国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)データフォトニクスプロジェクトユニット【代表 並木 周】は、通信機器メーカーと連携して、光スイッチを駆使することで光信号を電気変換せずに光のまま交換し、超大容量・超低消費電力・超低遅延を実現する情報通信ネットワークシステムを開発した。さらに、この技術の普及を図るため、従来は各企業の独自規格であった光伝送ネットワークシステムを、機能ごとに分割し、個別に迅速な機能追加や性能改善を図ることが可能なディスアグリゲーション型のシステムとした。特に、産総研が提唱する規格化と、新たに開発した中間制御装置(コードネームBlueBox)により、さまざまな企業の製品を同一システム上に搭載可能にした。このシステムにより、8K映像やビッグデータなど需要の増加に対応した最適構成を低消費電力で実現できる。これによって、近い将来に直面すると考えられている情報通信ネットワークにおける爆発的なデータ量の増加とそれによる消費電力の増大という社会的問題の解決に貢献することが期待できる。
今回の開発は、文部科学省 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点(「VICTORIES拠点」)」プロジェクトによる成果である。このプロジェクトには、産総研を中心に、日本電信電話株式会社、株式会社富士通研究所、古河電気工業株式会社、株式会社トリマティス、日本電気株式会社、富士通株式会社、株式会社フジクラ、株式会社アルネアラボラトリ、住友電気工業株式会社、北日本電線株式会社の10社が参加している。
なお、この技術の詳細は、2017年3月19~23日に米国ロサンゼルスで開催される世界最大級の光通信国際会議The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2017 (OFC2017) において、プロトタイプ機を動態展示するとともに8件の論文発表を行なう。
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プロトタイプ機(左写真)とディスアグリゲーション構成のイメージ(右図) |
近年、電子ルーターを使ったネットワークシステムはトラフィックの増加に比例した消費電力の増加により、大容量化の限界に近づいている。従来の光伝送機器は、一つのメーカーが光伝送ネットワークに関連した各機能を1台に集約する、いわゆる、オールインワン型であった。近年、国内外におけるネットワークサービスの急速な変化にいち早く対応していくため、迅速な機能追加や性能改善を図ることができる、機能ごとに分割されたディスアグリゲーション構成を採用した光ネットワークシステムへのニーズが高まっている。しかし、機能ごとに分割されたさまざまな企業の製品を相互接続すると、非互換性による動作不備などの課題があり、最適なシステム構築が十分に達成されていなかった。
現在のネットワークではLSIを用いて電子的にパケット処理するルーターが広く使用されている。この方式はメール、WEB閲覧などの小さい情報(小粒度の情報)を処理するのに適しているが、情報量の増大に比例して消費電力が増大する。このため、今後の高精細映像など大きな情報量(大粒度)処理の需要に対して、ルーターの消費電力が増大し、大きな社会問題となる可能性がある。
そこで、この問題を解決するため、産総研はルーターを介さない、光スイッチを使用した回線交換型の新しい「ダイナミック光パスネットワーク」を提案した。そして、このネットワーク実現に向けて通信関連企業10社とプロジェクト「VICTORIES拠点」を2008年に形成した。
2014年には情報の粒度に応じてパス(経路)を切り替える多様なスイッチを開発し、これらを階層的に配置することで、小粒度から大粒度までの情報を柔軟かつ大規模に扱うことを可能にした。また、これにより、多くの利用者が使用でき、超低消費電力で、高精細映像などの大きな情報を扱うことのできるネットワークを、3桁以上高い電力効率で実現できることを実証した(2014年10月1日 産総研プレス発表)。この技術は、その特徴を生かす、高臨場システム、遠隔医療・教育、パブリックビューイングの4K/8K映像伝送など、幅広い応用が期待されている。
今回は、光ネットワーク機器のさらなる技術開発に加え、その成果を広く普及させるためにデファクトスタンダードを目指して、中立的な公的研究機関である産総研が標準ブレードとブレードを収容する標準ラックを規格化した。さらに、さまざまな企業の製品を連携制御するための中間制御装置を開発した。
なお、本研究開発は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム/光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」(平成20~29年度)の支援を受けて行った。
「ダイナミック光パスネットワーク」技術の普及を促進するために、このネットワーク構成の柔軟性を広げ、異なる企業が製造するさまざまな構成要素を同一のシステムに搭載できる標準規格を提案し、通信機器メーカーらと連携して、提案規格に準拠したネットワークシステムを開発した。このシステムでは従来のオールインワン型から、ブレードと呼ばれる機能ごとに分割し、さまざまな組み合わせが自在となるディスアグリゲーション方式を採用している(図1)。これにより、異なるメーカーの製品同士でも同一のシステムに搭載することが可能となり、メーカーに依存することなく、比較的安価に迅速な機能追加や性能改善を図ることができる。これらを組み合わせることで数ユーザーの小規模なものから数千万ユーザーの大規模ネットワークまでシームレスに対応可能となる。
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図1 ディスアグリゲーション構成 イメージ図 |
従来、光伝送ネットワークに、異なるメーカーの装置が混在するディスアグリゲーション方式の導入は難しいと考えられてきたが、今回、高速連携動作を実現する制御インターフェースを開発することにより、実際に、NEC、富士通、および産総研製の異なった機器同士の高速連携動作を実証した。連携動作のために、さまざまな企業の製品をソフトウェアによって制御し、連携動作を可能にする中間制御装置の開発を行った。中間制御装置は、汎用サーバーを利用できる。これらに加え、各製品を規格化した1RUサイズの標準ブレード(幅482.6 mm×高さ44.0 mm)に対応させることで汎用性を高め、規格化した標準ラックに搭載した。標準ブレードは、光入出力ポート、外部制御インターフェース、LEDインジケーター(警告、通信エラーなど)の必要最小限の構成であり、中間制御装置と連携させることによって最大限の相互運用性を実現できる。
光ネットワークの中核となる光スイッチは、産総研のシリコンフォトニクス技術により開発され、世界最小の光スイッチ・ブレード装置として標準ラック内に組み込まれ、中間制御装置によって制御される(図2)。今回の展示では、偏光無依存型8入力8出力(8x8)の光スイッチを実演する。大規模なダイナミック光パスネットワークの実現には、偏光無依存型の32入力32出力(32x32)光スイッチ技術が必要であるが、32x32光スイッチは、偏光依存型の動作実証が完了しており、今後、偏光無依存化技術を同光スイッチへ適用していく。
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図2 シリコンフォトニクス技術による光スイッチ |
偏光無依存型8入力8出力(上)は全ての動作試験が完了しており、今回の展示では標準ラック内で他社機器とともに連携動作する。32入力32出力(下)はSiチップの動作試験が完了した段階で、今回は静態での参考展示。現時点では偏光依存型だが、実用的な偏光無依存型に向けて開発を継続中。
今回、OFC2017で展示する標準ラックなどには以下の技術が投入されている。これらの技術は「ダイナミック光パスネットワーク」を実現し、広く普及させるための機器構成のモデルケースとなっている。今回の国際展示により、規格の普及活動を推進し国際展開を図る。
図3 標準ラックに投入されている技術
展示会と同時開催の国際会議では、本プロジェクトの成果として論文8件が採択されており、学術的にも高く評価されている。
産総研は急速に進展する情報通信業界に対応するため、国際的な情報発信を継続し、本技術のデファクトスタンダード化を目指す。技術の一部はすでに製品化されており(富士通による1FINITY)、その他についても参加各企業が製品化、事業化に向けた取り組みを進める。標準ブレードで構成された機器を用いた光ファイバーネットワークを東京都内に構築した。今後は、この大容量光ファイバーネットワークを用いた低遅延な4Kテレビ会議システム、8K遠隔医療などの実用化試験を実施する予定である。