国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】先端ゲノムデザイン研究グループ 大石 勲 研究グループ長は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 久間 和生】畜産研究部門 田上 貴寛 上級研究員らと共同で、卵白に有用組換えタンパク質を大量に含む卵を産む遺伝子改変ニワトリを作製する技術を開発した。
この技術は、次世代の遺伝子操作技術としてさまざまな動植物で研究がなされているゲノム編集技術のクリスパー・キャス9(ナイン)法をニワトリに適用し、卵白の主要なタンパク質のオボアルブミンの遺伝子座に有用タンパク質のモデルとしてヒトインターフェロンβの遺伝子を挿入(遺伝子ノックイン)する技術である。また、遺伝子を挿入した雌のニワトリ(ノックインニワトリ)が産む卵は、卵白にヒトインターフェロンβタンパク質を大量に含むこと、また、雄のノックインニワトリを利用して繁殖できることが確認された。今後、さまざまなノックインニワトリを作製することで、ヒトインターフェロンβに留まらず、バイオ医薬品や酵素タンパク質など高価な有用組換えタンパク質を極めて安価に大量生産する技術に繋がるものと期待される。
なお、本成果の詳細は、2018年7月5日(英国時間)にScientific Reportsに掲載された。
今回作製したヒトインターフェロンβノックインニワトリ
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ノックインニワトリが産んだインターフェロンβを含む卵
(白身が白濁している)
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通常(野生型)の卵
(白身は透明)
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近年、バイオ医薬品など組換えタンパク質の需要は拡大しているが、高い製造コストが課題となっている。現在、この課題を解決し得る製造技術として、さまざまな生物を遺伝子改変し、組換えタンパク質を低コストで作り出す「生物工場」が注目を集めている。例えば、ヤギを遺伝子改変し乳汁に医薬品となる有用組換えタンパク質を作らせたり、遺伝子改変イチゴを用いてイヌ歯肉炎軽減剤を製造したりするなど既に実用化されている生物工場もある。
鶏卵の卵白は多くのタンパク質を含み、しかも安価に大量生産できることから、ニワトリは組換えタンパク質の生物工場として有望視されてきた。しかし、ニワトリは受精直後の卵細胞の操作が困難なので、高精度な遺伝子改変はほとんど例がなく、組換えタンパク質を含む鶏卵を安定して大量生産する技術がなかった。
産総研は、ワクチンやバイオ医薬品、再生医療研究用試薬など有用組換えタンパク質を含む鶏卵の安価な大量生産を目指しており、ニワトリを用いた高精度な遺伝子改変技術の開発に取り組んできた。これまでに、卵白アレルゲン遺伝子を欠損したニワトリ(ノックアウトニワトリ)をゲノム編集により作製してきたが(2016年4月6日 産総研プレス発表)、今回は卵白タンパク質の約半分を占めるオボアルブミンの遺伝子座にヒト遺伝子を挿入したニワトリ(ノックインニワトリ)を作製し、鶏卵を用いて有用組換えタンパク質を安定に大量生産する技術を目指した。
今回、ゲノム編集技術により精子や卵子の元になる始原生殖細胞に遺伝子ノックインを行い、この細胞を元に卵白中にヒトインターフェロンβを生産するノックインニワトリを作製した。図1にノックインニワトリの作製法を示す。まず、雄ニワトリの初期胚血液から始原生殖細胞を分離・培養し、ゲノム編集技術のひとつであるクリスパー・キャス9法を用いて、細胞のオボアルブミン遺伝子の翻訳開始点に、有用タンパク質遺伝子のモデルとしてヒトインターフェロンβ遺伝子をノックインした。この細胞を別の雄ニワトリの初期胚に移植した後に孵化させ(第0世代)、成長させるとヒトインターフェロンβ遺伝子がオボアルブミン遺伝子座にノックインされた精子を生産した。この雄ノックインニワトリを、野生型の雌ニワトリと交配させると、次の世代(第1世代)で雌・雄のノックインニワトリが得られた。得られたすべての雌ノックインニワトリは30~60 mgのヒトインターフェロンβを含む卵を5ヶ月以上に渡って産み続けた。このヒトインターフェロンβを含む卵は孵化せず、雌ノックインニワトリから次の世代は得られなかったが、雄ノックインニワトリと野生型の雌ニワトリを交配することで、次の世代(第2世代)の雌・雄のノックインニワトリが得られた。第2世代の雌はすべて第1世代と同様に30~60 mgのヒトインターフェロンβを含む卵を生産したことから、ノックインニワトリを用いて組換えタンパク質を安定的に大量生産できることが示された。第3世代以降も同様であり、長期間、世代を超えて組換えタンパク質が生産できることや、繁殖により組換えタンパク質の生産を大規模化できることも示された。卵白に含まれるヒトインターフェロンβは、総量に対して5 %程度の活性しか認められなかったが、ヒトインターフェロンβタンパク質に簡単な変性や巻き戻し操作を施すことで、100 %の活性を回復でき、市販試薬と同等の性能が予想された。また、ヒトインターフェロンβを卵白に含む卵は数や大きさが野生型より減少する傾向はあるものの、ノックインニワトリに健康異常は認められず、野生型との間に寿命の差はなかった。
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図1ゲノム編集による有用タンパク質遺伝子ノックインニワトリの作製法 |
本研究により、ニワトリを生物工場として高価な組換えタンパク質を低コストで大量生産可能なことが初めて示された。現在、ヒトインターフェロンβは10 μgあたり約2~5万円と高額である。今回開発した技術では、卵1個に30~60 mgのヒトインターフェロンβを含んでおり、単純計算では6,000万~3億円分に相当するが、製品化には精製工程の開発が重要である。現在、国内企業(コスモ・バイオ株式会社)と、従来品より安価な製品(研究用試薬)を目指した精製工程の研究を行っている。また、さまざまな企業ニーズを踏まえて新しいノックインニワトリを開発し、インターフェロンβ以外にも鶏卵を用いた組換えタンパク質生産の研究を行うとともに、今回開発した技術自体の改良にも取り組む。