発表・掲載日:2017/09/28

シリコンフォトニクスによる新しい光ネットワークの実運用を開始

-超高精細で超低遅延の映像サービスなどの実用化へ期待-

ポイント

  • シリコンフォトニクスによる高性能光スイッチを用いた光ネットワークの実運用を都内で開始
  • 超低消費電力の回線交換型大容量光ネットワークの実現が可能
  • 4K/8K超高精細映像の低遅延伝送による遠隔共存の実現に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)データフォトニクスプロジェクトユニット【代表 並木 周】は、ダイナミック光パスネットワークと呼ばれる新しいネットワーク技術の開発を進め、今回そのテストベッドを東京都内に構築し実運用を開始した。

 従来の光ネットワークでは、電子ルーターを用いているため、通信量に比例して消費電力が増大する。一方、今回のシステムでは、光スイッチにより信号を光のまま振り分けるため、通信量によらず超低消費電力で通信できる。また、4K/8Kなどの超高精細映像を遅延少なく非圧縮伝送でき、それによって実現する遠隔共存は、医療や教育、産業などの幅広い分野で革新を引き起こすほか、AR/VRなどを活用したeスポーツなどの新産業創出の契機になることが期待されている。

 今回のテストベッドは都内の既設の未使用光ファイバーを利用した。ユーザーの要求に基づき、任意のユーザー間を光回線(光パス)でつなぐ回線交換型の光ネットワークである。数万人規模のユーザーに対応するには高性能な光スイッチが多数必要となる。シリコンフォトニクス技術による光スイッチは、信頼性が高く、小型・低消費電力で大量生産に適しているが、実用面での課題が多く、これまで実験室での検証にとどまっていた。今回、光スイッチの多くの課題が解決でき、実環境で安定に動作するレベルに達したため、今回のテストベッド実運用を初めて実現した。この技術の詳細は、国内外の学会などのほか、10月3~6日に幕張メッセ(千葉県幕張市)で開催されるCEATECで技術展示される。

ダイナミック光パスネットワークの概念図の画像
ダイナミック光パスネットワークの概念図


開発の社会的背景

 今日、情報通信ネットワークを介したサービスは多様化しさまざまなイノベーションが生まれている。とりわけ進展が著しいのは映像を利用したサービスであり、映像機器の進展も著しく、精細度ではHDから4Kさらには8Kへと向上しつつある。8Kは初めて人間の視覚を超えたデジタル映像技術であり、かつて無い臨場感や没入感が得られる。これら映像技術と大容量ネットワークを組み合わせると、遠隔地の人々があたかも同じ場所にいるような感覚でコミュニケーションできる遠隔共存が可能になる。

 一方、インターネットの通信量は動画コンテンツの増加などにより年30~40 %の割合で増え続けている。これに伴う電子ルーターの消費電力の増加は、通信量上昇のボトルネックになると予想されている。また、インターネットは、現在、帯域の保証が無く、遅延の発生や変動が避けられない。遠隔共存の実現に向けて、これらの問題点を解決し巨大な超高精細映像情報を効率良く快適に扱える新しいネットワークが望まれている。

研究の経緯

 現在のネットワークの電子ルーターではデータ量に比例して消費電力が増大するため、今後、高精細映像などの巨大データ処理の需要が増加すると消費電力が激増すると懸念されている。そこで、産総研はルーターを介さず光スイッチを使用した回線交換と、これをユーザーが快適に活用できる資源管理という技術を組み合わせた「ダイナミック光パスネットワーク」を提案し、その実現に向けて通信関連企業10社とプロジェクト「VICTORIES拠点」を2008年に形成した。また、低消費電力で信頼性の高い多ポート光スイッチを安価に生産するため、シリコンフォトニクスと呼ばれる光集積化技術を用いた光スイッチの開発を進め、2016年には、実用的な光スイッチを開発した。さらに、さまざまな通信機器を、異なるメーカーの製品でも同一システムに搭載できるディスアグリゲーション方式を提唱し、次世代光通信ネットワークシステムを効率的に導入できる標準化を推進した(2017年3月16日 産総研プレス発表)。

 本年度は「VICTORIES拠点」プロジェクトの最終年度であり、10年間の研究成果を実用化、普及させるために東京都内にテストベッドを構築し運用を開始した。

 なお、本研究開発は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム/光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」(平成20~29年度)の支援を受けて行った。

研究の内容

 ダイナミック光パスネットワークは、ユーザーの要求に基づいて光パスを動的に設定する資源管理システムと光パスの切り替えを行う光ノードで構成される。今回、都内に開設したテストベッド(図1)は、4つのユーザー基地局が光ノードと接続されるスター型の構成である。2つの基地局は産総研臨海副都心センター(東京都江東区)に置かれ、他の基地局は東京大学(東京都文京区)と8K技術の医療推進を図る一般社団法人 メディカル・イメージング・コンソーシアム(東京都千代田区、カイロス株式会社内)に置かれる。さらに2つの病院を接続する拡張作業も行っている。光ノードは大手キャリア基地局(東京都中央区)に設置されており、光スイッチや光増幅器、中間制御装置で構成され、これらは全て1U標準ブレードに収納され、19インチ標準ラックにマウントされている(図1、写真参照)。

今回構築したテストベッドの構成の図
図1 今回構築したテストベッドの構成

 光ノードでは、シリコンフォトニクスによる偏光無依存型8入力8出力(8 x 8)の光スイッチを用いているが、その消費電力は10 Wで、同等の電子ルーターの消費電力4 kWの1/400に削減されている。8ポートというごく小規模なテストベットでもこのような差があるが、数十万ユーザーの大規模システムではこの差がさらに広がるため、1/1000まで消費電力を抑えることが見込まれることから非常に高い省エネ効果が期待できる。

 ポート数が(8 x 8)の光スイッチではユーザー数が限られるが、複数個の(8x8)光スイッチを規則に従って3段カスケード接続して(32 x 32)光スイッチを構成できる。10万人規模のネットワークではポート数が(512 x 512)の光スイッチが必要となるが、これは(32 x 32)光スイッチを複数個組み合わせれば実現できる。さらに、これらと波長選択スイッチという波長単位で切り替えできる光スイッチを組み合わせれば数百万~数千万ユーザーに対応できる。

 図2にテストベッドで10 ギガビット毎秒(Gbps)の信号を4日間連続して伝送した際の誤り率の推移を示す。通常の条件ではエラーは発生しないので、この実験では伝送路に光減衰器を挿入して信号強度を通常より20 dB減衰させ、信号が光スイッチを4回通過する構成にしてエラーの発生頻度を増やしたが、訂正限界を十分下回る安定した特性を示した。また、3段カスケード接続下(8 x 8)光スイッチの特性は(32 x 32)光スイッチの特性に相当するため、このデータは(32 x 32)光スイッチを用いたネットワークの模擬的検証にもなっている。

誤り率の時間推移の図
図2 誤り率の時間推移

 今回構築したテストベッドでは8K映像を非圧縮伝送して本格的な遠隔共存を実現できるが、8K映像機器はまだ本格的に普及していない。そこで、すでに普及が進んでいる4K映像機器を用いて非圧縮伝送によるテレセッションシステムを構築した(図3)。一般に、システムの伝送による遅延が往復200 ms(msは1/1000秒)以下であれば自然な会話ができ、60 ms以下になると遠隔合奏が可能になる。今回のシステムは、安価な家庭用AV機器を使用しているため、遅延が往復80 ms程度であるが、自然な会話を楽しむことができる。

4K映像によるテレセッションを利用した合奏練習の風景の図
図3 4K映像によるテレセッションを利用した合奏練習の風景

今後の予定

 今年度は、大学や企業に今回構築したテストベッドをモニター利用してもらい、遠隔共存の効果的な実施形態について調査を進める。その一環として、8K映像の非圧縮伝送による遠隔医療に取り組む。来年度以降は、一般ユーザーがテストベッドを有償で利用できる体制を構築するとともに、企業による事業化を行い、ダイナミック光パスネットワークの普及に努めていく。



用語の説明

◆ダイナミック光パスネットワーク
ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンターなどを光スイッチで経路を切り替えてつなぎ、光のまま情報のやり取りを行うネットワーク。ユーザー間の光の経路(回線)をパスという。ユーザーがネットワークを意識しなくても、簡便に、動的にパスを切り替えることができるため、ダイナミック光パスネットワークと名付けている。以前の電話で使われていた回線交換方式を採用したネットワークともいえる。詳細は、https://www.youtube.com/watch?v=Eh61X3HwMIgを参照。[参照元へ戻る]
◆テストベッド
ここでは、光通信機器などが実際に使われる環境に近い状況を実現した試験用ネットワーク環境のこと。この環境内でテストして問題点を洗い出し、製品の精度を高めて市場に提供することが可能になる。[参照元へ戻る]
◆光スイッチ
光ファイバー通信で、入力ファイバーの光を行き先となる出力ファイバーへつなぎかえる電話交換機のような装置。反射鏡を回転させて光の方向を変える方式も可能ではあるが、産総研ではシリコンフォトニクス技術により、可動部分がないため信頼性が高く、超小型の光スイッチを開発した。シリコンフォトニクスは半導体集積回路の製造技術を光回路に展開した技術で、日本が得意としてきた半導体製造技術を活用して、素子を安価に大量生産できる。[参照元へ戻る]
◆遠隔共存
遠隔地の人々が、あたかも同じ場所にいるような自然な感覚でコミュニケーションでき、会議や共同作業を行える環境。8K超高精細映像を非圧縮伝送すれば、高い臨場感と自然な感覚が得られることが分かっている。そのためには、低遅延で大容量のネットワークが不可欠である。[参照元へ戻る]
◆AR/VR
AR(Augmented reality:拡張現実)は、現実空間に付加情報を表示させ、現実世界を拡張する技術。VR(Virtual reality:仮想現実)は、仮想世界に現実の人間の動きを反映させて、現実の様に感じさせる技術。[参照元へ戻る]
◆eスポーツ
「エレクトロニックスポーツ」の略で、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称。対戦には、インターネットやローカルエリアネットワークが使われている。世界の競技人口は5,500万人以上とされ、世界各国でアマチュア、プロの大会が開催されている。[参照元へ戻る]
◆ディスアグリゲーション方式
従来の光ネットワークでは必要な機能を1台に集約するオールインワン方式が普通であった。しかし、今日のネットワーク需要の変化は目まぐるしく、アップデートのたびに装置を丸ごと交換するこの方式は非効率になってきた。そこで機能ごとに分割された「ブレード」と呼ばれるモジュールを組み合わせ、個別に迅速な機能追加や性能改善を可能にしたのがディスアグリゲーション方式である。[参照元へ戻る]
◆1U標準ブレード
19インチラックの1区画分(44.45 mm)に収容できる、高さ44.0 mmのブレード。ここでは、開発した「ダイナミック光パスネットワーク」用の機器を相互接続できるように、物理寸法に加えて電源や入出力についても規定したものを言う。[参照元へ戻る]
◆ギガビット毎秒(Gbps)
通信速度の単位で、1秒間に10億ビットのデータを伝送できる速度が1Gbps。[参照元へ戻る]
◆訂正限界
許容される誤り率の上限値(通常2×10-9まで)。誤り率がこれより小さければ、前方誤り訂正(FEC)と呼ばれる技術を用いてエラーフリー伝送が実現できる。[参照元へ戻る]
◆テレセッションシステム
遠隔地間で超高精細映像をリアルタイムに共有することで、あたかも同じ場所にいるかのような体験ができるシステム。例えば、遠隔地間での合奏や、遠くから手術に立ち会うことができる。ダイナミック光パスネットワークの安定した広い帯域と低遅延性によって、初めて可能となる。[参照元へ戻る]


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