国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門【研究部門長 宗像 鉄雄】熱電変換グループ 李 哲虎 主任研究員と、国立大学法人 九州大学【総長 久保 千春】(以下「九大」という) 大学院総合理工学研究院 末國 晃一郎 准教授らは共同で、新規高性能熱電材料の新しい設計指針を提案した。
熱電発電では熱の流れの一部を電気の流れに変換して発電する。高い熱電性能を得るには高い電気伝導率と低い熱伝導率を併せ持つ必要がある。これらは一般に相反する性質であるが、両立させるには、原子の大振幅振動(ラットリング)が有効であることが知られていた。しかし、これまでラットリングは原子がかご中に取り込まれた構造を持つカゴ状物質でのみ生じると考えられており、ラットリングによる熱電性能向上を期待できる材料系は限られていた。
一方、本研究グループは、これまでにカゴ状構造を持たないテトラヘドライトでもラットリングが生じていることを発見していたが、その原因解明が課題となっていた。今回、このテトラヘドライトを詳細に調べ、カゴ状構造がなくても平面配位構造がラットリングを誘起しうることや、その原因を明らかにした。この成果は熱電材料探索の範囲を飛躍的に広げ、より高い熱電性能を持つ新材料の創製に資すると期待される。
この成果の詳細は、2018年2月1日(現地時間)にAdvanced Materials (アドバンストマテリアルズ) にオンライン掲載される。
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カゴ状物質(左)と平面配位物質(右)の大振幅原子振動の概念図 |
再生可能エネルギーの大量導入時代を見据えて、光・熱・振動などを利用する発電技術の研究開発が盛んに行われている。その一つである熱電発電は、熱電材料(固体)を用いて自然熱や未利用廃熱、分散した微小熱を電力として回収する技術であり、省スペース・無振動・長寿命などの長所がある。高効率な熱電発電には、ゼーベック係数が大きく、電気伝導率は高いが熱伝導率は低い材料が必要で、その候補としてカゴ状構造を持つtype-1クラスレート化合物や充填スクッテルダイト化合物などが知られている。これらの材料では、カゴ内原子のラットリングにより格子振動が乱されるため熱伝導率が低い。これまで、このラットリングの活用が高性能な熱電材料の開発指針の一つとされてきた。
産総研は北陸先端科学技術大学院大学などと共同で天然に存在する硫化銅鉱物のテトラヘドライト(Cu12Sb4S13)が無次元性能指数ZT=0.7を示す高効率な熱電材料であることを発見した(2013年2月15日 産総研 主な研究成果)。さらに、この材料ではイオウ(S)原子からなる三角形内の銅(Cu)原子が面外方向にラットリングすることが低い熱伝導率(格子熱伝導率κL≤1 WK-1m-1)の原因であると提案した。しかし、カゴ状構造を持たないテトラヘドライトで何故ラットリングが生じるのか原因は分からなかった。今回、その原因を明らかにするため、産総研は当時末國 准教授が在籍していた広島大学などと共同で研究を開始した。
今回の研究開発の一部は、国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸)における研究課題「ラットリングとローンペアの融合的活用による熱電材料の開発」(平成28年度~)、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業 若手研究(B)「硫化銅鉱テトラへドライトの格子・電子物性の解明と高性能熱電変換鉱物の創製」(平成26~28年度)による支援を受けて実施した。
今回、4種類のテトラヘドライトCu12Sb4S13、Cu10Zn2Sb4S13、Cu12As4S13、Cu10Zn2As4S13を合成し、それらの結晶構造を大型放射光施設SPring-8のビームライン(BL02B2)における粉末X線回折実験で、格子振動を大強度陽子加速器施設J-PARCのビームライン(BL14 AMATERAS)における粉末中性子非弾性散乱実験で調べた。さらに、電子状態を第一原理計算によって調べた。
これらの実験から、すべての試料においてCu原子はS原子からなる三角形(S3三角形)に垂直な方向にラットリングしているが、その振幅とエネルギーが試料ごとに異なることが分かった。結晶構造パラメーターとラットリングの振幅を比較したところ、S3三角形の面積が小さいほど、振幅の大きさを表す原子変位パラメーターが大きいことが明らかとなった(図1)。これは、カゴ状物質では可動スペースが広がるほど振幅が大きくなることとは対照的である。また、S3三角形の面積が小さいほど、ラットリングエネルギーが下がることも分かった。これは、S3三角形の面積が縮小すると、Cu原子が平衡位置からずれるのに必要なエネルギーが低下し、Cu原子が振動しやすくなることを意味する。これらの結果から、テトラヘドライトにおけるCu原子のラットリングは、S3三角形内で化学的圧力を受けたCu原子が三角形の面外に逃れようとして生じたものと判明した。
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図1 S3三角形の中心に位置するCu原子が大きく振動する平面ラットリングの概念図(上)と、
各種材料のS3三角形の面積とCu原子の振幅の関係(下) |
また、Cu原子の振幅が大きくなると、振動の先に位置するアンチモン(Sb)原子またはヒ素(As)原子の振幅も大きくなることが観測された(図2)。第一原理計算によりSb原子やAs原子が孤立電子対(ローンペア)を持つことが確かめられているが、このローンペアを介してCu原子のラットリングがSb原子とAs原子を揺さぶっていると考えられる。このように、Cu原子のラットリングとローンペアを介した原子の揺れによって格子振動が強く乱されて熱が散乱されることが、テトラヘドライトの熱伝導率が低いことの原因と考えられる。
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図2 Sb原子/As原子(縦軸)とCu原子(横軸)の原子変位パラメーターの関係 |
今回の結果から、平面配位構造を持つテトラへドライトではS3三角形面内の化学的圧力により中心原子のCu原子がラットリングすることが明らかとなった。この平面ラットリングは従来のラットリングとは異なり、カゴ状構造を必要としない。このような平面配位構造を持つ材料系は膨大にあるため、こうした材料において、原子の置換などで平面内の実効的な化学的圧力を強めて平面ラットリングを誘起させるように材料設計を行うことで、高い性能を持つ新しい熱電材料の発見につながると期待される。
今後は、既存の平面配位をとる物質について配位原子や中心原子を半径のより大きな原子で置換して面内における実効的な化学的圧力を強め、ラットリングを誘起させて熱伝導率を下げ、より高い性能を持つ新しい熱電材料の開発を目指す。