国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】細胞分子機能研究グループ付 大石 勲 総括主幹は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構【理事長 井邊 時雄】畜産研究部門 田上 貴寛 上級研究員、国立大学法人 信州大学【学長 濱田 州博】農学部 鏡味 裕 教授らと共同で、卵白に含まれる強力なアレルゲンであるオボムコイドの遺伝子を欠失したニワトリを開発した。
今回、次世代の品種改良技術としてさまざまな動植物で研究が行われているゲノム編集技術のクリスパー・キャス9(ナイン)法をニワトリに初めて適用して、ニワトリなど家禽(かきん)の新しい品種改良法を開発した。ゲノム編集により精子や卵子の元になる始原生殖細胞のオボムコイド遺伝子を欠失させて、オボムコイド遺伝子欠失ニワトリを作製した。このニワトリが生産する卵は、オボムコイドタンパク質を含まないことが期待され、副作用の少ないワクチンの生産や低アレルゲン性卵の開発に繋がると期待される。
なお、この技術の詳細は、2016年4月6日(英国時間)にScientific Reportsへオンライン掲載される。
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卵白アレルゲン「オボムコイド」遺伝子を欠失したニワトリ(左写真)と遺伝子型解析の結果の比較(右図) |
最近、次世代の品種改良法としてゲノム編集技術が注目を集めている。ゲノム編集は従来の技術よりもはるかに正確に効率よく遺伝子を操作でき、農水産物の新たな品種改良法として国際的な技術開発競争が展開されている。しかし、ニワトリをはじめとする家禽では受精直後の卵細胞の操作が困難なので、ゲノム編集技術はほとんど適用されていない。また、品種改良では重要な父方母方由来の両遺伝子に変異を導入したゲノム編集ニワトリも、これまでなかった。
産総研は、鶏卵内にワクチンやバイオ医薬品など有用なタンパク質を安価に大量生産する技術の開発を目指しており、ニワトリ始原生殖細胞を用いた高精度な染色体操作や遺伝子改変技術の開発に取り組んできた。始原生殖細胞の効率のよい遺伝子操作技術の開発や細胞培養法の改良により、従来法では困難であったニワトリのゲノム編集に取り組んだ。
なお、本研究開発の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「産業技術研究助成事業(平成19~23年度)」による支援を受けて行った。
現在、他の生物種のゲノム編集技術ではクリスパー・キャス9法が主流となっている。今回、クリスパー・キャス9法をニワトリに適用し、始原生殖細胞に90 %以上の高い確率で変異を導入する方法を考案した。この細胞を元に卵白アレルゲンであるオボムコイドの遺伝子を欠失したニワトリを開発した。図1に遺伝子欠失ニワトリの作製法を示す。まず、雄ニワトリの初期胚(孵卵開始から2.5日経過の胚)の血液から始原生殖細胞を分離した後に培養し、クリスパー・キャス9法によりオボムコイド遺伝子を欠失させた。この細胞を別の雄ニワトリの初期胚に移植した後に孵化させ(第0世代)、成長させると精子の多くがオボムコイド遺伝子を欠失していた。これらの雄ニワトリを野生型の雌ニワトリと交配して、次の世代(第1世代)では父方由来のオボムコイド遺伝子が欠失したニワトリを得た。第1世代のニワトリ同士の交配により、次の世代(第2世代)で父方、母方両方のオボムコイド遺伝子が欠失したニワトリが得られた。オボムコイド遺伝子の欠失によるニワトリの健康に異常は認められず、野生型と同様に成長を続けている。
オボムコイドは卵白中で最もアレルゲン性が強く、加熱処理や酵素処理にも強いため、除去技術の開発が試みられてきた。今回ゲノム編集技術によりオボムコイドの完全除去に目処が立ち、低アレルゲン性卵の生産に道筋がついた。この卵は将来副作用の少ないワクチン生産などに応用できると考えられる。また、オボムコイドを原因とするアレルギー疾患をもつ人が摂取できる食材への応用も可能性があるが、十分な安全性の確認とゲノム編集による産物をどのように取り扱うかの社会的な取り決めが不可欠である。それまでは法令、規則などを遵守し、これらのニワトリや卵を研究以外の目的で研究施設外に持ち出すことはない。
今後は第2世代のオボムコイド遺伝子欠失ニワトリを飼養し、オボムコイドタンパク質を含まない鶏卵生産が可能かどうか、またアレルゲン性をはじめとした卵の性状について解析を行う予定である。
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図1 オボムコイド遺伝子を欠失したゲノム編集ニワトリの作製法 |