発表・掲載日:2018/03/08

量子エニグマ暗号トランシーバーを全光ネットワークで検証

-低遅延で高セキュリティーのネットワーク実現に向けて-


概要

玉川大学 量子情報科学研究所(東京都町田市玉川学園6-1-1【所長:相馬 正宜】)の二見 史生 教授、加藤 研太郎 教授、谷澤 健 准教授と、国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)データフォトニクスプロジェクトユニット【代表 並木 周】は共同で、量子エニグマ暗号トランシーバー(*1)をネットワークに応用し、安全性を高めた低遅延な全光ネットワーク(*2)技術を実証した。実証実験は、産総研が東京都内で運用を進める回線交換型全光ネットワークのテストベッド(*3)に、玉川大学が開発したギガビットイーサネット(GbE)対応の量子エニグマ暗号トランシーバー(TU Cipher-0)を導入して行われた。実験では、フル高解像度(HD)映像配信や遠隔地へのデータバックアップなどを実行した他、通信障害復旧を想定した通信経路切替を実施した。

本成果の詳細は、2018年3月11日(日)から15日(木)まで米国カルフォルニア州サンディエゴで開催される国際会議「OFC2018 (Optical Fiber Communication Conference 2018)」で発表する。



背景

情報通信の分野では様々なアプリが利用され、サービスが多様化する今日、個人情報等の重要なデータが流出する事故も増え、ネットワークのセキュリティーが懸念されている。とりわけ、大容量のデータが流れる光ファイバー回線のセキュリティーは、今後、一層高いものが求められる。玉川大学では、光ファイバー回線の安全性を飛躍的に高める量子エニグマ暗号の研究を行っている。量子力学的現象を安全性の根拠とする量子エニグマ暗号は安全性保証が可能である。また、原理的に低遅延で暗号・復号でき、既存の光ファイバー通信回線との相性がよい。玉川大学では、ギガビットイーサネット(GbE)信号を暗号化して通信する量子エニグマ暗号トランシーバー(TU Cipher-0)を作製し、研究開発を進めている。

一方、ネット接続スピードが早くなり、超高精細映像など大容量データの通信需要のさらなる増加も見込まれている。今後の通信データ量の爆発的な増大で、既存の光ネットワークでは消費電力増大や転送遅延発生がネットワーク発展の妨げになりかねないと危惧されている。産総研は、このような問題を未然に防ぐために、電子ルーター(*4)を介さずに光のまま経路を切り替える光スイッチを用いた回線交換技術を利用したダイナミック光パスネットワーク(*5)の研究開発を進めている。昨年9月に、都内にそのテストベッドを構築し、実運用を開始した(*6)。電子ルーターを介さないダイナミック光パスネットワークでは、ユーザーは任意のフォーマットで光通信ができるため、量子エニグマ暗号を利用して、大容量のデータを高いセキュリティーの下で低遅延にやりとりできると期待されている。

今回の成果

量子エニグマ暗号トランシーバーをダイナミック光パスネットワークの都内テストベッドに導入した。ダイナミック光パスネットワークは、利用者の要求に応じて帯域保証された光パスを張る仕組みを取っており、超低消費電力で大容量のデータを低遅延に伝送することができる。導入した量子エニグマ暗号トランシーバーで、この光パスのセキュリティー強化を図った。実証実験は、産総研臨海副都心センター(江東区)内の2地点(ロビー、会議室)と東京大学(文京区)及びカイロス株式会社(千代田区)の4地点を光ノード(*7)(中央区)で接続して実施された。光ノードは、シリコンフォトニクス・スイッチ(*8)とMEMS(微小電気機械システム)光スイッチで構成される。光ノードを用いて光パスを張り、次の暗号通信の実証実験に成功した。

・フル高解像度(HD)映像のリアルタイム配信(図1参照)
・容量がテラバイトの実データ(ビデオ映像)の遠隔地バックアップ
・通信障害による通信断の復旧を想定した光パスの切替伝送(図2参照)

遠隔地データバックアップでは、暗号を用いない通常のGbEプロトコルでのバックアップと比較して、バックアップ所要時間に大きな差は出なかった。障害復旧では、障害発生後に迂回経路に光パスを切り替え、数秒程度で暗号通信を再開することができた。光ノードでシリコンフォトニクス・スイッチを用いた場合も、暗号通信できることを検証した。

以上の成果は、量子エニグマ暗号トランシーバーをネットワーク応用できることや、物理現象で安全性を保証した低遅延な大容量光ネットワークを既存インフラを利用して構築できることを示している。

なお、本研究開発の一部は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム/光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」(平成20~29年度)の支援を受けて行った。

フル高解像度(HD)映像のリアルタイム配信の図
図1 フル高解像度(HD)映像のリアルタイム配信

通信障害復旧を想定した経路切替の図
図2 通信障害復旧を想定した経路切替

学会発表

国際会議「Optical Fiber Communication Conference (OFC2018)」
F. Futami, T. Kurosu, K. Tanizawa, K. Kato, S. Suda, and S. Namiki, “Dynamic Routing of Y-00 Quantum Stream Cipher in Field-Deployed Dynamic Optical Path Network”



注釈・用語など

(1) 量子エニグマ暗号トランシーバー (TU Cipher-0)
玉川大学が開発した暗号通信用のトランシーバーで、安全性を強化するランダム化機構が組み込まれている。全二重通信可能で、ギガビットイーサネット(GbE)信号と量子エニグマ暗号信号を相互に変換するので、GbE通信回線の両端に本トランシーバーを導入すると、暗号通信によって回線を保護できる。19インチラック設置可能の幅で、高さは1U (約44 mm)。[参照元へ戻る]
(2) 全光ネットワーク
ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンターなどを、電子ルーターを介さず光のまま接続するネットワーク。[参照元へ戻る]
(3) テストベッド
光通信機器等が実際に使われる環境に近い状況を実現した試験用ネットワーク環境。この環境内でテストすることで、問題点を洗い出し、製品の精度を高めて市場に提供することが可能になる。[参照元へ戻る]
(4) 電子ルーター
インターネットでは、情報がパケットと呼ばれる単位に分けて送られる。ルーターはパケットごとの宛先を読み取って、次のルーターへと送り出す機能を持つ。インターネットでは複数のルーターを経由して情報が伝えられる。現在、LSIなどの電子デバイスを用いてルーターが構成されているため電子ルーターと呼ばれる。[参照元へ戻る]
(5) ダイナミック光パスネットワーク
ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンターなどを光スイッチで経路を切り替えてつなぎ、光のまま情報のやり取りを行うネットワーク。ユーザー間の光の経路(回線)をパスという。ユーザーがネットワークを意識しなくても、簡便に、動的にパスを切り替えることができるため、ダイナミック光パスネットワークと名付けている。以前の電話で使われていた回線交換方式を採用したネットワークともいえる。[参照元へ戻る]
(6) 産業技術総合研究所 2017/09/28プレス発表
シリコンフォトニクスによる新しい光ネットワークの実運用を開始[参照元へ戻る]
(7) 光ノード
回線交換型の全光ネットワークにおいて光パスを切り替えるために使われる装置。光スイッチで構成されており、送信者から送られる光信号は途中で電気信号に変換されることなく受信者に届けられる。[参照元へ戻る]
(8) シリコンフォトニクス・スイッチ
光ファイバー通信において、入力ファイバーの光を行き先となる出力ファイバーへつなぎかえる回線交換機の役割を担う装置。産総研では、電子半導体製造技術を用いて超小型の光集積回路を作製するシリコンフォトニクス技術を用いて、可動部分のない高信頼かつ超小型の光スイッチの研究開発を進めている。[参照元へ戻る]


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