、iPSポータルと連携して、ヒトiPS細胞の継代培養に必要な基本操作を自動化する技術の開発に取り組んだ。
なお、この開発は、公益財団法人 京都産業21の平成27年度「京都府エコノミック・ガーデニング支援強化事業<研究開発型>」、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」、つくば産学連携強化プロジェクト「筑波大学・産総研合わせ技ファンド」、公益財団法人 興和生命科学振興財団の研究助成「生命科学における光技術の応用」による支援を受けて行った。
レーザーを用いて基材上の培養細胞から不要な細胞を分別除去する技術はこれまでにもさまざまな検討が進められてきたが、処理速度の遅さや培養系全体の温度上昇が、実用化や普及を阻む問題となっていた。これは、レーザーの直接的な作用に基づく従来技術では、処理速度を上げるために照射エネルギーを上げると、照射された細胞のみならず、その上や周辺にある培養液や細胞も加熱されてしまうためである(図1上)。
そこで今回、この問題を解決するため、光応答性ポリマーの薄層を培養基材表面に導入し、培養液や細胞を直接加熱しない可視光レーザーを高速で精密に走査させ、さらに、培養ディッシュ全域の顕微鏡観察像を高速に取得する機能を備えた装置を開発した。この技術は、レーザーの照射エネルギーを光応答性ポリマー層だけで効率よく熱に変換でき、直上にある標的とする細胞への作用を最大化するとともに周辺の細胞を含む培養系全体への影響を最小限に抑えることができるため、処理速度と精度が飛躍的に向上した(図1下)。
ヒトiPS細胞の継代培養では、突発的に生じた分化細胞の除去が、現在は手作業で行われている。そこで、高速に取得された培養ディッシュ全域の顕微鏡観察像から未分化iPS細胞と分化細胞を判別するプログラムを、人工知能(AI)技術の一つであるディープラーニングに基づいて開発した。このプログラムは、未分化のヒトiPS細胞だけを特異的に染色するプローブ(rBC2LCN(AiLecS1)-FITC、産総研が開発し和光純薬工業株式会社から市販)を用いて染色した培養ディッシュの蛍光顕微鏡画像を「教師」画像として学習し、位相差顕微鏡画像だけから不要な分化細胞を判別できる。これを用いて、光応答性ポリマー層上で培養されたヒトiPS細胞から、突発的に生じた分化細胞をレーザー照射によって自動的に除去させたところ、未分化細胞の割合を97 %以上にまで純化できた(図2)。
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図1 従来技術との比較 |
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図2 ディープラーニングに基づくヒトiPS細胞培養系からの不要細胞の自動判別除去 |
一方、培養細胞の継代操作では多くの場合、培養ディッシュから細胞塊を薬品処理によって単細胞化して回収するが、ヒトiPS細胞の場合はそれによって引き起こされる細胞死を避けるため、ある程度の個数が集まった状態で扱う必要がある。そのため、増殖によって互いにつながった細胞からなる層を適切な大きさになるよう細分化するが、現在この操作は通常手作業で行われ、それによって大きさのバラツキが生じて継代後の培養系が不均質になり、未分化状態が不安定になりやすくなる。そこでこの問題を解決すべく、ヒトiPS細胞単層をレーザーで切断して、均一なサイズの細胞集塊を効率的に作製する技術を確立した(図3)。これを用いてヒトiPS細胞の継代培養を行ったところ、大きさのバラツキを大幅に低減でき、10継代にわたって未分化状態を安定に維持できることを確認した。
今回開発した技術により、ヒトiPS細胞の継代培養に必要な不要細胞の判別除去や、細胞単層の細分化処理の高速自動化が実現できた。これにより、品質管理下でヒトiPS細胞からの特定細胞の大量生産が可能になり、ヒト由来細胞の本格的な活用を力強く推進することが見込まれる。
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図3 レーザー切断によるヒトiPS細胞単層の均一細分化処理 |
今回開発した技術は、自動細胞プロセシング装置として片岡製作所から2018年度内に製品化される予定である。また、今後は、さらなる細胞プロセシングのニーズに対応すべく、互いにつながった細胞培養系からの選択的な細胞回収をはじめ、さまざまな細胞操作技術を確立していく。