発表・掲載日:2017/03/16

柔軟な拡張性を持つ新しい光通信ネットワークシステムを開発

-電力効率を3桁改善できる光パスネットワークの本格普及へ-

ポイント

  • ディスアグリゲーション方式を採用し次世代光通信ネットワークシステムの標準化を目指す
  • 複数企業による、光スイッチをはじめとするさまざまな通信機器を同一システムに搭載可能
  • 8K映像やビッグデータなどのサービスを高品質低遅延で安価に提供可能


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)データフォトニクスプロジェクトユニット【代表 並木 周】は、通信機器メーカーと連携して、光スイッチを駆使することで光信号を電気変換せずに光のまま交換し、超大容量・超低消費電力・超低遅延を実現する情報通信ネットワークシステムを開発した。さらに、この技術の普及を図るため、従来は各企業の独自規格であった光伝送ネットワークシステムを、機能ごとに分割し、個別に迅速な機能追加や性能改善を図ることが可能なディスアグリゲーション型のシステムとした。特に、産総研が提唱する規格化と、新たに開発した中間制御装置(コードネームBlueBox)により、さまざまな企業の製品を同一システム上に搭載可能にした。このシステムにより、8K映像やビッグデータなど需要の増加に対応した最適構成を低消費電力で実現できる。これによって、近い将来に直面すると考えられている情報通信ネットワークにおける爆発的なデータ量の増加とそれによる消費電力の増大という社会的問題の解決に貢献することが期待できる。

 今回の開発は、文部科学省 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点(「VICTORIES拠点」)」プロジェクトによる成果である。このプロジェクトには、産総研を中心に、日本電信電話株式会社、株式会社富士通研究所、古河電気工業株式会社、株式会社トリマティス、日本電気株式会社、富士通株式会社、株式会社フジクラ、株式会社アルネアラボラトリ、住友電気工業株式会社、北日本電線株式会社の10社が参加している。

 なお、この技術の詳細は、2017年3月19~23日に米国ロサンゼルスで開催される世界最大級の光通信国際会議The Optical Networking and Communication Conference & Exhibition 2017 (OFC2017) において、プロトタイプ機を動態展示するとともに8件の論文発表を行なう。

プロトタイプ機の写真とディスアグリゲーション構成のイメージ図
プロトタイプ機(左写真)とディスアグリゲーション構成のイメージ(右図)


開発の社会的背景

 近年、電子ルーターを使ったネットワークシステムはトラフィックの増加に比例した消費電力の増加により、大容量化の限界に近づいている。従来の光伝送機器は、一つのメーカーが光伝送ネットワークに関連した各機能を1台に集約する、いわゆる、オールインワン型であった。近年、国内外におけるネットワークサービスの急速な変化にいち早く対応していくため、迅速な機能追加や性能改善を図ることができる、機能ごとに分割されたディスアグリゲーション構成を採用した光ネットワークシステムへのニーズが高まっている。しかし、機能ごとに分割されたさまざまな企業の製品を相互接続すると、非互換性による動作不備などの課題があり、最適なシステム構築が十分に達成されていなかった。

研究の経緯

 現在のネットワークではLSIを用いて電子的にパケット処理するルーターが広く使用されている。この方式はメール、WEB閲覧などの小さい情報(小粒度の情報)を処理するのに適しているが、情報量の増大に比例して消費電力が増大する。このため、今後の高精細映像など大きな情報量(大粒度)処理の需要に対して、ルーターの消費電力が増大し、大きな社会問題となる可能性がある。

 そこで、この問題を解決するため、産総研はルーターを介さない、光スイッチを使用した回線交換型の新しい「ダイナミック光パスネットワーク」を提案した。そして、このネットワーク実現に向けて通信関連企業10社とプロジェクト「VICTORIES拠点」を2008年に形成した。

 2014年には情報の粒度に応じてパス(経路)を切り替える多様なスイッチを開発し、これらを階層的に配置することで、小粒度から大粒度までの情報を柔軟かつ大規模に扱うことを可能にした。また、これにより、多くの利用者が使用でき、超低消費電力で、高精細映像などの大きな情報を扱うことのできるネットワークを、3桁以上高い電力効率で実現できることを実証した(2014年10月1日 産総研プレス発表)。この技術は、その特徴を生かす、高臨場システム、遠隔医療・教育、パブリックビューイングの4K/8K映像伝送など、幅広い応用が期待されている。

 今回は、光ネットワーク機器のさらなる技術開発に加え、その成果を広く普及させるためにデファクトスタンダードを目指して、中立的な公的研究機関である産総研が標準ブレードとブレードを収容する標準ラックを規格化した。さらに、さまざまな企業の製品を連携制御するための中間制御装置を開発した。

 なお、本研究開発は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム/光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」(平成20~29年度)の支援を受けて行った。

研究の内容

 「ダイナミック光パスネットワーク」技術の普及を促進するために、このネットワーク構成の柔軟性を広げ、異なる企業が製造するさまざまな構成要素を同一のシステムに搭載できる標準規格を提案し、通信機器メーカーらと連携して、提案規格に準拠したネットワークシステムを開発した。このシステムでは従来のオールインワン型から、ブレードと呼ばれる機能ごとに分割し、さまざまな組み合わせが自在となるディスアグリゲーション方式を採用している(図1)。これにより、異なるメーカーの製品同士でも同一のシステムに搭載することが可能となり、メーカーに依存することなく、比較的安価に迅速な機能追加や性能改善を図ることができる。これらを組み合わせることで数ユーザーの小規模なものから数千万ユーザーの大規模ネットワークまでシームレスに対応可能となる。

ディスアグリゲーション構成のイメージ図
図1 ディスアグリゲーション構成 イメージ図

 従来、光伝送ネットワークに、異なるメーカーの装置が混在するディスアグリゲーション方式の導入は難しいと考えられてきたが、今回、高速連携動作を実現する制御インターフェースを開発することにより、実際に、NEC、富士通、および産総研製の異なった機器同士の高速連携動作を実証した。連携動作のために、さまざまな企業の製品をソフトウェアによって制御し、連携動作を可能にする中間制御装置の開発を行った。中間制御装置は、汎用サーバーを利用できる。これらに加え、各製品を規格化した1RUサイズの標準ブレード(幅482.6 mm×高さ44.0 mm)に対応させることで汎用性を高め、規格化した標準ラックに搭載した。標準ブレードは、光入出力ポート、外部制御インターフェース、LEDインジケーター(警告、通信エラーなど)の必要最小限の構成であり、中間制御装置と連携させることによって最大限の相互運用性を実現できる。

 光ネットワークの中核となる光スイッチは、産総研のシリコンフォトニクス技術により開発され、世界最小の光スイッチ・ブレード装置として標準ラック内に組み込まれ、中間制御装置によって制御される(図2)。今回の展示では、偏光無依存型8入力8出力(8x8)の光スイッチを実演する。大規模なダイナミック光パスネットワークの実現には、偏光無依存型の32入力32出力(32x32)光スイッチ技術が必要であるが、32x32光スイッチは、偏光依存型の動作実証が完了しており、今後、偏光無依存化技術を同光スイッチへ適用していく。

シリコンフォトニクス技術による光スイッチの図
図2 シリコンフォトニクス技術による光スイッチ

 偏光無依存型8入力8出力(上)は全ての動作試験が完了しており、今回の展示では標準ラック内で他社機器とともに連携動作する。32入力32出力(下)はSiチップの動作試験が完了した段階で、今回は静態での参考展示。現時点では偏光依存型だが、実用的な偏光無依存型に向けて開発を継続中。

 今回、OFC2017で展示する標準ラックなどには以下の技術が投入されている。これらの技術は「ダイナミック光パスネットワーク」を実現し、広く普及させるための機器構成のモデルケースとなっている。今回の国際展示により、規格の普及活動を推進し国際展開を図る。

1 標準ラック・標準ブレード 今回の展示会では、ディスアグリゲートされた、さまざまな企業の装置を規格化するために、産総研が策定した標準ラック・標準ブレードに関するガイドラインを、世界に向けて発表する。プロジェクト参加各社に呼びかけて、同ガイドラインに準じていくつかの機能の標準ブレードをプロトタイプ開発した。これらを標準ラックに搭載して動態展示することで、標準ラック・標準ブレードのデファクトスタンダード化を目指す。さらにこの規格は、プロジェクトに参加している富士通からすでに製品としてリリースされているFUJITSU Network 1FINITYシリーズ (以下、1FINITY)*に対しても上位互換となるよう定められており、デファクトスタンダードへの弾みとなっている。今回の展示会では海外の企業からも参加を募り、賛同する企業には規格書を配布する。情報通信機器業界ではJISのような公的な規格が発行される以前に、業界の有力企業によるデファクトスタンダードが事実上の統一規格となることが多く、本プロジェクトでも参加企業を募ってデファクトスタンダード化の加速を目指す。
* 1FINITY は富士通の登録商標です。
2 中間制御装置(コードネームBlueBox)  さまざまな企業の製品を制御し、連携動作を可能にする装置。その仕様はIECテクニカルレポートとして出版され、国際標準規格に向けた議論が進行している。ハードウェアとして汎用サーバーを用いながらも、制御対象の機器に対応したアプリケーションプログラムインターフェース(API)をソフトウェアに追加することにより、あらゆる機器の連携動作が可能となる。
3 シリコンフォトニクスによる光スイッチ シリコンフォトニクスによる小型化で、32本の入力光ファイバーと32本の出力光ファイバーの入出力を自在に接続する光スイッチを、世界で初めて1RU標準ブレードサイズに収容し、基本的なスイッチ動作を確認したので、これを静態展示する。標準ラックには8入力8出力の光スイッチを搭載し、中間制御装置からの制御のもとで動態展示する。シリコンフォトニクスは半導体集積回路の製造技術を光回路に展開した技術で、日本が得意としてきた半導体製造技術を活用して、安価に大量生産できる。今回展示する光スイッチは産総研のスーパークリーンルームで製造したものである。
4 ネットワーク機能仮想化(NTT、産総研) ネットワーク機能を専用ハードウェアではなく、光パスネットワーク上に配置された汎用サーバーにソフトウェアとして実装できれば、ネットワークサービスの急速な変化に対応できる柔軟なシステムとなる。しかし、ソフトウェア処理は専用ハードウェアに比べて処理速度が遅く、ばらつきも大きいという問題があった。そこで、NTTが開発したソフトウェアスイッチLagopusの持つ一時記憶メモリー割当て制御による性能確保技術を?開発した。今回の展示では、この技術によってパケット処理速度が向上し、ネットワークサービスの急速な変化にも対応できることを実演する。
5 次世代グローバル光伝送システム(富士通) 富士通の開発した1FINITYは、トランスポート、WDM、スイッチ、アクセスの機能毎にディスアグリゲーションし、それぞれを1RUにブレード化した新たな光伝送システム製品。今回の展示では標準ラック内にトランスポート機能を提供する「T200」と高密度イーサネットスイッチ機能を提供する「S100」を搭載し、他社製品と連携動作する。「T200」の400Gbps光伝送多重伝送技術にはVICTORIES拠点プロジェクトの成果が活用されている。
6 トランスポンダアグリゲータ(NEC) 多数の光送信機の信号をまとめて、1本の光ファイバーで高効率かつ柔軟な高速大容量通信を可能にする装置。光集積回路による小型化で、1RUサイズを実現した。
7 プロテクション技術(富士通、NEC、産総研の装置連携) 長距離の光ファイバー通信で、経路途中に不具合が生じて光信号が弱くなった時に、障害を察知して障害のない他の経路を自動的に検索し、短時間で復旧する技術。今回の展示では光ファイバー中に減衰器を挿入し、人為的に光を弱くした時に、自動的に通信が復旧する様子を実演する。
8 波長変換装置(古河電工、トリマティス) 1本の光ファイバー中に波長の異なる光信号を同時に送信して大容量通信を可能にする波長多重通信において、波長再配置によって光信号の波長を任意に変換し、波長利用効率を高めることを目的とした装置。波長多重信号の各チャネルを個別に一旦電気信号に変換することなく、光のまま一括して波長を変換するため、従来の電気信号へ変換する方式に比べて、低消費電力で高効率に動作する。
9 光信号経路を超高速に切り替え可能な光増幅器(トリマティス) 「ダイナミック光パスネットワーク」では光信号の経路が光スイッチにより自動的に瞬時に切り替わる。経路途中で減衰した光信号は光増幅器で増幅されるが、経路によって信号電力の減衰量が異なるため、光スイッチが切り替わった瞬間に新しい経路に対応した増幅を行う必要がある。今回は、増幅利得を超高速で自動切り替え可能な光増幅器4台を1RUサイズに実装した。
10 波長選択スイッチ(ステラビジョン、北日本電線) 波長多重通信において、必要な波長を取り出したり付け加えたりする装置。独自方式による分光器と液晶の位相変調素子を組み合わせ、従来技術より飛躍的に多数の入出力ポートを有するスイッチを実現した。産総研スタートアップ制度によるベンチャー企業ステラビジョン(SteraVision)では、この技術を通信以外の分野にも展開すべく製品開発を進めている。
図3 標準ラックに投入されている技術

 

 展示会と同時開催の国際会議では、本プロジェクトの成果として論文8件が採択されており、学術的にも高く評価されている。

今後の予定

 産総研は急速に進展する情報通信業界に対応するため、国際的な情報発信を継続し、本技術のデファクトスタンダード化を目指す。技術の一部はすでに製品化されており(富士通による1FINITY)、その他についても参加各企業が製品化、事業化に向けた取り組みを進める。標準ブレードで構成された機器を用いた光ファイバーネットワークを東京都内に構築した。今後は、この大容量光ファイバーネットワークを用いた低遅延な4Kテレビ会議システム、8K遠隔医療などの実用化試験を実施する予定である。



用語の説明

◆光スイッチ
光ファイバー通信において、入力ファイバーの光を行き先となる出力ファイバーへつなぎかえる電話交換機のような装置。反射鏡を物理的に回転させて光の方向を変える方式も可能ではあるが、産総研ではシリコンフォトニクス技術により、可動部分がないため高信頼で超小型の光スイッチを開発した。シリコンフォトニクスは半導体集積回路の製造技術を光回路に展開した技術で、我が国が得意としてきた半導体製造技術を活用して、安価に大量生産できる。[参照元へ戻る]
◆ディスアグリゲーション
これまで、光ネットワークに必要な機能を1台に集約し、全ての機能を備え保守管理が容易なオールインワン化が進められてきた。しかしネットワーク需要は日々変化しており、対応できなくなるとまるごと交換しなければならないオールインワン機器では効率が悪くなってきた。そこで機能ごとに分割された「ブレード」と呼ばれるモジュールを組み合わせ、個別に迅速な機能追加や性能改善を図ることを可能にしたのがディスアグリゲーション構成である。現状では各企業が独自規格で構成しているため、機能ごとに分割されたさまざまな企業の製品を相互接続すると非互換性による動作不備などの問題があり、最適なシステム構築が十分に達成されていなかった。本研究開発では、産総研が中立的な立場から、標準ラック・標準ブレードの規格を制定し、物理的な互換性を確保するとともに、新たに開発した中間制御装置により相互連携を実現している。機能追加はブレードの追加と中間制御装置のソフトウェア更新で柔軟に対応可能である。統一されたアラーム表示や中間制御装置とデジタルI/Oで直結されたモニターブレードなど、保守管理を容易にする仕組みも開発している。[参照元へ戻る]
◆中間制御装置(コードネームBlueBox)
ネットワーク全体を制御する中央制御装置とは別に、個々の標準ラックにおいて、標準ラック内に収容されたさまざまな企業の製品を制御し、連携動作を可能にする装置。これにより中央制御装置は個々の標準ラックにどのメーカーの機器が搭載されているかを区別する必要がなくなり、中央制御装置が中間制御装置を統一されたコマンドで制御するだけで柔軟なネットワーク構成が可能になる。[参照元へ戻る]
◆ダイナミック光パスネットワーク
ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンターなどを光スイッチなどで経路を切り替える方式でつなぎ、光のまま情報のやり取りを行うネットワーク。ユーザー間の光の経路(回線)をパスという。ユーザーがネットワークを意識しなくても、簡便に、動的にパスを切り替えることができるため、ダイナミック光パスネットワークと名付けている。光パス(回線)を切り替えるため昔の電話で使われていた回線交換方式のネットワークともいえる。詳細は、https://www.youtube.com/watch?v=Eh61X3HwMIgを参照。[参照元へ戻る]
◆標準ブレード、標準ラック
一般にはJISなどで幅や穴位置などの物理寸法を規定した金属架台を意味するが、ここでは、開発した「ダイナミック光パスネットワーク」用の機器を相互接続できるように、物理寸法に加えて電源や入出力についても規定したものを言う。[参照元へ戻る]
◆1RU
1ラックユニット(Rack Unit)の略。1Uとも表記され、19インチラックの1区画分(44.45 mm)の高さに相当。標準ブレードの高さはこの1区画分に収納できるよう、44.0 mmと規定している。[参照元へ戻る]
◆偏光無依存型
偏光無依存型は光ファイバー中を伝搬する光の偏光方向によらず動作する光スイッチ。偏光依存型は特定の偏光方向にのみ対応する。[参照元へ戻る]


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