北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) マテリアルサイエンス研究科の末國晃一郎助教、小矢野幹夫准教授、産業技術総合研究所(産総研) エネルギー技術研究部門 熱電変換グループの太田道広研究員、山本淳研究グループ長、理化学研究所(理研) 放射光科学総合研究センター 理研RSC-リガク連携センターの西堀英治連携センター長らは、自然界に存在し、身近な元素である銅と硫黄を多く含む鉱物のテトラへドライトが、400 ℃付近で高い熱電変換性能を示すことを発見しました。さらに、この高い性能は、複雑な結晶構造と銅原子の異常大振幅原子振動に起因した極端に低い熱伝導率によることを明らかにしました。これらの成果は、身近な元素からなる材料を用いた、環境にやさしい熱電発電の実現に大きく寄与するものです。
熱電発電とは、固体素子を用いて、熱(温度差)エネルギーを電気エネルギーに変換する技術です。近年のエネルギー問題への関心の高まりから、膨大な量の未利用廃熱を有効活用できる熱電発電は注目を集めています。特に、自動車や工場の高温排気中の中温廃熱(300~500 ℃)の回収・利用が求められています。本温度領域で有望とされている熱電材料は鉛などの有害元素を多量に含有し、このことが実用化の大きな障壁となっています。
JAISTの研究グループは一昨年から、身近で環境にやさしい元素であるCu(銅)とS(硫黄)を含む鉱物に注目して熱電材料を探索してきました。その結果、およそ1年前に、自然界に存在する硫化鉱物のテトラへドライトとほぼ同じ組成をもつ材料を人工的に合成し、室温付近において比較的高い熱電変換性能を示すことを、日本応用物理学会英文学術雑誌に報告しました。この成果を硫化物熱電材料の開発に実績がある産総研と共に発展させ、今回の研究では、テトラへドライトの母体Cu12Sb4S13のCuをわずかにNi(ニッケル)に置換した材料が、実用中温領域である400 ℃付近において、高い無次元熱電性能指数ZT = 0.7(変換効率7%相当)を示すことを見出しました。この値は、既存のp型鉛フリー硫化物の中で最も高い値です。テトラへドライトは熱電材料として有望視されており、昨年末には米国・ミシガン州立大のグループがZn(亜鉛)とFe(鉄)を置換した材料における高い熱電変換性能を報告するなど、世界的に注目を集めています。
テトラへドライトの高い熱電変換性能は、シリカガラスの半分程度という極端に低い格子熱伝導率に起因します。低い熱伝導率の理由を明らかにするため、熱電材料の結晶構造解析に実績がある大型放射光施設SPring-8の放射光を用いた粉末X線回折実験を行い、結晶構造と原子の振動を詳しく調べました。その結果、CuS3三角形の中心に位置するCu原子が、三角形面に垂直な方向にゆっくりとした大振幅振動することを明らかにしました。この結果から、Cuの異常大振幅原子振動が、硬いCu-Ni-Sb-Sネットワークを伝搬する熱を阻害することで、低い熱伝導率が実現したと考えられます。
今回の研究では、鉱物資源として古くから知られていた硫化鉱物のテトラへドライトが、熱電材料として有望であることを見出しました。また、鉱物における低い熱伝導率をもたらす結晶構造の特徴を明らかにしたことは、環境にやさしい高性能熱電発電硫化鉱物の開発に突破口を開くものです。
本成果は1月28日(米国時間)に米国応用物理学会誌「Journal of Applied Physics」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、日本学術振興会 研究活動スタート支援、科学研究費補助金、熱・電気エネルギー技術財団 研究助成の支援を受けて行われました。
熱電発電とは、固体素子を用いて、熱(温度差)エネルギーを電気エネルギーに変換する技術です。近年のエネルギー問題への関心の高まりから、未利用廃熱を有効活用できる熱電発電は注目を集めています。特に、自動車や工場の高温排気中の、膨大な量の中温廃熱(300~500 ℃)の利用が求められています。既存の熱電発電システムに組み込まれるビスマス(Bi)-テルル(Te)系材料の使用上限温度は250 ℃であるため、中温領域まで高い性能を示す新しい材料の開発が急務です。さらに、本温度領域で有望とされている熱電材料は鉛などの有害元素を多量に含有し、このことが実用化の大きな障壁となっています。したがって、既存の材料よりも安全な材料の開発が必要とされています。
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図1 (左)天然のテトラへドライト(Cu、Fe、Ag、Zn)12Sb4S13 (産総研地質標本館所蔵標本)
(右)テトラへドライトCu12-xNixSb4S13と様々なp型鉛フリー硫化物の無次元熱電性能指数ZT |
JAISTの研究グループは、一昨年から、身近で環境にやさしい元素であるCu(銅)とS(硫黄)を含む硫化鉱物の
テトラへドライト(図1左)に注目して研究を行ってきました。その結果、およそ1年前に、日本応用物理学会英文学術雑誌において、自然界に存在するテトラへドライトとほぼ同じ組成を持つCu
12-xTrxSb
4S
13 (
Tr:遷移金属; Sb:アンチモン)を合成し、
Trx = Ni
2.0 (Ni:ニッケル)が室温付近において比較的高い熱電変換性能を示すことを初めて報告しました。この成果を発展させるため、今回の研究では、産総研と共同で、Niの置換量
xを調節した試料を作製し、実用温度領域である400 ℃までの性能の評価を行いました。さらに、JAISTは理研と共同で、テトラヘドライトの高い熱電変換性能の主な要因である低い格子熱伝導率の原因を明らかにするために、結晶構造と原子の振動を詳しく調べました。
JAISTにおいて、独自の熱電材料設計指針に基づいて、テトラへドライトCu12-xNixSb4S13の試料合成が行われました。次に、硫化物熱電材料の開発に実績がある産総研において、試料の高密度化と高温物性測定が行われました。また、熱電材料の結晶構造解析に実績がある理研の大型放射光施設SPring-8において放射光によるX線回折実験を行い、結晶構造と原子振動について詳しく調べました。このように、多機関が密接に連携することにより本成果が得られました。
今回作製した、Cu12-xNixSb4S13の母体x = 0の無次元熱電性能指数ZTは、実用温度である約400 ℃(673 K)において0.5という高い値を示しました。さらに、xの量を細かく調節することにより、ZT値はx = 1.5組成において0.7にまで向上しました。この値は、約7%の熱電変換効率に相当し、過去に報告されたp型鉛フリー硫化物の中では最も高い値です(図1右)。テトラへドライトは熱電材料として有望であり、昨年末には米国・ミシガン州立大のグループがNiの代わりにZn(亜鉛)とFe(鉄)を置換した材料において高い性能を報告するなど、世界的に注目を集めています。
テトラへドライトの高いZTは、シリカガラスの半分程度と極端に低い格子熱伝導率に起因します。この低い格子熱伝導率の原因を突き止めるため、結晶構造を詳しく調べた結果、CuS3三角形の中心に位置するCu原子が、三角形面に垂直な方向にゆっくりとした (低エネルギーの)大振幅振動することが分かりました(図2)。このCuの大振幅原子振動が、硬いCu-Ni-Sb-Sネットワークを伝搬する熱を阻害し、低い熱伝導率が実現したと考えられます。この大振幅振動はSbS3ピラミッドの頂点のSbの方向に向けて起きているので、Sb3+の不対s電子による静電的な相互作用がCuの振動状態に重要な役割を果たしている可能性があります。
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図2 テトラへドライトの結晶構造の一部
CuがSbの方向に大振幅振動する様子を示している。 |
今回の研究では、鉱物資源として古くから知られていた硫化鉱物が、実用中温領域で高い熱電変換性能をもつことを発見しました。加えて、鉱物における低い熱伝導率をもたらす結晶構造の特徴を示したことは、より高い性能をもつ熱電発電硫化鉱物の開発に繋がり、環境にやさしい熱電発電の実現に大きく寄与するものです。
テトラへドライトの性能を向上させると共に、高性能熱電材料の発見を目指して、類似構造をもつ物質にも注目して材料開発・探索を進めます。また、世界に先駆けて、環境にやさしい鉱物熱電発電システムを開発することで、持続可能な社会の実現に貢献します。
独立行政法人 産業技術総合研究所
エネルギー技術研究部門 熱電変換グループ
研究員 太田 道広 E-mail:ohta.michihiro*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)